第98話 雨がふってきた
この辺りは荒地にポツポツとサボテンが群生している。
ドラゴンフルーツやウチワサボテン以外にもいろんなサボテンが見つかるから、ついつい夢中になってサボテン探しをしてしまった。
時間が限られていることは分かっているのだけど、一度興味が出てしまうとついついのめり込んでしまうのが俺である。
多方面に食指を伸ばしちゃうから、首が回らなくなってしまった経験があるというのに懲りないものだ。
なんて他人事にして次回に活かさないから、過労の道を邁進してしまうのだぞ、俺。
ブツブツ心の内を呟きながらも目線はサボテンを探し続けている。
うわあ。鮮やかな紫色のサボテンとかもあるんだ。こいつは毒々しい。
このサボテンは5つの葉が引っ付いて星型になっていて、中央に白い線が入っていた。
どれどれ。
こんな時は植物鑑定だ。すっかり忘れられているかもしれないけど、魔法も体力もない俺が使うことができる唯一つの能力なんだぞ。
すごいんだぞお。
……。何だか虚しくなってきたよ。
セコイアを始め、周囲の人たちが凄すぎるからな。どうしても自分の能力が地味に思えてくる。
だけど、開拓初期にあって自生している植物の中から使えるものを育てようとした場合に絶大な能力であることは確かなのだ。
は、ははは。
いいからさっさと鑑定しろって?
『名前:温帯性アストロフィツム(紫変種)
概要:痩せた土地に育つ。乾燥に強い。稀に魔力を含む個体がある。
育て方:湿気に注意。水やりに注意が必要。
詳細:葉はアルカノイド系の毒を含むため、食用にならない。魔力を帯びた樹液は粘性を持ち煮沸すると結晶化する』
「ふうむ。何やら面白そうなサボテンだな。セコイア」
「なんじゃ? また変なものに興味を持つのじゃのお」
指先で毒々しいまでに鮮やかな紫色を突っつこうとして、尻尾をピンと立てるセコイアだったが、結局サボテンに触れぬまま指先を引っ込めた。
「食べない限りは大丈夫みたいだぞ」
「特に不穏な魔力も感じられぬし、危険はなさそうじゃな」
「稀に魔力を帯びた個体もあるんだってさ」
「ふむ。持って帰ってみるかの。バッテリーじゃったか? に入れてみるか?」
「試してみよう。もう一つ試したいこともあるんだ。こんだけ色味が強烈なら染料にならないかなってね」
「ふむふむ」
セコイアも引いてしまうような星型のサボテンだったけど、案外有用性が高いかもしれない。
栽培しなくても、この辺りなら大量に自生しているから素材には困らなさそうだ。
減ってきたら減ってきたで、ここで栽培すれば土壌と気候に問題はないはず。
自然にいっぱい生えてくるくらいだし、環境はバッチリだ。
なかなかの収穫にうんうんと満足気に頷いていたら、ドラゴンフルーツを抱えたアルルがとことこやってきてにこーっと俺に掲げてみせる。
「ヨシュア様。とったよ」
「おお。余った分は持って帰ろうか。さっそく食べてみようか」
パカンと真っ二つに割ると外の鮮やかなピンク色と違い果肉は白に黒のゴマみたいなのが混じったものだった。
この色合いは何だかトロピカルフルーツって俺の勝手なイメージがあるなあ。
切り分けて、御者台で馬を見てくれているバルトロにもおすそ分けして実食タイムとなった。
「思ったより甘くないな。これなら野菜として使ってもいいかも」
耳をピコピコさせつぶつぶを頬っぺたにつけたアルルがこちらに顔を向ける。
「お塩を振ってもいいかも?」
「確かに。もっと熟せば甘くなるのかもしれないけど。今日のところは目的地もあるし、これ以上探すのはやめておこうか」
『酒のつまみにいいかもしれないね』
もっちゃもっちゃと食い散らかしたペンギンがふとそんな感想を漏らす。
『お、ペンギンさん、お酒飲むの?』
『いや、この姿になってからは嗜んでいないさ。人だったころは稀に晩酌をしたものの、晩年はめっきりだったね』
『そうだったんだ。俺もたまにしか飲まないから、あ、ドワーフたちが喜ぶかもしれないな』
『確かに。彼らは日夜身を粉にして働いているし、慰労の意味も込めて君が持っていくと喜んでくれると思う』
持っていくのは構わないけど、そのまま酒宴に巻き込まれる予感がビンビンする。
翌日お休みならいいんだが、今の状況でそれはない。
朝に持っていくとか時間帯を考えなきゃだな。夕方以降にお届けは厳禁である。
◇◇◇
おやつの後は寄り道せず順調に馬車が進む。
そろそろルドン高原に入ったと思うのだけど……チラッとアルルを見たら満面の笑みを浮かべて返してきた。
いや、そうじゃなくってだな。
ルドン高原は記憶にある通り、高原と呼称がついているだけで実際はなだらかな丘だった。
荒地も荒地で草木が非常に少なく、高い木に至っては一本も見当たらない。
低木も枝が捻じれていたり、ゴツゴツした薄茶色の地面と相まっておどろおどろしい雰囲気を醸し出している。
突然地面からゾンビが這い出してきても不思議じゃあない、そんな土地だった。用が無ければ近寄りたくないよな、ここ。
カアカアカア――。
クエエエエ――。
カラスのようなそうでないような真っ黒い鳥がけたたましい声をあげて飛んで行った。
「え」
思わず声をあげる。
いやーな鳴き声だったから何となしに窓の外を飛ぶカラスらしき鳥を眺めていたんだよ。
そうしたら、カラスもどきがきりもみしてはるか上空へ飛んで行っちゃったんだ。
飛ぶというよりは飛ばされていったように見えた。
「バルトロ、とめてくれ」
「あいよ。ヨシュア様、ルドン高原はちいと変わった感じだな。そこに目をつけたのか?」
バルトロが手綱を引きながら尋ねてきた。
「変わった感じ?」
「おう。上手く説明できねえんだが、空の動きが違う」
バルトロが前を向いたままボリボリと頭をかく。
そうしている間にも、ガラガラガラと音を立てて馬車が停車した。
馬車を降り、空を見上げる。
雲一つない青空が広がっており、見る限り変わったところはない。
『雨が降るかもしれないね』
最後に馬車から降りてきたペンギンが、右のフリッパーを上にあげ思ってもみないことを呟いたのだ。
独り言のつもりだったのだろうけど、疑問を抱いた俺はすぐに彼に問いかける。
『カンカン照りじゃない?』
『いや、そうでもない。嘴が雨を感じとっているからね』
嘴をパカンと開けて閉じ、片目もついでに閉じたペンギンはそう言い切った。
ペンギンに雨を探知する能力があるとか、ほんとかいな。
疑いの目を向けやれやれと大げさに肩を竦めたところで、頬に水滴が当たった気がした。
ポツポツ――。
雨だ。
振り始めた雨はすぐに勢いを増してくる。
さっきまで青空晴天だったのに、空はどんよりした雲で覆われているじゃあないか。
俺が空を見てから、数分も経過していないはず。
何という不可思議な……。
「ほれ、一旦馬車に入るぞ」
「うん」
セコイアに手を引かれ、馬車に乗り込む俺たちであった。
馬車の屋根を叩く雨の音は激しさを増している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます