第71話 ネイサン大活躍
「あ……」
間抜けな俺の声が虚しくこだまする。
せっかくトーレたちに会えたから、シャルロッテと引き合わせたかったのに。
あれ、でも、待てよ。
あの中にドワーフ以外の徒弟たちは乗っていなかった……よな? たぶん。
「シャル、忙しいところ悪いが、もう少し付き合ってもらってもいいか?」
「もちろんです! 閣下のその野心的な瞳……何がくるのか心が躍ります!」
特にやる気を見せたわけじゃあないんだけどなあ。
普段からぬけぬけだからかもしれん。
ともあれ、馬を調達しシャルロッテとエリーを連れて鍛冶屋に向かう。
◇◇◇
はあはあ。
何とか鍛冶屋からネイサンを引っ張り出すことができたぞ。
俺の予想した通り、ドワーフ以外の徒弟たちは鍛冶屋で作業にいそしんでいた。
『まだ途中なのだ!』
『すぐ終わるから!』
諦めきれないのか、ペンギンがネイサンの脚にフリッパーで縋りついている。
しかし、元来物を掴むようにできていないフリッパーではすぐにつるんと滑り、フリッパーが彼の脚から離れてしまう。
そうなんだ。
ペンギンがネイサンに張り付いて実験をしていた最中だった。
といっても、シャルロッテに無理を言ってここまで来てもらっている手前こちらも急ぎである。
すぐに終わることだから、とペンギンに告げネイサンを外まで連れ出してきたというわけなのだ。
「はよ。終わらせるのじゃぞ」
念押しなのか、セコイアが窓から顔を出しそれだけを告げてまた顔を引っ込める。
彼らには昨日俺がコウモリの群生地から取ってきた鉱石の調査を頼んだはずなんだけど……一体何があったってんだ。
後で聞くことにするか。後でな。
「シャル。待たせたな」
「いえ、その、後ろの愛らしいお方は?」
「ん? ペンギンさんのこと?」
「ペンギン殿というのでありますか!」
シャルロッテはぷるぷると両手を震わせ、頬を紅潮させる。
彼女から見たら奇怪な生物だと思うんだけど、「モンスター! 成敗します!」とならなくてよかったよ。
「後で紹介する。この子はネイサン。そしてこっちはシャルロッテ。ついでに後ろでパタパタしているのはペンギンさん」
ネイサンとシャルロッテの間に立ち、それぞれに紹介する。
「ネイサンです」
「よろしくお願いします。ネイサン少年」
ガッチリと握手を交わす二人であった。
「さっそくだけど、シャル」
「はい」
二人が手を離すや否や、すぐに本題に入る。
「シャルにネイサンを紹介したかったのは、『製紙』のことなんだ。ネイサンと協力して製紙について効率的な方法を模索して欲しい」
「承知いたしました!」
シャルロッテはこんな年少者に、なんてことは言わない。
いつものように元気のよい返事と共に敬礼を返した。
俺が紹介した人物ならば、その能力があると信じてくれている部分があることは否定はしない。
だけど、彼女は相手の年齢や身分なんてものは気にしないのは分かっている。
いや、分かってくれるようになったってのが正確なところか。
「一度、製紙の工程をネイサンと共に行った。彼の持つギフト『浄化』は必ず役に立つ。できれば浄化を使わずとも製紙を効率的に進める方法を模索して欲しい」
「紙は街の運営を行うにあたって最重要物資です。商店でも農家でも必ず必要になります! そのような最重要製品を任せてくださり感無量であります!」
「原料については現状『スツーカ』しか発見できていない。スツーカはいずれ植林して生育させようとは思っているけど、もっと手軽に採取できる草木で代用できないかは俺が調べる」
「承知いたしました!」
おっと、ついシャルロッテだけと会話してしまった。
置いてきぼりになってしまった形のネイサンの方へ顔を向ける。
ペンギンがまだ彼の後ろでぺたぺたしていた……。
「ネイサン、忙しい合間になるとは思うけど、頼めるか」
「はい! 僕の浄化がお役に立てるのでしたら」
『役に立つどころじゃない! 大革命なのだよ!』
『ペンギンさん、こっちの言葉が分かるようになったの?』
