第96話 コーヒー牛乳が飲みたい

「どこ行きおった、ヨシュアめ。湯の中じゃろ?ブクブクしとるのか?」

「あ、あの……」

「分かっておる。気配はここ浴場にはないのじゃから。しかし、せっかく中に入ったのだから、湯につかろうではないか」

「は、はい」


 ガラリ――。


「あ」

「え」


 風呂に入るのだと安心していたら、風呂扉が開いた。

 そこで、セコイアではなく、彼女の真後ろに立っていたエリーと目が合う。


「セコイア。エリーは俺がもう出ているのを分かっていて、窓から侵入を許したんだよ」

「ううむ?」

「全く、服を着たまま風呂場に入って、入るなら服を脱げよ」


 全くもう。扉の向こうから声がしなくなったから、すぐに察したよ。

 こいつはよろしくないと思って、脱衣室に移動したらこれだ。

 屋外からだから、二人とももちろん服を着ている。バッチリとな。


「うむ!」

「きゃ」


 セコイアがエリーの服に手をかける。

 な、何しとるんじゃ、こいつ!

 ピシャリ。


「脱ぐなら俺が扉をしめてからにしろ!」


 風呂扉を閉めて扉向こうに向けて叫ぶ。


「セコイアさま……だ、ダメですって」

「ふ、ふふふ」


 また何かはじまった様子だけど、とっとと移動しよう。

 ぺたぺたよちよち歩くペンギンさんと一緒に台所に向かうことにした。何か飲もうっと。

 風呂あがりはコーヒー牛乳がよいけど、コーヒーはまだ無いのだ。

 コーヒーってここで栽培できるのかなあ?

 

 ペンギンを部屋まで送り、自室へと戻る。

 アルルと探索をしたこともあって、体は心地よい疲労感に包まれていた。風呂に入ったのもあり、ベッドに寝転がると急速に眠気が襲ってくる。


「ふああ」


 大きなあくびが出たところで、もう意識が遠くなってきた。

 

 ◇◇◇

 

「ヨシュア様!」


 コンコン響く扉の音と共に、涼やかな聞きなれた声が耳に届く。

 この声はエリーだな。彼女の声を例えるのなら、夏の風物詩である風鈴の音とでも言えばいいのだろうか。

 涼やかでなんか落ち着く、そんな感じだ。

 一方でアルルは彼女と正反対の声質をしている。どこか間延びしていてほっこりするんだけど、なんだか元気が出てくる……みたいな。

 どちらも矛盾しているイメージなのかもしれないんだけど、不思議なことに同居しているんだ。

 

 でも、俺の名を呼ぶエリーの声はいつもと違って余裕がないように聞こえる。

 眠気眼をこすりこすりし、急ぎ扉を開けた。

 

「何かあったのか?」

「はい。ちょっと困った事態に。どうしていいものか領民たちも判断に苦慮している様子でして」

「そいつは急いだ方がいいな。案内してもらえるか?」

「畏まりました。お召し物はいかがなされますか?」

「すぐに着替えるよ。少し待っててもらえるかな」

「承知いたしました」


 お腹の上に両手を当て、すっと頭を下げるエリー。

 一体何が起こったというのだろう。

 緊急事態発生となれば、予定変更だな。

 

 着替えをする俺を気遣って扉向こうで待つエリーに声をかける。

 

「ペンギンさんとセコイアにしばし待機でと伝えておいてもらえるか?」

「アルルに向かわせます」

「ありがとう」


 着替をしつつエリーに礼を述べた……のだが。


「呼んだ? ヨシュア様?」

「どえええ」


 窓の外にさかさまにぶら下がったアルルが!

 なんだこのデジャブ。


「ぺ、ペンギンさんに緊急事態発生のため待機と伝えてもらえるかな?」

「はい!」

「それと、ぶら下がる時はスカートじゃない方がよいんじゃないかな」

「うん?」


 前にも同じことを言った気がするけど、やはり彼女は全く気にしていない。

 見せパンツなのか? そう言う話を聞いたような、聞かなかったような。

 

「ヨシュア様も。同じ」

「あ、俺は着替え中だからな」

「こら、アルル!」


 扉向こうで俺とアルルの会話を聞いていたのだろう、エリーからアルルに向けて悲鳴のような声があがる。

 おっと二人の様子に気を取られている場合じゃねえ。

 もそもそとズボンをはくが、急ぎ過ぎたため足が絡まってその場でぺたんと尻餅をついてしまった。

 な、何て情けない。

 アルルにバッチリと見られてるし……。

 

「見てません!」

「お、おう」


 微妙過ぎるフォローに心の中にぴゅーっと寒風が吹き抜けた。

 

 ◇◇◇

 

 エリーに連れられて着いた先は自慢の鉄筋コンクリートを使った中央市場(予定)の建物だった。

 ちょっとした騒ぎになっているのか、人だかりができている。

 だけど、みんな建物から一定の距離をとって統制が取れているようだった。

 なるほど。バルトロと彼が率いる探索部隊の人たちが抑えていてくれていたのか。

 

 ところがどっこい。俺が顔を出すや大歓声が巻き起こってしまった。

 演説の時はともかく、特に何でもない時にでもここまで反応があると乾いた笑いが出そうになる。

 そのうち領民たちも慣れてくることだろうし、商店街完成の暁には露店で買い食いとかやりたいものだ。

 その時はそっと俺を見守って欲しいと願う。

 

「ヨシュア様」

「バルトロ、何が起こったんだ?」

「大したことじゃあないんだが、どうしていいものか迷う事態で」


 頭の後ろに手をやったバルトロは歯切れ悪く、苦笑しつつもう一方の手で無精ひげを撫でる。


「何か出たのかな?」

「見てもらった方が早い。もう捕獲済みなんだよ」

「ほうほう」

「こっちだ。ヨシュア様」


 歩き始めたバルトロの後ろをついていく。

 建物に入ると、バルトロが右手を指さす。

 そこには木製の籠……いや蓋がないから柵があり、中に見た事のない動物が二体ふてぶてしくお座りしていた。

 鼻をヒクヒクさせたそいつはウサギのようにも見えるし、ネズミのようにも見える。

 サイズは中型犬より一回り大きいくらいで、足先はネズミっぽく尻尾はウサギっぽい……。何とも中途半端な見た目でもやっとする。

 毛色は白っぽい灰色で直毛、そして長い。俺の指先を毛の中に突っ込むと手首辺りまで埋まるんじゃないだろうか。

 思わず隣にいたエリーと顔を見合わせ目を丸くしてしまう。

 彼女は俺とは異なり、あの動物に興味津々といった様子で目じりが下がっている。

 

「エリー、あれ、飼う?」

「い、いえ……」


 彼女にしては子供っぽい仕草でぶんぶんと大きく首を振って否定した。

 しかし、彼女はチラチラとあの動物を見ている。


「バルトロ、あいつは二階の食物庫を狙って侵入したのかな?」

「その通りだ。つってもキャッサバくらいしか置いてないんだけどな」

「てことは飼育できそうか」

「肉は少なそうだぜ」

「いや、毛を刈るのにいいかなと思って。繁殖力と食事量次第だけど」

「分かった。牧場の誰かに頼んでみるぜ」

「助かる」


 この動物を発見できたことは幸運だと言っていい。

 だけど、簡単に侵入されるのは何とかしなきゃならないな。穀物を全部ガリガリと齧られたら辛い。

 

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