第72話 閑話 ヨシュア追放後のルーデル公国 14日目

 ルーデル公国公都ローゼンハイム――。

「たった二週間だというのに、見てください。もうすっかり頭の毛が……」

「バルデス卿、恐れながらそれは……」

「おっと、そうでしたかな」


 頭髪が寂しくなっていた(三年前から同じ)バルデスは騎士団長の元を訪れていた。

 ヨシュアが追放されて二週間。商店街、宮廷をはじめ様々なところが混乱をきたしていたが、衛兵だけは完全な規律を保っていた。

 それは、騎士団長の尽力が大きい。


「騎士団長殿。おかげさまで農地は完全に治安が保たれております」

「元よりモンスターは駆逐しておりましたので、賊が農地に押し入ることも早々ありますまい」


 バルデスが騎士団長の元を訪れたのは、彼へ直接礼を述べるためだった。

 一方で、騎士団長は謙遜し「農地」は元より混乱など起こっていないと言う。

 騎士団長がそう言うものの、バルデスの考えは異なる。

 商店街が混乱をきたし、暴徒が発生すれば農地が荒らされることは確実。

 街は人の血液のように循環し、一つとなっている。問題なく血が巡っているのは騎士団長がいてこそであると。

 

「お聞きしておりますぞ。バルデス卿のご活躍を。老婆心ながら、少しお休みになられては?」

「ご活躍などと……暴動が起きないようにするのが精一杯です。農作物の生産が止まらぬようにするだけで精一杯です」

「さすが、ヨシュア様に抜擢されたお方だ!」


 今度は逆に騎士団長が手放しにバルデスを褒めたたえる。

 バルデスは今でこそ「卿」と呼ばれているが、元は平民である。

 領地を持たない「法服貴族」に抜擢され、今は騎士爵という地位にあった。彼を平民から引っ張り上げたのは騎士団長の述べる通り、ヨシュアその人である。

 騎士爵はヨシュアによって新設された貴族位で、貴族の中では最も低い位置にある。

 それでも、貴族は貴族。公国の大臣という地位にだってつくことができる。(ヨシュアが騎士爵であっても大臣につけるようにまでしたことは公然の秘密ではあるが……)

 ヨシュアはバルデスを騎士爵に引き上げる時に言ったものだ。

 「いずれ、貴族ではなくとも大臣となれる公国にしたい。だが、今はまだ既存貴族の反発も大きいだろう。バルデスら騎士爵となった者がいずれ平民と貴族の橋渡しとなってくれることを願う」と。

 バルデスは、自分を貴族の仲間入りさせてくれたことよりヨシュアの「平民が政治を司ることができる社会」にいたく感激したものだ。

 騎士爵となる者が増えるにつれて、平民から雇われる文官も増えていった。彼らは高い役職にあるわけではないが、平民でも能力に応じて国に雇われる時代が確実にやってきている。

 それが――。

 突然の追放だ。

 バルデスの落胆は言葉では言い表せないほど大きい。

 それでも彼はヨシュアの育てた公国を見捨てることなどできなかった。

 後一年、いや半年、ヨシュア様の追放が遅くなっていれば……状況はまるで違っていたものになっていただろうとバルデスは思う。

 というのは、ヨシュアの判断が余りに優れ過ぎていたため、大臣全てがヨシュアの意見を求めてしまっていた。

 これではまずいと大臣たちも重々分かっており、ヨシュア自身もまた事あるごとに判断の一極集中に苦言を呈していたものだ。

 「判断を仰ぐ以外の仕事をしない」までにヨシュアの業務は減っていたが、大臣全てとなると寝る間を惜しんでも足らない。

 彼はこれまで数度、判断機構の見直しを行った。

 それでも、やはり大臣たちは頼ってしまったのだ。そこで彼は判断基準の構築手段として、法整備に乗り出していた。

 法で細かなことまで決定できるようになれば、ヨシュアに頼るのは行政の良し悪しのみになる。

 こうなれば、ヨシュアの一人一人にかけることのできる時間が増える見込みだった。そうすることで、ヨシュアは大臣それぞれが全ての事柄を判断できるようになるまで育てようとしていたのだ。

 そんな矢先、彼は追放されてしまった。

 結果、大臣たちから判断機構が鈍り、市井にまで混乱の兆しが見え始める。

 

 だが、特にヨシュアが抜擢したバルデスをはじめとする一部の大臣たちは非常に優秀だった。

 彼らはこの二週間で混乱の広がりを最小限にとどめることに成功していたのだから。それでも、政務を進めることまでは至っていない。

 

 コンコン――。


「騎士団長! 急遽お耳に入れたいことがございます!」

「入れ」


 特徴的な赤色の羽毛をあしらった兜をつけた衛兵が室内に入り敬礼する。

 この兜はヨシュアが見るとコリント式兜がこの世界にもあったんだなという感想を漏らすに違いない。

 コリント式兜というのは所謂モヒカン兜のことである。

 モヒカン兜を装着した若い衛兵は騎士団長へ目を向け、彼の言葉を待つ。

 すぐに察した騎士団長は彼へ向け小さく首を振った。

 

「この方はバルデス卿。機密であっても問題ない。そのまま報告を頼む」

「ハッ! 申し上げます。ザイフリーデン伯爵が自立宣言をいたしました!」

「な、何だと!?」


 これにはさすがの騎士団長も驚きの声をあげる。

 ザイフリーデン伯爵は公国北西部に領地を持つ貴族で、公国の北部にある帝国との繋がりも深いという。

 バルデスはこれまでザイフリーデン伯爵と中央が不仲であるという噂など聞いたことも無かった。

 不穏な動きを見せていた貴族が、反旗を翻すというのなら騎士団長もバルデスもここまで驚愕することはなかっただろう。

 

「その話は誠ですか? 本当にザイフリーデン伯爵が?」

「はい。確かな情報です。ザイフリーデン伯爵は自らの領地で堂々と独立の趣旨を演説し、他国を含め公国内にも広く伝えるようにと喧伝しております」


 バルデスの問いに衛兵は即答する。

 衛兵はザイフリーデン伯爵は堂々と公国からの離反を宣言したのだと言う。


「一体何が目的なのだ……。伯爵の宣言内容は掴んでいるか?」

「いえ、詳細までは。引き続き調査いたします!」


 再び敬礼し、衛兵が赤いモヒカンを揺らし部屋を辞す。

 

 残された二人が押し黙ったまましばしの時が流れる。

 重苦しくなった空気を先に切り裂いたのはバルデスだった。

 

「平和に過ぎたのです。ヨシュア様がもたらしたパックス・ルーデルの夢は……夢から覚めた公国は……」

「いえ、まだ悲観するのは早急ですぞ! ザイフリーデン伯爵の目的を正確につかまなければ、まずはそこからです」

「はい。彼の真意がどこにあるのか、が肝要ですね……」

「バルデス卿。本件に関して、何か情報を掴みましたら私にも共有していただけけますかな?」

「もちろんです。騎士団長こそ、防衛の要。知り得る全ての情報はお伝えします」

「私も逐次、兵士をそちらに向かわせます」

「ありがとうございます! 共にこの難局を乗り切ろうではありませんか」


 がっしりと固い握手を交わした騎士団長とバルデス。

 二人の顔は決して明るくはなかったが、諦めの色はない。 

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