第二部 目指せ、カガクトシ
第84話 閑話 魅惑のお風呂
脱衣所には木製の棚があり、籠がいくつか置かれていた。
籠の中にはバスタオルが入っていて、異世界に来たというより日本のことを思い出すような懐かしさを覚える。
ぺたぺたと背伸びをして籠をフリッパーで支えるが、足がぷるぷるして……。
ガシャーン。
棚から籠が落ちてしまう。
『私がペンギンだったことをすっかり忘れていたよ。そもそも服なんて着ていないじゃあないか』
ペンギンは自分の真っ白のお腹をフリッパーでぺしんと叩き、嘴をパカンと開く。
これは彼なりの「頭をかくポーズ」なのである。
頭をぽりぽりしようにもフリッパーは短く、頭どころか両フリッパーをお腹の前にやってもお互いの先が届かないくらいなのだから。
脱衣所の奥は横開きの扉だった。
これならペンギンでもうんしょとやれば開くことができる。
『この妙な日本感はヨシュアくんが持ち込んだのかな』
なんて呟きながら、フリッパーを激しく上下に振りながらペタペタと扉の中に入っていくペンギン。
『お、おおお!』
岩風呂とでも言えばいいのだろうか、床部分はすべすべになるよう磨き上げられ周囲はゴツゴツとした岩で取り囲んでいる。
斜めになった木の板からドバドバとお湯が岩風呂に流れ込んでいた。
この岩風呂、人間なら同時に四人ほど入ることができるほどの広さがある。
ペンギンにとっては十分以上の広さだ。
ペンギンは最初こそ、岩風呂自体に目を奪われた。これなら泳ぐことだってバシャバシャすることだってできると心を躍らせる。
しかし、彼の興味はすぐに別のことに向かう。
岩風呂に流れ込んでいるお湯はどこから引いているのだろう? ペンギンはヨシュアから魔道具で水を沸かして引き込んでいると聞いている。
だが、魔道具らしきものの姿は見えない。
『板の奥かね。お、こっちなら分かるかもしれん』
ペンギンが次に目をつけたのがシャワーとお湯が出るのであろう蛇口だ。
蛇口は日本で見るような蛇口に似てはいるが少し異なる。
四角い筒状になったL字の上部に十字の木枠が取り付けられていて、素人のペンギンの目から見ても「これは水圧に耐えることができない」と分かる作りだ。
『となると、蛇口の裏まで水の負荷がかかっていないということか。水が漏れ出してきていないのだから』
ふむ、と嘴にフリッパーを当て……ようとしたが届かず中途半端な状態になりながらも、ペンギンは科学では説明できない魔道具への興味を募らせる。
『まずは観察だな』
蛇口を回そうとフリッパーでうんしょとやるが、さすがにフリッパーでは蛇口に引っかけることができず滑るばかり。
『こいつは弱ったね』
どうしたものかと思案しつつも、体は自然と水を求めペタペタと湯船に向かうペンギン。
どばーん。
ペンギンが勢いよく岩風呂に飛び込んだため、湯しぶきがあがる。
そこで、ペンギンは考えてみれば当たり前の結論に至った。
『ヨシュアくん! ヨシュアくん!』
そうだ。自分が出来ぬのなら、できる人に頼めばいい。
ペンギンは後ろ脚で水をばたばたさせつつ、心の中でそんなことを呟く。
すぐにドタドタと人間の足音がペンギンの耳に届き、横開きの扉の向こうから声がする。
『どうした? ペンギンさん』
『ヨシュアくん、緊急事態だ』
『え?』
『入って来てくれたまえ』
『わ、分かった! すぐ行く』
ガラリ。
扉が開き、岩に手をかけバタ足するペンギンとヨシュアの目が合う。
ヨシュアの額からたらりと汗が流れ落ちた。決してこれは風呂場の熱さからくるものではないことは、ペンギンにだって分かる。
『リラックスしているし……問題なんてないんじゃ』
『あるとも!』
『泳いでいるじゃないか』
『蛇口が回せないのだよ』
『あ。その手じゃあなあ。洗うこともできないんじゃないの?』
『それは盲点だったね。そこに注意はいっていなかったよ』
『俺も入るよ。ペンギンさんをごしごしするから』
『そいつはありがたい』
ヨシュアと普通に会話しているが、ペンギンはこの間ずっとバタ足をしたままであった。
すぐに服を脱いだヨシュアが風呂場に入ってきて、ペンギンはシャワーの下へ移動する。
◇◇◇
『ほ、ほう。もう一回、蛇口を回してみてくれたまえ!』
『……』
ペンギンの体を洗ったヨシュアは自分の体も洗い、その後、ペンギンが蛇口からお湯が出る様子を観察するため何度も何度も彼に蛇口をひねるよう頼んでいた。
ところが、突然ヨシュアの反応がなくなってしまう。
『ヨシュアくん?』
訝しんだペンギンは彼の名を呼ぶが、ようやく緊急事態に気が付いた。
ヨシュアが仰向けになってぶっ倒れていたのだから。
どうやら、ヨシュアはのぼせてくらっときてしまったようだ。
う、ううむ。こいつは申し訳ないことをしたね。
ペンギンは心の中で彼に謝罪しつつ、嘴をパカンと開く。
『誰かきてくれないかね? ヨシュアくんが倒れてしまった!』
日本語が通じないと分かりながらも、声の雰囲気から察して欲しいと願い、ペンギンが叫ぶ。
声を発しつつも、誰かを呼びに行こうとペタペタと歩き始めた時、横開きの扉がガラリと開く。
『お、おお。助かるよ。ヨシュアくんが』
「あ、あ、ああああ。い、いけません! わ、わたし、見てません!」
扉のところで顔を真っ赤にして目元を手で覆ったエリーがくるりと背を向ける。
「どうしたの? エリー」
「ダメです! アルル。他の人を……」
エリーはぐいっとアルルの手を掴み、脱衣所から外へ出て行く。
アルルに風呂場を見せぬようきっちり彼女の視界をふせぐ念の入りようで。
この後、バルトロが風呂場にきてくれて無事、ヨシュアは回収されたのであった。
※定番のお風呂回はお楽しみいただけましたでしょうか?
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