第75話 セコイアガード
「こんなところにいおったのか。はよ」
人が感動的に握手を交わしているというのに……この声はセコイアだな。
確かに彼女とこの後お出かけする約束はしていた。
ペタペタ――。
触れられた肩口に冷たさを感じ、思わず握手する手を離してしまう。
ペタペタの正体はペンギンのフリッパーだった。
ペンギンの背丈と短いフリッパーなら、俺の肩までは背伸びしても届かないんじゃ。
振り向くと、セコイアがペンギンを両手で掴み抱き上げていた。
ペンギンとセコイアは若干ペンギンの方が背が高いわけで、巨大なぬいぐるみを抱え上げる幼女の姿はパパにぬいぐるみをせがむようにしか見えない。
俺、パパじゃあないけどな!
『時は金なりだよ。ヨシュアくん』
しゅたっと右のフリッパーをあげ、カッコいいセリフを決めるペンギンであったが、足先からぼたぼたと水が垂れているしセコイアに掴み上げられたままだしで、見た目とセリフが合ってなさ過ぎる。
「ずぶ濡れだけど、一体?」
「そこじゃよ。ほれ、野菜を洗う用とかいって蛇口を準備しておったじゃろ」
「あ、洗い場のシンクで遊んだのか」
「うむ。あの蛇口は魔道具じゃろ? 魔石の目途がついておらぬというに」
「魔石の在庫は確かに心もとない。井戸水に切り替えてもいいか」
手動の汲み上げポンプを設置すれば、ぎーこぎーことポンプのレバーを上げ下げすれば水が出てくる。
日本でもまだ一部地域に残っているだろう、あれ。
『ペンギンさん。井戸用の汲み上げポンプの構造は分かる?』
『さして複雑なものでもないよ。トーレ氏の技術ならすぐにでも制作可能さ』
『おお、よかった。トーレに後程図面を教えてもらってもいいかな?』
『承知した。汲み上げポンプは必須だろうね。手軽に水浴びができるというものだ』
さすがペンギン。彼に任せておけば大丈夫そうだな。
水浴びをしたいというペンギンならではの欲望もありそうだから、きっとすぐに動いてくれるに違いない。
「汲み上げポンプかの。興味深い。じゃが、はよ。ヨシュア」
「分かった分かった」
急かすなあ本当に。
いや、他の人も待たせちゃっているかもしれないのか。
となれば、悠長に構えずとっとと行かないとだな。
「エリー。ペンギンさんを鍛冶屋まで連れて行ってもらえるか? できれば魚も獲ってあげて欲しい」
「畏まりました。護衛はセコイア様にお任せする、でよろしかったでしょうか?」
「うん。彼女がいれば大丈夫」
深々とお辞儀をしたエリーは、セコイアからペンギンを受け取る。
歩かせればいいのに、そのまま抱っこなのね。
セコイアは腕を伸ばし自分の体にペンギンが触れぬようにしていた。しかし、エリーは胸に抱きかかえるようにペンギンを抱っこしているので――。
「エリー、濡れるぞ」
「問題ありません。すぐ乾きます」
「乾くまでそのまま進んだ方がいい」
「畏まりました」
ペンギンがそろそろ降ろせとばかりに足をパタパタさせているが、エリーは俺の指示通りペンギンを抱きかかえたまま歩き始める。
ブラウスが濡れて透けちゃったらと思ってのことだ。
中央卸売市場(予定地)のインスラから外に出たら、馬車が待ち構えていた。
御者台に乗るはバルトロ。
この分だと窓から見える大きな影がガルーガかな。
俺の姿を見とめたバルトロがウインクして御者台からひょいっと飛び降りる。
実に絵になる……。俺もああいう感じでワイルド感を出していきたいものだ。
「よお、ヨシュア様」
「しかし、よく準備できたもんだな」
「そこはほら、魔法って奴だぜ」
「バルトロも魔法が使えたんだっけ?」
「いんや。そこはほら」
