第81話 コンバータ

「こら、猫娘、何をする!」

「ヨシュア様、いいの?」


 エリーの名を呼んだが、やってきたのはアルルだった。

 彼女はすぐさまセコイアを後ろから羽交い締めにしてズルズルと引きずる。

 しかし、セコイアが抗議の声をあげるとピタリと動きを止めた。

 そこで彼女は可愛らしく首をかしげ、俺にどうすべきか尋ねてきたのだ。

 対する俺は「うむ」と頷き、しっしと手を振る。

 

「おやすみ。セコイア。また明日」

「うぬううう。今に見ておれよおお」

「もう少し落ち着いたら、相手するからさ。セコイアといるとカガクと魔法談義が止まらないだろ。寝ないともたん」

「仕方あるまい。じゃが、このままずるずると引っ張られていくのは情けない気がするのじゃ」


 扉口までずるずるされていったセコイアはそんなことをのたまった。

 彼女の言葉を受けたアルルはピタリと止まり、彼女へ屈託ない笑顔を浮かべ尋ねる。


「おんぶする? セコイアさん?」

「自分で歩くわい」


 パパっとアルルから離れたセコイアはずんずんと歩き始めた。

 アルルがペコリと頭をさげパタリと扉が閉まる。

 

「ふう」

 

 ベッドに寝転がると自然に大きなため息が出てしまった。

 風呂にもまだ入っていないけど、一日くらい入らなくても全く問題ない。

 着替えもしていないけど、一度寝転がるともうダメだな。立ち上がりたくなくなる。

 セコイアだけでなく鍛冶屋に詰めているペンギンやトーレたちには世話になりっぱなしだからなあ。

 すげなくして申し訳ないって気持ちは強い。

 先日もバッテリーの件で俺が抜けてて――。

 

 ――三日前、鍛冶屋にて。

 住宅を見ていたが、ペンギンから連絡があったので急ぎ鍛冶屋に来た。

 一抱えほどある長方形のガラス容器をペンギンがフリッパーで掴み、よたよたと歩く。

 危なっかしくて見ていられん。


「どこに移動させるんだ?」

「言われてみると、わざわざ移動させずともよいか。こいつは不良品だからね」

「ん? その小さな水槽みたいなのってバッテリーじゃないの?」

「試作品だがね。君が材料を揃えてくれたので作ってみたのだが」

「すげえ。俺の知っているバッテリーより一回りくらい大きいけど、そこは問題ないんだよね?」

「そうだね。そこは問題じゃあない。これは蓄電池の中でも最も普及し、かつ最も古くからある鉛蓄電池だ。失敗品だがね」


 すげえな。ペンギン。

 材料を揃えればと言っていたけど本当に鉛蓄電池を作ってしまうとは。

 だけど、失敗品といっていたな。何でだ?

 ガラスなら硫酸に溶けないはずだけど。

 首を捻っていると、ペンギンから失敗の理由を語り始めた。

 

「耐久性の問題だよ。最適化されていないものだから、液体の容量が大きくなってしまってね。ガラスだと割れてしまう懸念がある」

「持ち上げた時に水の重さが偏るから、ってことか」

「その通り。外枠を鉄なりなんなりで補強する必要があるね」

「なるほど。もうひと手間必要ってことかあ。鉄で外を補強するまでとなると、お手軽に量産するってわけにもいかなくなるかな?」

「使いどころだと思うがね。いや、待てよ。私たちは固定概念が過ぎた」

「あ、そうか! 確かに」


 習慣って怖いよな。

 ペンギンも俺と同じことに囚われていた。

 バッテリーと聞いてイメージするのは持ち運んで使うものだ。車のバッテリーにしたって車に固定はされているけど、移動式だものな。

 だから、持ち運んで使うものだという認識があった。

 だけど、今回俺たちがやろうとしているのは電気からマナをつくることである。

 電気が満たされたプールを作ればいいだけで、何も移動させる必要はない。

 後々、移動させることを前提としたバッテリーが必要になれば、鉄で補強するなりすりゃいいってことだ。

 