『セコイアから同時通訳を受けているのだよ。残念ながら私の言葉はこちらの言葉にはならないがね。そこは物理的な問題だ。仕方あるまい』
必死なペンギンを無視して、ネイサンの肩をポンと叩き「頼む」と再度伝える。
彼は大きく頷きを返し、笑顔を見せてくれた。
若干、無理やり頼んだような感じになってしまい、申し訳ないが任せたぞ。二人とも。
「シャル。話は以上だ。ペンギンさんは明日の会議にも来てもらうつもりだから、その時にでも」
「名残惜しいですが、街に戻ります。閣下、また明日に」
颯爽と馬に乗り、揺れる鮮やかな赤い髪に向け手を振る。
……。
相も変わらずネイサンの背後でフリッパーを振り上げていたペンギンを後ろからむんずと掴み持ち上げ……重くてあがらん。
「抱っこですか。それでしたら私が」
手を離した俺の横で中腰になり、ペンギンの両脇へ手をさしこみ軽々と持ち上げてしまった。
「ネイサン、ペンギンさんに張り付かれたままにしててすまなかった。先にこうしておけばよかったな……」
「いえ! 僕にとって頼りにされることってとっても嬉しいことなんです!」
いい子やなあ……。うんうん。
お父さん、涙が出そうになってしまったよ。
謎の父性に目覚めた俺は、ネイサンの頭をわしゃわしゃと撫でる。
『で、ペンギンさん、一体全体どうしてそんな必死なんだ?』
『ネイサンくんのギフトという能力さ。革新的過ぎてね。もう興奮が収まらないのだよ』
『ああ、浄化か』
『浄化? いやいや、あれは『抽出』と言った方がいい。素晴らしいぞ! 触媒も面倒なろ過も経ずに精製まで工程を進めることができるのだ!』
興奮した様子だけど、エリーに抱っこされてパタパタ脚を振っている姿には思わずくすりときてしまう。
喋りながらも鍛冶屋の中に入る俺たちであった。
◇◇◇
ネイサンのギフトが非常に有用なことは俺も分かっていたが、深い科学知識を持つペンギンには俺が感じるより遥かに感激していた様子だった。
当然だが、ここだと現代日本に比べ科学実験を行う設備は比べようもなく稚拙だ。
いかなペンギンといえ、やれることは限られている。
だが、ネイサンがいれば化学物質の抽出に関して、大掛かりな仕掛けも必要なくできてしまう。
もちろん、「浄化」のギフトは狙った物質だけを左手から出すことなんて細やかな動きはできない。
例えば、海水を「浄化」し真水にする場合、塩だけを抽出して放り出すわけじゃあないんだ。
真水の方も、いわゆる精製水(純水)になるわけでもない。塩の方も不純物が混じっていることだろう。
簡単にはいかないだろうけど、純粋に科学だけでやるより遥かに前進できることは間違いない。
そんな科学的興味がつきない浄化のギフトはペンギンにとって大発見だった。
「これはどうだ? これを浄化したらどうなる?」とペンギンがネイサンに頼んでいたところに俺がやってきて彼を引っ張って行ってしまったというわけである。
戻ると、早速と言うかなんというかペンギンがネイサンにせがみ、浄化を使ってもらっていた。
「興味深いのお」
これにはセコイアも目を輝かせ、彼らの様子を見守っている。
「セコイア。昨日取ってきた鉱物に硝石は含まれていたのかな?」
「うむ。宗次郎が問題ないと言っておったの」
「なら、バッテリーに必要な素材は集まったと思っていいのかな?」
「恐らく、じゃがの。肝心の宗次郎があれではな」
やれやれと肩を竦めるセコイアだが、ペンギンを止めようとはしない。
『ペンギンさん、バッテリーの件、頼むぞ』
『もちろんだとも。そのためにネイサンくんにも何かとお願いしているのだよ』
『そうだったのか。すまなかった』
『「その先」もお願いするつもりだがね。まずは、バッテリーとモーターこの二つからになるね。いやあ、これほど興味深いことが起こるとは。世の中何が起こるか分からないものだね』
この分だと、目的も見失わずに進んでくれそうだ。
ホッと胸を撫でおろす俺であった。
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