第89話 ひっぺがしなさい

「もう一つは地道な基礎理論の構築だよ。魔力と鉱石の関係性を解き明かし……特にマナ密度とマナ吸収の仕組みだな」

「ようわからん、今もやっておるではないか」

「理論が分かれば、無駄を省きもっと効率的に生産できるかもしれないだろ」

「そういうことか。なるほどの。電力生産量を変えることができぬのなら使う量を減らすという発想じゃな」

「そそ」


 マナ密度次第だけど、マンガン電池による燃焼石の生産なんてこともできるかもしれない。マンガン電池の仕組みは知らないけど……ペンギンなら知っているかも。

 マンガン電池はバッテリーと似たような理屈だったはず。


『いずれにしろ、まだまだ踏むべきステップがあるということだね。結局のところ、基礎研究と発電設備の両輪が必要だということだね』

『だなー』


 頭に手をやったつもりがフリッパーが頭まで届いていないペンギンであった。


『ペンギンさん、助手を一人付けようか?』

『そいつはありがたい。希望はネイサンくんだ』

『け、検討しておく。今も一応ここにいるよね』

『そうだね。時折連れて行かれてしまうが、彼はガラムさんの弟子だからね』


 セコイアが付きっきりで研究に付き合ってくれているけど、彼女一人じゃあ手が足りない。ペンギンは手先を使う作業ができないからな。

 彼女は計測やら観察もやらにゃあならん。

 ペンギンがネイサンを願う気持ちは痛いほど分かる。彼の浄化のギフトは得難い能力だし、素直でいい子であるってのもよい。

 ペンギンは元は家庭持ちの40代以上なのではないかと思っている。彼にとってネイサンは自分の息子のようにも感じているんじゃないだろうか。

 俺は二度目の人生とはいえ、元々独り身だし歳を重ねたわけじゃあない。

 前世で読んだ転生物の物語なんかだと、20歳プラス20歳で俺の人生経験は40歳とか見る。だけど、40歳と20歳で亡くなって20年生きたのとでは意味合いが相当異なるんだ。40年経験したからといって、40歳の人が持つ感情なんてものは実感できないし子供を見て我が子と重なる気持ちを抱くなんてこともない。

 肉体年齢40歳を経験していなかったら、40歳の気持ちなんて分かるわけがなくて当然だ。

 俺は40年以上の月日を体験しているけど、40肩も経験したこともなければ家庭を持ったこともないからペンギンのような人生経験を持ち合わせてはいない。

 でも決して、40年以上の月日を無駄に過ごしたなんて思っていないけどね。

 前世は少し働きすぎじちゃったかな……程度である。

 だから、今世はきっと……今はまだ雌伏の時と信じて。

 

 ぐぐっと拳を握りしめたところでセコイア、ペンギンの両者からじーっと見られていることに気が付く。

 

『あ、いや。ペンギンさんの前世を詮索するつもりはないからね』

『理論が飛躍し過ぎていてよく分からないが。今の私はただのペンギン。それでいいのさ』

『うんうん。だな』

『君もいずれ家庭を持つのだろう。その時まで私が生きていたとしたら、ぜひ君の子を抱っこさせてくれたまえ』

『もちろんだよ』


 フリッパーでは抱っこできないんじゃないか、なんて野暮なことは言わないさ。

 ちょ、何だか肩口に湿り気が。

 こいつは、敵襲!?

 

「アルル!」

「はい!」

「俺の体に異変が」

「セコイアさん?」

「はがすのだ」

「はい!」

「こら、何をする猫娘。ボクはこれから家庭を築くのじゃ」

「ダメ!」

「こらあ。噛みつくんじゃねえ!」


 そうだ。謎の湿り気の正体はセコイアの汚い唾液だった。

 どうやら家庭という言葉に反応し、目にも止まらぬ速度で俺の背後から抱き着き……。

 何て無駄に高いスペックなんだ。別のことに活かしてくれよ。

 

 まあでも彼女も本気で俺に引っ張りつこうってわけじゃあないのは俺だって分かっている。

 掛け合いの一つだろ。アルルの力で簡単に引っぺがされるような彼女じゃあないんだから。

 

 アルルに後ろから羽交い絞めにされ抱え上げられたセコイアは両手両足をバタバタさせ、尚も抵抗の様子を見せている。

 ほんとにもう。

 苦笑しつつ彼女へ顔を向ける。

 

「基礎研究はとても大事なんだ。魔法を研究していたセコイアなら想像がつくと思うけど」

「知的好奇心で釣ろうとしてもそうはいかんのじゃ」

「まあまあ。例えばの話を聞いてくれよ」

「むう。言ってみよ」


 何のかんので知的好奇心には抗うことができない生粋の学者気質なセコイアだった。

 ある意味ちょろいんだよね。セコイアって。こういうところは可愛いのだけど、普段の行動がねえ。

 おっと、拗ねる前にとっとと次を語らねば。

 

「何故、カンパーランドには燃焼石がないのだろうか」

「魔石も見当たらないのお」

「基礎研究を行えば、何故なのかが分かるようになるかもしれない」

「ほおおお。それと量産体制になんの因果が……なるほどの」

「さすが察しがよい」


 直接的な効果としては、石炭が燃焼石に変化するために……言い換えれば石炭が魔力を吸収するにはどれくらいの魔力密度がいるのか分かれば最低限の魔力密度で燃焼石が量産できる。

 では、燃焼石が魔力を消費すると石炭に戻るのか、それとも別の何かになるのか。いや、正解は消し炭になるんだけどね。燃焼石が魔力を消費すると燃えるから。

 しかし、それだけだとこの地に燃焼石が無いことの説明がつかない。

 単に魔力密度が燃焼石を生成できるまでに至っていないだけなんじゃと推測が立つ。俺もその考えが正しいんじゃないかと思っている。

 だけど、じゃあなんでミスリルはこの地にあるんだ? という疑問が沸かないか?

 可能性は二つ。

 銀は石炭より魔力密度が低くても魔力を吸収することができるかもしれない。この場合、長い年月をかければ銀がいずれミスリルとなる。

 もう一つは、魔力の蒸発の可能性。

 カンパーランドもかつては燃焼石が精製される環境にあった。ところが、環境が代わり魔力密度が低くなってしまったとしたら?

 魔力の仕組みはてんで分からないけど、もしタイヤに入れた空気が少しずつ抜けていくように、吸収した魔力も魔力密度が低かったら抜けていくとしたらどうだ?

 高いところから低いところに流れ落ちる水のごとく、内包した魔力が外に流れ出ていけば燃焼石の魔力が無くなり石炭に戻るのかもしれない。

 一方、ミスリルは一度吸収した魔力が抜けていかない、もしくは極めて微量にしか抜けていかないのならミスリルは状態が維持される。

 こうしてミスリルが残り、燃焼石が姿を消したとかね。

 

「二つの方策、どちらも肝要じゃの」

「そういうこと。そんなわけで、俺はそろそろ向こう岸に行くよ」

「ボクも行きたいところじゃが、バッテリーの観察も捨てがたい」

「崖の上はいつでもいけるさ」

「そうじゃの。ならば、明日、ボクと共に行こうではないか」

「りょーかい」


 ひらひらと手を振り、セコイアとペンギンに別れを告げる。

 

「アルル、お待たせ。行こうか」

「はい!」


 尻尾をピンと伸ばしたアルルが俺の後ろにすっと立つのだった。

 さあて、上はどんな感じになっているのかなあ。いい風が吹いていたらいいんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る