第82話 魔法的絶縁体

 翌朝――。

 昨日は最後の方、何を考えていたのか覚えていない。

 糸が切れるように意識が飛ぶとはまさにあのようなことだな。うん。

 朝の会議が終わった後、向かったのはもちろん鍛冶屋だ。

 電気をマナに変換する雷獣の毛、水車による発電機、バッテリー、後はコンバータが揃えば準備が整う。

 残すところのコンバータとなる二極真空管は完成したとペンギンから報告があった(朝の会議でね)。

 というわけで、コンバータの確認が終われば、いよいよ電気をマナに変換できるようになる見込みだ。

 何のかんので結構な時間がかかってしまった。だけど、これがゴールではない。

 ゴールはマナから魔石を作ること。

 マナが作れたところで満足してはいけないのだ。

 

 ふんふんと鼻息荒く、アルルを背に乗せ馬が走る。

 馬は飼育の手間がかかるけど、時は金なり。移動時間短縮には欠かせない存在だ。

 地球だと馬以外の騎乗可能生物は少ない。ラクダが最適な地域などあるにはあるけど、馬が支配的な騎乗生物といっても過言ではない。

 この世界でも馬が一番メジャーな存在ではあるけど、お金をかければより速く移動できる生物を揃えることも可能である。

 みんなの憧れ、空飛ぶ飛竜であったり、超大型馬と例えられる六本脚のスレイプニルとか。

 

「アルルは好きな騎乗生物とかってある?」

「わたしは。ヨシュア様と一緒なら」


 俺の肩に手を乗せ、俺の後ろから覗き込むようにしてアルルが猫耳をピコピコ揺らす。

 女の子は騎乗生物と言われも興味はないかあ。

 乗り物に乗ってワクワクする男の子は多いのだけどね。

 

「落ちないように気を付けろよー」

「はい! あ、アルル。ヨシュア様と一緒に。空を飛びたいな」

「空かあ」

「うん!」


 俺は余り飛びたいとは思わないなあ。落ちたら真っ逆さまだし。飛行機と違って密閉された空間に入るわけじゃあないからな。

 怖いったらありゃしねえ。

 あ、そうだ。

 空を飛んでみたいだけなら。

 

「ハングライダーは……いや、ここは定番の気球の方が」

「はんぐらいだー?」

「風に乗って滑空する翼みたいなものだけど、上空で風を感じて爽快らしいぞ」

「おもしろそう!」

 

 ハングライダーはアルルとかバルトロみたいな人にお任せするとして、俺が使うなら気球の方がいいなあ。

 あ、パラシュートならそもそも空から落ちるものだし、俺でも使えそうか?

 この時は冗談めかして言っていたことが、まさか後々引っかかってくるなどこの時の俺は思いもしなかった。


 ◇◇◇

 

「いよいよだな。待っててくれてありがとう」

 

 俺が鍛冶屋に到着すると、既にペンギン、セコイアはもちろん職人たちまで集合しバッテリーを取り囲んでいた。


「しんくうかん? はここでいいのですか?」

「宗次郎、うむ。その線を下の金属が出ているところへ巻きつけるのじゃ」


 最後の仕上げだろうか、ペンギンに聞きながらのセコイアがネイサンに指示を出している。

 真空管は試験管の下部に電極を取り付けたような見た目をしていた。

 これだけ精巧なガラス細工、金属加工技術はトーレとガラムがあってのこと。試験管の中を真空にしたのはセコイア。設計はペンギンだ。

 電気で魔石を作りたい。

 俺の想いをみんなが形にしてくれた。

 感慨深く眺めていたら、ガラムの弟子であるドワーフの一人が発電機のレバーを引き発電を開始させる。

 

 二極真空管の繋ぎ先は先日作成した裸電球。

 電気が流れたことを示すかのように裸電球が光りはじめた。

 

「お、おおお。何度見ても不思議なものじゃの」

「セコイア、先日の魔法をかけてもらえるか? 俺とペンギン以外にもマナの動きが見えない人を含めて」


 感激し両手を胸の前で組むセコイアへ、すかさずお願いする。

 水を差すようで悪いけど、彼女に頼まないと確認すらできないからな。


「心配せずとも、キミとペンギン以外は全員『見える』。それにもうすでに二人に魔法をかけている」

「お、おう。いつの間に」


 魔法の効果が付与されているらしいけど、かけられたことを知覚できないとは。

 魔法ってのは本当に厄介極まりない。

 

 電球が光ることが確認できたので、一旦発電機を止め、本命のバッテリーへ回路を繋ぐ。

 さて、いよいよだ。

 やってくれと目で示すと、ドワーフがレバーを引く。

 

 どうだ?

