第90話 カタツムリは食べたらダメです

 ルビコン川で運搬用の渡し船に乗せてもらい、向こう岸へ到着する。

 テクテクと崖に向かって歩いていると、繁みがガサガサと揺れ、その隙間から巨大カタツムリの殻が見え隠れしていた。


「ヨシュア様。食べる?」


 横目でチラリとカタツムリを見た俺に対し、何を思ったのかアルルがそんなことをのたまう。

 カタツムリはあかん、あかんで。


「カタツムリを食べたら寄生虫やらで倒れると思う。ペンギンさんはカタツムリを食べることができる種だったから食べてたけど、俺たちが食べたらダメだ」

「難しい……です」

「要はカタツムリを食べるとお腹を壊すってことだよ」

「はい! 食べたらダメ。お腹痛くなる」

「そそ」


 よしよし、よくできたぞお。

 と、ついつい子供にやるようにアルルの頭を撫でてしまった。

 

 カタツムリをスルーしててくてくと進むこといましばし。

 ツルハシでガラス砂を採掘する人々の姿が見えてきた。


「ヨシュア様!」

「辺境伯様が参られたぞ!」


 ちょっとした騒ぎになってしまったけど、やあやあと手を上げ領民たちに挨拶をする。

 歓声まで巻き起こって、内心冷や汗が流れた。だが、慣れたもので表面上は平静を装う。


「この崖の向こうに行きたいのだけど、回り込む道を知っていたりする人はいるかな?」

「危険だからと私たちは探索をしておりません。ですが、左手は途中で川になっていると聞きました」

「ありがとう」


 答えてくれた領民に向けにこやかに微笑みかけると、彼は感極まった様子で肩を震わせる。

 は、反応が大袈裟だけど、気にしたらいけない。


 そんなわけで、採掘場から右手に進むとウネウネした登り道に入り、大回りにながらもこの調子だと崖の上まで行けそうな感じだ。

 よしよし。しかし、こう登り坂続きで道もないとくれば疲労の溜まりも早い。


 ぜえはあ、ぜえはあ。

 息を切らせながら、隣で鼻歌まじりに耳をピクピクさせるアルルを気遣う振りをして時折立ち止まる。


「ふう、登ってきたかなあ。だいたい一時間くらいか」

「はい! もうすぐ登りが終わります」

「おお、その耳か尻尾で分かるのか?」

「う、うん?」


 曖昧な返事だったけど、すげえなアルルの耳と尻尾。虫の触覚や鯨のエコーロケーションみたいになっているのかなあ?

 音波を出してキャッチできる仕組みだったとしたら、他にもいろいろ応用が効きそうだ。


 アルルの言う通りほんの2、3分歩くと傾斜が無くなり歩きやすくなった。

 ここはもうあの崖の上なのだろうか?


「こっち」

「お?」


 アルルが俺の手に自分の手を寄せたところで、迷うようにピタリと動きを止める。

 彼女はエリーほどではないけど、まだまだ俺に対し友達感覚ってわけにはいかないようだ。

 そらまあ、彼女らの気持ちも分かる。追放されたとはいえ、元は一国のボスだったんだもの。社長に新入社員が気軽にと言われたところで、そうそう変わるもんじゃない。

 ならばと、俺から彼女の手をそっと握る。すると彼女はにこおっと顔と耳で嬉しさを表現して俺の手を引きはじめた。

 彼女の導くままに進んで行くと――。


「お、おお」

「うん!」


 崖の上だ。眼下に採掘作業をしている領民のみなさんの姿が確認できた。


「見通しはいいのだけど、期待していた風は吹いていないなあ」

「下と変わりません」

「アルル。君の触覚? で風の様子とか分かるのかな?」

「近く、なら?」


 顎に手を当てうーんと空を眺めながら、アルルが曖昧な答えを返す。

 彼女らしい子供っぽい仕草に微笑ましい気持ちになっていると、突如握った手をぐいっと引かれた。


「ん?」

「動物が。います」

「危なそうな?」

「大きな動物では、ないです」

「俺たちが喰われるような魔物じゃあない?」

「はい。見ますか?」

「危険がないなら見に行こうか」


 コクリと頷きを返したアルルは、俺の手を握ったまま歩き始める。

 

 見通しのいい草ばかりのところにひょっこり二足で立ったもふもふが二体、こちらに大きなつぶらな瞳を向けていた。

 前脚を折りたたみ、鼻をヒクヒクする姿は愛嬌があって可愛らしいと言えなくもない。

 毛色はこげ茶色。目の色は黒。

 ウサギより一回りくらい大きいのかな。小動物……にしては少し大きい気もするけど顔に比べて口も小さいし、獰猛な肉食動物ってわけじゃあなさそうだ。


「ヨシュア様!」

「あれは、癒されるな」


 大きい方のもふもふのお腹から小さな顔がひょっこりと出てきた。

 小さいのもじーっとこちらを窺って鼻をひくつかせている。

 あれは、もふもふの親子なのかな。雌の方が大きな種なのかも?

 しかし、あの動物、どこかで見た気がするんだよねえ。カンガルーみたいにお腹に袋があって、小型でつぶらな瞳の。

 ええと、何だっけ。

 確か名前は……グアッガだっけか。

 ペンギンなら正式名称を知ってそうだ。彼をここに連れてきて見てもらえば分かるかも?

 ……いや、彼をここまで連れて来るのは相当骨が折れる。彼にずっと歩かせてここまで来るとなれば日が暮れてしまうし、背負うには重たい。

 あ、野生児セコイアに背負ってもらえばよいかも。

 俺を引きずって森から帰還したくらいだし、ペンギンでも余裕だろ。ちょうど彼女ともここへ来る約束をしていたし。

 よしよし。

 

 お。俺たちに危険がないと判断したからか、もそもそと高く伸びた雑草をかじりはじめた。

 食べている姿はウサギぽくて、これはこれでよいな。

 ずっと眺めていたい気持ちになってしまうけど、そろそろ動かないと。

 そっとアルルの手を引き、グアッガさん(仮)を迂回するように草原を抜ける。

 

 岩肌が見えているところはないかなあとキョロキョロしながらうろうろすると、なだらかな丘を発見した。

 丘の傾斜部分は岩肌が露出していて、丁度良い感じだ。

 

 ガサガサと手持ちの鉄製のヘラで岩肌を削り、手のひらに落ちてきた砂粒を乗せる。

 ん、色からしてガラス砂に近そうだ。


「この崖の上が全部同じような地質なのかなあ」

「洞穴、探します?」

「まだ明るいし、少し探索してみようか。この分だと、採掘場所の辺りでもここでもよく似た感じかも」

「案内します!」

「え? 分かるの?」

「遠くまでは。分からないです」

「どれくらいなら分かるの?」

「んーと。これくらい!」


 両手を精一杯開いて、んーと首を傾けるアルルだったが、それだとまるで分らん。

 でもま、目に見える範囲くらいかもう少し広範囲には探知できるはず。それなら、俺が目視で探すよりは全然効率がいい。

 アルルの第二の目を頼ることにしよう。

 

※10/10カドカワBOOKS様より書籍版が発売予定です!

ここまでこれたのもお読みくださったみなさんのおかげです。ありがとうございます!

まだまだお話しは続きますので、引き続きよろしくお願いしまっす!

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