バルトロの視線の先には俺とお手てを繋いでご満悦な様子のお子様が。
自分が注目されたと気が付いたお子様は狐耳をピンと伸ばし開いた方の手を腰にやる。
「ボクの魔法にかかれば、およそ不可能なことなどないのじゃ」
「はいはい。続きは馬車で聞くから」
冷たくあしらったら、セコイアが馬車までぴょーんと跳ねて行ってしまった。
とんでもないジャンプ力だな。
凡人たる俺は、ゆっくりと馬車の中に入るのだった。
「ヨシュア殿。運び込みはしましたが」
「ガルーガ、作戦内容を聞いていないのか」
狭い車内の隅で肩をまるめ小さくなっていたガルーガが積み上げられた樽を右手で支えている。
樽は車内を埋め尽くし、座席にまで積まれていた。
大柄なガルーガだと身動きすることも大変だろうな、これ。
よく集めたもんだよ。
「ガルーガはバルトロと一緒に御者台へ。俺が中を見るよ」
俺に些事をなどと渋るガルーガの背中を押して、御者台に移動してもらう。
俺なら問題なく座席の空いた隙間に座ることができるからな。樽が倒れてきたときは……そうだな。
「ほれ、セコイア。ここが空いている」
「分かっておるじゃないか」
ポンポンと膝を叩くと、嬉しそうに尻尾を振ったセコイアがちょこんと腰かける。
セコイアガードがあれば、俺に危害が加わることもないし、樽が倒れそうなら動物的な勘で支えてくれるだろう。
若干暑苦しいのが玉に瑕だけど……。
「こら、じっとしてなさい」
子供のように足をパタパタさせるのはまだいい。
だが、狐耳。てめえはダメだ。
ちょうど狐耳のさきっちょが俺の鼻がくすぐりやがるのだ。
「はっくしょん」
俺のくしゃみを合図となったか分からないけど、馬車が動き始めた。
ガラガラガラ――。
馬車の車輪が出す規則的な音にうつらうつらきそうになりながらも、俺の膝の上に座るセコイアへ問いかける。
「まさか森の奥まで行くとかはないよな?」
「無論じゃ。これだけの荷物、抱えて行くには時間が惜しい」
「バルトロに場所を伝えているのか?」
「うむ。鍛冶屋から少し上流辺りに開けた場所がある。周囲に高い木もないからちょうどよいじゃろ」
「分かった。頼りにしているぞ。野生児」
「頼りにするなら、ほれ」
もう、しゃあねえなあ。
しっかりと仕事をこなしてくれよ。機嫌をそこねて黒焦げってのは止めて欲しいからな。
セコイアの頭に手を乗せたところで、すぐに手を引く。
それに合わせて狐耳もペタンとなった。
分かりやすいな、狐耳!
「うまくいってからにしよう。ここでぽわーんとしてしまったら失敗しそうだ」
「万が一にもそんなことないわい。万が一があったとしてもじゃ、ボクやバルトロもいるじゃろ」
「俺というお荷物がいることを忘れないでくれよ」
「問題ない。じゃから、万が一をと思い、宗次郎を置いていくのじゃろ?」
「うん。二人護るとなると、と思ってさ。ガルーガとバルトロは戦闘の心得がある、と言っていたし。何とか自分で身を守ってもらう」
「……バルトロが戦闘の心得があるとか言っておったのか」
「いや、俺の想像だけど……だから探索をお願いしていたりしたんだけど、ひょっとしてやっぱりハサミしか扱えない?」
「……まあよい。バルトロのことは心配せずとも問題ない」
よかった。
俺の想い違いじゃあなくて。
万が一があった場合は、バルトロとガルーガには自分で何とか身を潜めてもらい、俺はセコイアガードで行く。
とか何とか懸念しているけど、万が一は万が一であってまず起こらないと思っているけどね。
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