 バッテリーを凝視し、マナよ出てこいと祈る。

 見つめる先はバッテリー水槽の中に入った雷獣の毛束だ。

 お、おおおおお!

 もやがもやが出てきている!

 雷獣の毛束からマナを示すもやもやが出てきているぞ!

 

「きたきたきたー!」

『お、おお。感慨深い』


 ペンギンのフリッパーと自分の手を打ち付け合う。

 俺たちの反応を見た他のみんなも歓声をあげ、俺とペンギンと一緒になって喜んでくれた。

 だが、セコイアだけは腕を組んだまま眉麻呂を寄せ口をへの字に曲げているではないか。

 

「何か問題があったか?」

「いやの。マナは確かに出ておるのじゃが、ほれ、バッテリーからマナが抜けていっておる」

「確かに。水の中にできた泡が水面に浮かぶかのように……するするとって、ガラスも素通りしているじゃないか」


 マナを発生させたのはよい。

 しかし、マナを留めておくことができないのか。


「囲めばいけるかの」

「マナが逃げないように魔法的な何かで密封するってこと?」

「うむ。方法はいくつかあるのじゃが、手持ちのものとなると」


 ゴソゴソと腰についたポケットからセコイアが取り出したるは、銀色のきめ細かな糸だった。

 糸は小さな枝に巻かれた状態で、バッテリーを覆うほどの量には足りないように見える。

 何しろセコイアの小さなぽっけに入っていたものなのだから。


「それ……」

「……待っとれ」


 鍛冶屋の隅に置かれた宝箱をパカンと開け、中から先ほどと同じ色をした糸が巻かれた糸巻きを取り出すセコイア。

 あの箱はセコイアの私物入れだったのか。他にもいくつか箱が並んでいるけど、それぞれの持ち物が入れられているのかもしれない。

 何しろつい最近までみんなの家は無くて、馬車で寝泊まりだったからなあ。

 作業をする鍛冶屋に私物を運び込んでいても不思議じゃあない。

 

 何事も無かったかのようにセコイアが糸巻きを掲げ、俺とペンギンに見せる。


「これはアラクネーの糸じゃ。マナを遮断する力を持っておる」

「おお。これを巻きつければいいのか。それとも布にする?」

「時間も惜しい。すぐに試したいからのお。魔法で糸を紡ぐとするかの」


 ちょいちょいとセコイアに足の辺りを突かれ、彼女の目線が床に向く。

 座れというのかな。

 その場であぐらをかくと彼女は俺の膝の中に納まり両目をつぶる。

 

 両手で持つ糸巻きの下辺りに光で描かれた魔法陣が現れひとりでに糸が動き始めた。

 アラクネーの糸はバッテリーの表面をなぞるように動き、あっという間に布と化していく。


「こんなものじゃろ」

「セコイア。こっちにも頼む」


 バッテリー用のガラス蓋を指さし、こちらにもアラクネーの糸でつむいだ布を張り付けてもらった。

 よし、どうなるかな。

 慎重に蓋をして、様子を眺める。

 

 が、糸が透明なわけじゃあないから中が見えん……というわけじゃあなくて不思議なことにもやもやがバッテリーの中に溜まっていく様子はつぶさに観察できた。

 魔法的な事象だから、物理的におかしいとかそんなものは蚊帳の外ってわけか。

 この状態でも観察できることは幸いだ。

 今度はマナが漏れ出すこともない。

 

「よっし。じゃあ、検証として検体をいくつか入れよう」


 内包する魔力を全て使ってしまってただの石となった元魔石、川原で拾ってきた石、ここで集めた金属のうちいくつかをバッテリーの中に投入する。

 今日はこのまま電気を流しっぱなしにして、翌日にどうなっているのか調査することとなった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る