第85話 閑話 中央大広場
中央大広場の中央に佇むヨシュア像。
家屋の建築に邁進する大工たちだったが、彼らは一様に毎朝ヨシュア像に参拝するたびにあることを嘆いていた。
それは、ヨシュア様の像がポツンと立っていることに他ならない。
辺境伯領の中心地になる予定のネラックは、この後大発展が約束されている。それを疑う者はこの街にいない。
疑念を持つとすれば、ヨシュアくらいのものであろう。他には街の発展に興味を示さないペンギンくらいのものである。彼は人のことわりの外にいる存在である故、特異過ぎると言っても過言ではない。
前置きはこれくらいにして、大工たちだけでなく増え続ける領民皆がヨシュア像だけが単独で立っていることを憂えていた。
だが、領民のことを慮ってならない辺境伯は、元々ヨシュア像の建造を企画した際に既に道を示している。
今はただの枠ではあるが、ヨシュア像を中心にして噴水にしたい。それが辺境伯の意向である。
このまま計画途中で放置しておいてよいものか。それに美しくはあるが石を彫っただけのままで像を放置しておいてよいものか。
いや、それじゃあいけない。
大工たちは奮起した。
忙しい合間を縫って、交互に誰か一人でも像に携わり、噴水予定地にレンガをのせ、少しずつではあるが工事を進めてきたのだ。
借りられる力は全て借りた。職人たちはそれぞれが自分の技術を惜しみなく注ぎ込み……住宅が完成した翌日、ついに成し遂げたのだ!
「おおおおおおお!」
歓喜の声をあげ、抱き合う職人たち。
種族も性別も年齢も関係ない。同じ目標に向かって邁進した盟友なのだから。
完成を聞きつけた他の領民たちも仕事の合間を縫って完成したヨシュア像と噴水を前に、誰もが思わず両膝をついたという。
感涙する者多数。中には仕事に戻ることができず他の者に引っ張られてしまった者もいた。
その中には絹のハンカチを目に当てた上品な男の姿もあったらしい。
◇◇◇
(唐突にヨシュア視点。注意!)
――ヨシュア。
な、なんなんだこれは! いつの間にこんなことになっちまったんだよ!
確かに俺はなるべく広場に来ないようにしていた。やむを得ず広場に来たとしてもあの貧弱な像を見ないようにしてきたんだ。
それがまずかった。
本日のお供はエリー。彼女ははらはらと目から涙を流し、じっとある一点を見つめている。
なんだかこう、あれなんだよ。広場の方がやたらと騒がしかったから、何かあったのかと顔を出したらこんなことに。
見事な噴水がいつの間にかできていて、その中央に貧弱な像が立っている。
しかも、その像、白銀のコーティングが!
太陽の光に反射し不気味に輝きを放つ貧弱な俺の像。
一体どんな嫌がらせなんだよおおお。
噂を聞きつけたのか知らんが、集まった領民はみな膝を落とし貧弱な像を拝んじゃってるんだぞ。
ありがたいもんじゃないからな。よっし、コッソリあれを稲荷像なんかに変えちゃうか。いや、狐は何か嫌だ。
そうだ。ペンギンにしよう。
「ほう。見事なもんじゃの」
「違うんだ。俺は決して狐をないがしろにしようとしたわけじゃ」
「何を言っておるんじゃ?」
不意に後ろからセコイアが現れたものだから、動揺してしまった。
ひょっとしたらブツブツと狐は要らんという言葉を呟いていたかもと懸念したから。
「あの像のどこが……」
「像の造形はもちろん見事に尽きる。さすがトーレじゃの」
「職人の腕が素晴らしいことは否定しないけど」
腕によりをかけたのが俺の像じゃなかったら、手放しで称賛していたかもしれん。
それほどに職人たちの本気が見える噴水と像なのだ。
「白銀が何かわかるかの? あれも筆舌に尽くせぬ技巧が詰まっておる」
「素敵です! 素敵という陳腐な言葉しか出てこない私をお許しください……」
そうね。なんだか輝いているよね。うん。
あと、エリー。そろそろ祈るのをやめてもらいたいんだが……。
「銀……じゃあないよな。あれ」
「うむ。あれはのミスリルじゃ。工法の知見はないがの」
「ミスリルだったら、錆びない、固い、傷つき辛い、と三拍子揃っているんだっけ」
「そうじゃ。その分、加工をすることが困難になるのじゃがの」
「ガラムは易々とやっていた気がするけど」
「あやつはあれでも鍛冶師として極みの域に到達しておるからの。豊富な内包魔力。そして、それを扱う技術に長けておる。もっとも、魔力を扱う技術は鍛冶に特化したものじゃがの」
「ガラムってやっぱすごい人だったんだな。コンクリートも固めちゃうし」
「ドワーフやノームは遥かな昔から『ものつくり』を誇りとしてきた。なればこそ、あやつらの術はそれに特化しておるのじゃよ」
「俺も魔法の一つくらい使ってみたいもんだ」
転生して魔法のある世界だと知った時は、「魔法きたあああ」なんて思ったものだが、甘くはなかった。
激務続きで魔法の練習なんてする暇も禄になかったし。
ふうとシニカルに息を吐くと、いつの間にか前に回り込んでいたセコイアが口元をひくつかせとっても微妙な顔でこちらを窺っているじゃあないか。
「無理じゃ」
「何が?」
「魔法を扱うこと。キミにはの」
「えええ。そんなことないだろ。俺だって本気になればファイアボールの一つくらいどばーんとだな」
「キミの魔力は魔道具に注ぎ込むだけで精一杯じゃからの。他人の魔力を推し量ることもできぬじゃろ?」
「え? 当たり前じゃないか。魔力量の計測なんて、達人じゃないとできないもんだろ?」
「基礎の基礎のこれまた基礎じゃ」
「え、えええ……」
人間、向き不向きってあるよな。うん。
努力をしてもダメなものはダメってことだ。ははは。
そもそも努力さえしていないだろって突っ込みは聞かねえからな!
んーと耳を塞いでいたら、セコイアがとんでもなく嫌そうな顔でプイっと顔を背けてしまった。
「いや、人間諦めが肝心だって。俺が修行をしたところで魔法が使えるようにならないってことだろ」
「ボクがつきっきりで三ヶ月くらい頑張れば、ロウソクに火を灯すくらいはできるようになるかもしれんぞ」
「ほう。たった三ヶ月で。一日どれくらい修行をすればいいんだ?」
「最低六時間。更に基礎体力が足りなさ過ぎるからのお。二時間くらい走り込みでもするかの?」
「お断りだ!」
さらば、魔法を使う夢。
夢とは夢であり、儚いものなのだ。
この日の夜に聞いたことなんだけど、ミスリルコーティングってとんでもなく手間がかかるものだと分かった。
ミスリルを粉状にして、薄く張り付けたところを魔力を込めて「伸ばす」のだそうだ。
ミスリルを細かく砕くだけでも相当骨の折れる作業だと聞く。その後の「伸ばす」工程は更にらしい。
そんな高く険しい道を何もあの貧弱な像に使わなくても……。
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