第91話 抱っこ

 はあはあ……。

 アルルの第二の目ってすげえな。腕がようやく入るくらいの小さな穴から、俺の頭が中に入るくらいの穴まで次から次へと発見していく。

 しっかし、休みなくうろうろしていたら、息がもたん。

 あ、つぶらなお目目のクアッガさん(仮)の親子にまた出会った。

 

「アルル」

「はい!」

「俺の指示が悪かった。すまん」


 その場に崩れ落ち、あぐらをかいた俺は猫を彷彿とさせる笑顔のアルルを見上げる。

 彼女は首を傾げたまま、頭にハテナマークが浮かんでいるようだった。

 しかし、何かを思いついたのかぱああっと後ろに花が浮かんだかのようになって、ぽんと手を打つ。

 

「ヨシュア様!」

「ん?」

「抱っこ」

「おう?」


 唐突だな。まあ、よいけど。アルルなら俺でも抱え上げることはできるだろ。

 おんぶなら確実なんだけど、まあ大丈夫さ。

 よっこらせっと立ち上がり、彼女の腰へ手を伸ばそうとしたら逆に彼女に抱え上げられてしまった。

 

「アルル……」

「はい!」

「ちょっと恥ずかしい……降ろして」

「はい……」


 あからさまにしゅんとされても困ってしまうじゃないか。

 彼女なりに「俺の指示が悪かった」という部分を考えてくれた結果なんだと分かるから、感謝しこそすれ指摘したりなんてことはしない。

 

「俺が思いついたことは別の事なんだ。えっと、洞穴の大きさとか形とかを絞ることってできるかな?」

「うん。どんな形なの、ですか?」

「できれば、俺たちが中に入ることができるくらい大きい方がよい。あと、そうだな。こうギザギザした……ああ、うまく表現できない。ちょっと待って」

「ん?」


 俺の想像する洞窟図を手持ちの紙片にかきかきして、アルルに見せる。

 絵を見た彼女は、ピコンと耳をとんがらせ大きなアーモンド型の両目を見開く。

 尻尾をピンと伸ばした彼女は俺の腰に手を伸ばし――。

 

「だああ。だから、俺を抱っこは無しでいいんだってば」

「アルルじゃ、嫌、なんですね。やっぱり、エリーみたいに力持ちさんじゃないと」

「いやいや。エリーに抱えられたのも不可抗力というか何というか。よっし、アルル。じゃあ、俺が君を」

「ヨシュア様が?」

「おうさ。俺もまだまだ元気いっぱいだってところを見せてやる」

「……ヨシュア様、無理しないで。ください。アルル、ヨシュア様が元気な方が好き」

 

 上目遣いでそんなことを言われてもだな。

 おそらく身長150くらいしかない小柄で華奢なアルルに俺が姫抱きされてる姿を誰かに見られたりしたら……。

 「この鬼畜め!」なんて揶揄されかねないぞ。

 それよりなにより、俺自身が絵的にも気持ち的にも嫌すぎる。

 

「よし、アルル」

「はい!」


 アルルを姫抱き……はできず、いや、せずに、おんぶにした。

 いやほら、道の指示をもらわないといけないだろ? 決して腕がプルプルして無理だったとかそんなわけじゃない。

 背負う方が効率が良かった。それだけだ。

 

 アルルが後ろから手を伸ばし、右手を指さす。

 おっけえ。右だな。うん。

 もしゃもしゃと鼻と口をひくひくさせながら、雑草を貪り喰らうクアッガさんたちを後目に悠然と歩き始める俺であった。

 

 ◇◇◇

 

 ――三分後。

「はあはあ……」

「ヨシュア様。アルル。重いから」

「そ、そんなことはねえ! アルルは超軽いさ。ははは。そんなことより、場所はどっちだ?」

「あ、わかった。アルル!」

「ん?」


 ふわりと髪の毛に風を感じた。

 と思ったら、背負われていたはずのアルルが俺の頭の上で宙がえりをして、シュタっと俺の前に降り立つ。

 ふんわりと舞うスカートと彼女の短い髪の毛。

 あれ、あれれ。

 

 あれよあれよという間に彼女に背負われてしまった。

 

「え、え」

「お手本見せてくれた、から」


 にこーっと首だけを俺の方に向けられても、ほっぺとほっぺがくっつきそうだね、なんて冗談を返したところで何も変わらん。

 エリーならともかく、アルルだと無反応だろうなあ……。

 ああああああ。

 もういいやあ。ラクチンだしい。

 お、あれ、あの特徴的なオレンジ色の果実はひょっとして。あっちの葉も何だか気になるな。

 何だか悟りを開いてしまった俺が周囲の自然に目を惹かれていると、アルルが立ち止まり前方を指し示した。

 

 お、洞窟かあ。見事なものだ。

 入口は人が横に三人くらい並べるほどの幅があり、高さも俺の身長より若干高いくらい。

 深さも奥にまで光が届かないほど広い模様。

 

「降ろします!」

「お、おう?」

「ヨシュア様?」

「あ、そうだった。洞窟を探してもらっていたのだった」


 悟りを開いてしまった俺は本来の目的を忘れかけていたぞ。

 そうだった。自然観察に訪れたんじゃない。鉱物を探しに来ていたのだ。

 でもその前に。


「アルル。ちょっと待って。植物鑑定をしたい」

「はい!」


 さてさて。

 少しだけ戻り、オレンジ色の果実と葉を採取しいざ「植物鑑定」を実行する。

 なんだか、これも久しぶりな気がするなあ。

 植物鑑定があれば、どこにいても食用の作物がまず発見できる。

 なかなか便利な能力なんだぞ。最近、活躍の機会がないんだけどね。

 

「お、この実はやはり『カボチャ』だった。こっちの葉はイェルバ・マテの葉か」

「食べられる?」

「うん。どっちも食用だよ。イェルバ・マテは枝も煎じて飲むことができる。マテ茶の原料になるよ。カボチャの方は茹でるとほくほくしておいしい」

「やったー!」

「おうー。少し集めて持ち帰ろう」

「はい!」


 緑色のカボチャもありそうな気がする。採取したオレンジ色のカボチャはハロウィンでよく見るやつだ。

 だけど、サイズは手のひらに乗るくらいの小さいものだった。探せば大きいのもあるかも。

 これだけ目立つ色をしているのだから、すぐに見つかるだろ。

 

「……って、ちょっと待ってアルル」

「はい!」


 ついついこのまま採取に走ろうとしたけど、違う違うのだ。

 さっき思い出したところなのに、もう忘れていた。恐るべし食べ物の力だよ。

 

「洞窟探検を先にやろう」

「でも。ヨシュア様。見えない?」

「大丈夫さ。ちゃんと準備をしている」


 じゃじゃーん。

 いつ暗いところを探検してもいいように、コンパクトなランタンを持っているのだ。

 ランタンといっても魔道具なので、火を燃やして光らせるわけじゃあない。

 握りこぶしくらいの小さなランタンで、中に魔石を仕込むことで中央にある水晶が光る仕組みだ。

 

 これなら持ち運びも楽々って寸法さ。

 便利だよね。魔道具って。

 この世界の生活に魔道具は欠かせない。魔道具は地球にある様々な工業品の代わりになっているんだ。

 魔道具の開発技術は相当進んでいて、生活のありとあらゆる場所に魔道具が存在する。

 そんな魔道具のエネルギー源となるのが魔石だ。だからこそ、人工的な魔石の製造を目指し、ペンギンやセコイアと開発を進めてきていた。

 まだまだ課題だらけだけどね……。

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