 なんだとばかりにペンギンのフリッパーとぱーんと手を打ち合わせたところで、じっと俺たちの様子を窺っていたセコイアが口を挟んでくる。


「バッテリーとやらはできたのかの?」

「うん。あとは充電するだけだ」

「さっそく試してみないのかの!」


 目をキラキラ輝かせるセコイアに、俺も全力で同意だ。

 ところが、ペンギンから思ってもみない突っ込みが入る。

 

「ヨシュアくん、コンバータは作ったのかね? それらしきものが見当たらないのだが」

「あ……」


 完全に抜けていたあああ!

 ギアを改良した水車発電機は安定して発電してくれるようになった。

 そこですっかり満足してしまっていたのだ。

 磁石またはコイルを回転して発電する方法でできる電気は交流電流である。

 

「コンバータとは何じゃ?」


 聞いたことのない単語にワクワクした様子のセコイアがすぐに疑問を口にする。

 

「コンバータ……整流器のことなんだけど。水車で発電した電気は、そのままだとバッテリーの充電に使えないんだ」

「ふうむ。興味深い。整流器という名前から察するに電気を整えるのかの?」

「目の付け所がよいな! その通りだ。水車から発電した電気はくるくると磁石を回して電気を作るから電流の方向も量も一定じゃないんだ」

「そいつを整るってわけじゃの」

「そそ。すっかり忘れていた……」

 

 コイルまたは磁石を回転させて発電すると交流電流になる。

 動かして発電するのだから、電流が一定じゃあない。バッテリーに充電するには電流を一定……つまり直流にしなきゃならん。

 それを実現するのが整流器……コンバータの役割ってわけだ。

 しかし、どうやって作る?

 現代日本だったら、俺でも簡単にコンバータを制作することはできる。だけど、この世界にはコンバータの材料がないんだよな。

 

「コンバータをまだ制作していなかったのかね。すぐに準備するとしようか」


 唸る俺をよそにペンギンがこともなげに告げる。


「いやでもさ、コンバータを作るには半導体が……」


 そうなのだ。お手軽にコンバータを作成できるのは半導体があるから。

 半導体はほんの小さな部品で安価なものだ。

 だけど、半導体を作るとなると俺の手に余る。ペンギンだったら可能なんだろうか?

 俺のイメージに過ぎないのだけど、精密な機械工学が必要なんじゃなかったっけ、半導体の制作って。

 ところがペンギンは意外なヒントを与えてくれた。

 

「ここには素晴らしい技術があるじゃないか。見事な電球だった」

「そうか! 真空管か!」

 

 なるほど!

 二極真空管を使えば整流器となる。

 この世界には「真空にする魔法」という素晴らしい技術があることを失念していた。

 真空の魔法は凄すぎるんだぞ。密封した後から空気だけを抜くことができるのだから。

 こうなれば、密封さえしっかりできれば真空にするのは容易い。


「でも、ペンギンさん、真空管の概要とか分かるの?」

「問題ない。君だとてある程度は分かるだろう? 電球を制作できたのだから」

「試験管みたいなガラス容器の中を真空にして、電極をつけて……だっけ」

「概ねそのようなものだね。トーレさんとガラムさんの技術ならすぐだとも。真空にするにはセコイアくんの力を借りればよい」

「お、おおお」


 嬉しくなって、ついついセコイアと共に小躍りしてしまった。

 魔法と科学の融合。素晴らしい。


 ――なんてことがあったりして、ペンギンに真空管のことを頼んだりしていたんだよね。

 バッテリーのこと一つにしてもみんなに頼りっきりだ。

 元々一人で何とかできるとは思っていない。

 みんなの協力あってこそ、街の建築・運営が成り立つ。

 俺は旗振りをしているに過ぎないんだ。

 といっても、激務に激務なんだよ! だからもう、眠くて眠くて仕方がないんだ……。

 すまん、みんな。ありがとう。

 感謝の気持ちを心の中で思い浮かべたところで急速に眠気が襲ってきた。

 かゆ、うま……。

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