第74話 一週間たった

 ペンギンとセコイアを朝の会議に呼ぶようになってから、今日で丁度一週間になる。

 農業、手工業、住宅、そして技術開発……様々なことが同時進行していて体がいくつあっても足りない。

 そんな激務が集団でダンスしている中、主に住宅建築を監督していた。

 時折やって来るガラムとトーレの相手をしながら……だけどね。

 

 おかげでほら――。

 石畳を敷いている人たちを邪魔しないように反対側から立ち並ぶインスラを眺め、目を細める。

 うーん。本当に作業が早い。

 まさか一週間でここまで建築してしまうとは。

 大工とその見習いたちの頑張りはもちろんある。だけど、自分たちの住む家だと力仕事だけでも手伝ってくれた多くの人たちの支えあってのものだ。

 そしてなにより、やはり魔法の存在が大きい。

 木材を乾燥させる魔法を始めとした、建築技術に関わる魔法は多岐に渡る。

 コンクリートやモルタルを一瞬にして乾かしてしまうとか、無茶苦茶にもほどがあるってもんだよ。

 

 しかし俺がいるのは住宅街ではなく、商業地区なのだ。

 ここにももちろん人は住む。住宅兼店舗ってやつだよ。

 住宅地区と違って、ここのインスラは一階部分が店舗となるようにできている。

 だけど、俺が今見ているインスラの一角は様相が異なるのだ。

 というのはだな……。


「ヨシュア様!」


 褐色の肌をした巻き毛の男がこちらに向け頭を下げた。

 彼がいるのは件のインスラがある一階部分である。

 隣で歩くエリーに目配せし、彼女へ「ポールの元へ行くぞ」と暗に告げた。

 彼女も俺の指導のおかげか分からないけど、ようやく指示をせずとも隣を歩いてくれるようになった。

 いつまでも護衛モードで後ろを固められると、こう何というか落ち着かないからな。

 

「そういやエリー」

 

 ポールの元へ向かいながら、足並みをそろえる彼女の名を呼ぶ。

 名を呼ばれた彼女はピタッと歩みを止めた。

 いや、そんなに気合を入れて次の言葉を待たなくたっていいんだけど……まあそれも真面目な彼女らしいか。

 くすりときて口元に手をあてたが、彼女は気にした様子もなく顎を少しあげ俺を見つめるばかり。

 ほんと何気ないことだったんで、却って言うのが憚られる気がしてきたよ。

 でも、言ってしまうのが空気を読まない俺である。

 

「髪を縛ったのも新鮮でよいとおもう。その方が動きやすいのかな?」

「は、え、は、はいい」


 あれ、何か地雷を踏んでしまった?

 ほら、風に揺れる長い艶やかな黒髪がエリーだったじゃない。それが今日は後ろで髪を括っている。

 こちらの方が髪が絡まることもなく、何かと動き回る俺の護衛にはよいのじゃないのかなと思ったってわけだ。

 やべえ。真っ赤になってしまって、指先がぷるぷると震えていらっしゃる。

 

「ご、ごめん。とがめるとかそんなつもりじゃあなかったんだ」

「あ、あのけっして、こう、うなじをなんてことをバルトロさんから言われたわけでは……」

「うなじ?」

「い、いえええ。な、何でもありません。や、やはり似合わないですよね。私はこうアルルのように快活な雰囲気ではありませんし」

「いやいや。そんなことないって。たまにはイメージを変えるのもいいことだと思うよ。それに、結んだ方が動きやすくない?」

「よ、よいって、よ、ヨシュア様が」

「あ、あのお。エリー」

「は、はい!」

「ポールが待っている。行こうか」


 こいつは何を言ってもエリーが動揺してしまうと悟った俺は、うなじとやらまで真っ赤にしたエリーの手を引きポールの元へ向かう。


「どうだ? 強度は?」

「問題ありません。上層階は十分倉庫として機能するでしょう」


 着くなり早速ポールへ用件を尋ねる。

 すると彼は、細い目を更に細め笑顔を見せた。無表情で立っていると鋭い目とシャープな輪郭から強面なポールだったけど、笑うと途端に柔らかく見えるから不思議なものだ。


「そうか、よかった! 必要あれば補強してくれ。穀物は重たいからな」

「はい。このインスラはヨシュア様が開発されたコンクリートに加え、基礎を鉄の棒にしております。正直、公都の城壁より遥かに強度が高いと思います」


 ふ、ふふふ。

 そうか、完璧か。素晴らしい、素晴らしいぞ。

 このインスラはしばらくの間、食糧の集積所にしようと思っている。

 領民がそれぞれ食糧を配給していることを知った俺は、屋根のある場所で作業ができるように、そして、安全に食糧を保管できるようにと計画した。

 それ故の特別製インスラである。

 建築面積も他のインスラの二倍ほど。現在の人口規模からしたら大きすぎるかもしれない。だけど、将来ここは中央卸売市場的なところになることを期待している。

 二階から四階までは全て倉庫として利用できるようにしたからな。

 コンクリートはただ型をとって流すだけでは脆い。

 そこで、鍛冶屋では木の杭を入れコンクリートで塗り固めた。このインスラは中に入っているのは鉄骨なのだ。

 そう、鉄筋コンクリート製のインスラを建造したってわけである。

 一週間、主に住宅建築へ顔を出していたのもここの建築を見るためだった。

 もちろん、トーレ、ガラムの両人にも協力してもらっている。彼らは新技術に対し、嬉々として手伝ってくれた。


「レンガの化粧も問題ありません。剥がれ落ちてくることもないでしょう」

「見た目こそ、他のインスラと似ているけど強度が段違いって感じかな」

「おっしゃる通りです。しかし、ヨシュア様。あなた様のことです。これだけではありますまい」

「これだけとは、鉄筋コンクリートのこと?」

「はい。何か他に目的があり、ここを鉄筋コンクリート? で作るよう実験なさったのだと」

「さすがポール。そうだよ。ここは試金石のつもりだ。もちろん、必要だと思ってここを鉄筋コンクリートにしたんだけどね」

「やはりそうでしたか! トーレさんとガラムさんのあの様子……ただ事ではないと思っておりました。あなた様はいつも二手、三手先を見据えておられる」


 ガラムたちの目が血走っていたのは、別に次のことがあるから……じゃあない気がするけど。

 次はもちろんある。

 鉄筋コンクリートを模索したのも、次があるってことが大きな理由だ。

 ターゲットをこのインスラにしたのにも、理由あったのことだけどね。簡単に崩壊されたら困るからな。

 ネラックの街において、食糧を担う中心地になるのだから。

 

「橋の建築については聞いているだろう? やるならなるべく頑丈なものにしたいと思ってさ」

「なるほど。橋は増水するとすぐに壊れてしまいます。この素材ならば、崩れぬ橋を建造できるやもしれませんね!」

「やってみないと分からないけど。橋は中々の難工事になると思う。新技術も試すからね」

「そいつは楽しみです。住宅建築も落ち着いてきましたし、私もちょくちょく大工事に参加させていただいてもよろしいですか?」

「構わないけど、大工さんたちはポールがいないとじゃないのか?」

「そこはご心配なく。我々もカンパーランドに来て以来共に過ごしておりますし」

「分かった。無理のない範囲で頼む。ポールがいるなら心強い」


 ポールとガッチリ握手を交わす。

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