第83話 着工
昨日バッテリーの中に安置したサンプルたちの結果が気になるところだが、そいつは後回しだ。
何しろ、これからネラックの街最大のプロジェクトが始まるのだから。
そんなわけで鍛冶屋のほとりにあるルビコン川の川岸に集まれる限りの領民たちが集合している。
特に俺から周知したわけじゃあないんだけど、警備を任せている仮面の騎士ことリッチモンドと最低限の衛兵以外はきているような気がする。
その数、1000名以上。
どうやら更に領民の数が増えているようだけど……、最新の報告では1300名の領民がいると聞く。
領民全体の数から考えるとおよそ8割ちかくの領民が集まった計算だ。
農業など外せない人たちもいるからな。それでも、集まり過ぎだろうとは思う。
ハウスキーパーはバルトロ以外の三人がこの場にきており、俺の後ろで控えている。
おもむろにルンベルクが俺の前で片膝をついたかと思うと、顔をあげしかと俺の目を見つめてきた。
「どうした?」
「恐れながら、これだけの領民がこれよりはじまる一大行事に注目されているかと」
「俺もびっくりしたよ」
「そこで、ヨシュア様に一言頂ければと愚考いたします」
「あ、うん。そうだね。さっきからみんなの視線を感じるし」
「お心遣い、痛み入ります。さっそく準備させていただきます」
すっと立ち上がったルンベルクが目配せすると、いつの間に運び込んだのか知らないけど見慣れた演壇がすぐさま設置される。
空気を読んだ領民たちが、さああっと割れ俺から演壇までの道を開く。
わあ。花道だあ。
何て感動なんてすることもなく、ここまで大注目されてしまうとは……やらない方がよかったかなと思ったりしつつ演壇へ登った。
「諸君。カンパーランド辺境国の諸君。息災か」
語りかけるように集まった領民たちへ言葉を投げかける。
ワアアアアアアア――。
それだけで、大歓声が響き渡りとこかしこで俺の名が叫ばれた。
しかし、右手をあげるだけで途端に水を打ったようにしーんと静まり返る。
「連日の頑張りに感謝の念を禁じ得ない。我々はついに橋を建築するところまでくることができた。完成までは困難な道となるだろう。しかし、諸君なら。我々カンパーランド辺境国の諸君ならば。どれほど高い山だろうと、易々と登ってしまうことだろうと信じている。我々はできる。そのための準備もした。あとは完成までをなぞるだけだ」
ここで言葉をきり、ゆっくりと周囲を見渡した後、大きく息を吸い込む。
「ここに宣言する。ルビコン水道橋及び、ネラック水道の建築開始を。上下水道の開通により、農業、商業、諸君の生活、全てが豊かになろう。領民一丸となり、邁進しようではないか!」
「辺境国万歳!」
「ヨシュア様万歳!」
「辺境伯万歳!」
「ヨシュア様ー!」
万雷の拍手と怒号のような歓声が響き渡り、感激し落涙する人、その場で両膝をつき祈る人……。
みんな表現は様々だけど、前向きでやろうやろうという想いが感じ取れた。
ルンベルクはおなじみの白い絹のハンカチを目元にあて、涙が流れるままになっている。
ペンギンを抱えたエリーも目を真っ赤にしていた。
アルルはぴょんぴょんと跳ねそうな感じで満面の笑みを浮かべている。
檀上を降り、真っ直ぐガラムとトーレの元へ歩く。
「任せたぞ。ガラム、トーレ。ポールの協力も取り付けているから、彼も頼ってくれ」
「おう。心躍るわい。いよいよじゃな」
「お任せあれ。楽しみで楽しみで仕方ないですぞ。ですぞ。橋の中に水を通すなんてもう、考えただけでワクワクしますわい」
二人は口々に思いの丈を述べ、ガラムはどんと胸を叩き、トーレは柔らかな顔を浮かべつつも長い髭に手をあてていた。
二人とも少年のように目を輝かせ、これから始まる建築に心躍らせている様子。
「各家庭への水の引き込みは魔石を頼りたいところだけど、そいつは実験結果を待ってくれ」
「無くとも稼働するように、じゃろ」
「うん。各家庭の地下にまでは水を引き込む。そこから蛇口までは魔道具の力を借りたいなあってね」
「うむ。そちらはそちらで楽しみにしておるぞ!」
ガラム、ついでトーレとガッチリ握手を交わす。
彼らはさっそく橋の建築へと向かっていった。
「水道橋も楽しみじゃが、ボクらの方も楽しみじゃろ?」
いつの間にか後ろに立っていた両手を組んだセコイアがふふんと鼻を鳴らす。
「だな。俺たちは俺たちで準備を進めよう。さあ、結果の確認だ。エリー、ペンギンさんを降ろしてやってくれ」
「承知しました」
エリーが抱えたペンギンを地面に降ろしてやる。
地面に降り立ったペンギンは両フリッパーを上にあげ、よちよちと歩き始める。
『感動的だった。ヨシュアくんの演説には心動かされるね。しかし、私たちには私たちの役目がある。だろ? ヨシュアくん』
『その通りだ。鍛冶屋に行こう』
「はやくー」と俺の手を引くセコイアへ苦笑しつつも、鍛冶屋に向かう俺たちであった。
◇◇◇
アラクネーの布で包まれたバッテリーの蓋を慎重に開け、中からサンプルを取り出す。
ペンギンと俺だと魔法的なことの分析はできないから、ここから先はセコイア任せだ。
「……」
しかし、並べられたサンプルを前にセコイアが真ん丸の目を思いっきり見開いたまま声が出ないでいた。
並べられたサンプルは数を入れたかったため、どれも親指ほどの大きさしかない。
その分種類もあるからなあ。解析も大変なことに違いない。
「セコイア。無理しなくていい。一つだけでも、やれるところから」
「そこではない。ボクの魔法がどうこうは問題ではない。この数くらい、一瞬じゃ」
「そうか。ということは解析の結果に驚いていたのかな?」
「うむ。少しでも元魔石にマナが溜まっておればと思っておったのじゃが、こいつは予想外じゃぞ」
「ほう?」
「完全なる魔石になっておる。たった一晩で。それだけじゃあないのじゃ。それだけならば、絶句するほどじゃあなかったのじゃ。よいか」
セコイアがまくし立てるように言葉を続ける。
元魔石……つまりマナが枯渇してしまった魔石だった石は、マナが充填され魔石に戻った。
他にもマナを蓄積できるサンプルには全てマナが充填されているというのだ。
川原で拾った小石は魔石になった。
鉄はブルーメタルに。
だけど、マナが充填されたとはいえ完全に魔法金属に変わったわけじゃあないものもある。
銀はミスリルになるまでにはいかず、ミスリルになるのはまだまだ内包するマナの量が足りないらしい。
鉛や硝石なんかにもマナが充填されているみたいなんだけど、これも魔法金属へは変わっていない。
「きっと、うまくいったのは鉄の純度が高かったからだろうな。ほら、セコイアは言っていただろ。魔法金属は精錬せずとも純物質だって」
「うむ。なるほど、理屈は合うか……」
ネイサンの浄化、ペンギンの科学的な抽出を組み合わせれば、純度の高い物質を取り出すことも難しくはない。
『こいつは興味深いね。いろいろな物質で試してみたいところだ。物質によって魔法金属となるまでのマナ総量が異なるのだね』
『おそらく。魔法金属は通常金属に比べ希少だし。鉄や銀なら量を準備できる。つまり』
『ブルーメタルとミスリルは手軽に使うことができる物資となるわけだね』
こいつはやべえぞ!
革新的だ!
魔石の量産を行うだけじゃあなく、魔法金属の量産までできるようになるとは。
実験室でしか作り出せないような魔法金属もあるかもしれない。
夢が広がるなあ。
一大インフラ工事も始まった。魔石の供給にも目途がついた。
ここからネラックの街は飛躍していくに違いない。
三年で引退し惰眠を貪るという目標も現実味を帯びてきたぞ。
※ここまでで第一部となります。特に日付を開けることなく今後も隔日更新いたします! 引き続きよろしくでっす! もしよろしければお好きなキャラでも書いていただけますと嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます