第70話 牧場見学

「顔役をやってくれているトーマスさんなら、食糧事情についてある程度把握しているのかな?」

「はい。バルトロさんら狩猟・採集組と夕刻に落ちあい、領民のみなさんに食糧を配給しております」

「素晴らしい!」

「い、いえ……」


 恐縮したように後ろ頭をかくトーマスであったが、俺は心から彼らに対して称賛の気持ちで一杯なんだ。

 正直、農作物の元となるキャッサバを始めとした植物を見繕った。バルトロたちに任せている採集にしても、植物鑑定の力を借り食べることのできるものをより分ることだけは行ったことは確かだ。

 だけど、畑のことはエリーとアルルにお願いしていたからともかくとして、配給については完全に抜けていた。

 でも、俺が何も言わずとも領民のみなさんは喜ばしいことに非常に逞しい。生きるために、ちゃんと協力しあって食糧を分配してくれていた。

 バルトロも関わっているし、警備からもいざこざは一切起きていないと報告があがっている。

 いい意味で「よきに計らえ」を実行してくれていたんだな。

 頼りになる人たちだよ。俺のできることなんてたかが知れている。だけど、軌道に乗るまでは尽力しよう。俺のできる範囲で、できる限り。

 もちろん、三年で引退し惰眠を貪る目標は変わっていない。

 ははは。

 

「作物もまだ収穫できるまで生育していない。もし糧食が足りないようなら輸入も検討しなきゃだな」


 領民の中には馬車に食糧を満載してカンパーランドに来た人も多いだろう。

 何もないところに来るのだから、当然と言えば当然だ。

 しかし、持ってきた食糧もいつか底をつく。ネラックの人口は日に日に増えているんだ。

 そう余裕はないはず……。

 ところが、トーマスは「いえいえ」と首を横に振り白い歯を見せた。

 

「畑を作る時にも、家を建てるために更地へする時にもキャッサバが沢山採れるのですよ。ですので、パンには全く困っておりません」

「お、おお!」

「小麦を大量に持参していた人もいたのですが、殆ど手を付けておりませんよ! ヨシュア様がキャッサバを教えてくださったからです」

「よかった! 収穫までは問題なさそうかな?」

「はい。他の作物も育て始めております。秋を楽しみにしていてください!」

「秋には収穫祭をやろう。盛大に!」

「それは、とても楽しみです! ヨシュア様はいつも民のことを考えてくださる」


 手放しで褒めてくれて悪い気はしないけど、真に称賛されるべきは実際に手を動かす人たちだ。

 トーマスたち農家の人しかり、バルトロたち狩猟班しかり……。

 実際にこうして現場の人から生の声を聞くと、みんながみんな支え合わないと街なんて成立しないってことがありありと分かる。


「シャル。次は牧場に行こうか」

「承知いたしました!」


 シャルロッテが公国式の敬礼を行い、くるりと踵を返す。

 

 ◇◇◇

 

 簡便な木枠で仕切りだけ作られていて、雑草も抜いていないそのまんまの荒地だけど、牧場だ。牧場になっている。

 厩舎さえない。だけど、牛、羊、ヤギとちゃんと仕切りがされていて放し飼いになっている。

 おや、鳥系がいないな。

 

 ふもおと気持ちよさそうに鳴く牛の鳴き声に目を細めつつ、ふとそんなことを思った。

 吹き抜ける風が前髪をなびかせ心地よい。

 こう動物がのんびりする姿を見ると心が洗われるような気持ちになるのは俺だけだろうか?

 

「ソーモン鳥はお持ちしたみなさんがそれぞれ馬車の中にある小屋に入れたままです」

「このままじゃあ、逃げちゃうものな」

「はい。ソーモン鳥は鳥小屋と柵を作る予定であります」


 俺の疑問を読んだのか、シャルロッテがここにはいない有名家畜「ソーモン鳥」について教えてくれた。

 ソーモン鳥は地球のニワトリに似た種族で、この世界では広く飼育されている。

 ニワトリと同じように卵と肉を食べることができて、大きさも同じくらいだけど、ニワトリとは習性が結構異なるんだ。

 ソーモン鳥は羊のように群れる習性があり、大きな声で鳴くことがない。

 食性はかなり草食によった雑食である。だけど、葉は食べない。大麦や小麦といった穀物なら食べる。

 俺の感想としては、ニワトリよりソーモン鳥の方が飼育しやすいと思う。

 ニワトリの方が優れている点として、ソーモン鳥に比べて成長がやや早いことと卵がすこーしだけ大きいことかな。

 食糧資源として見た場合、ニワトリとソーモン鳥はそう違わない。


「牧場も見てくれている人がいるのかな?」

「はい。決まった方ではありませんが、交代で。キャッサバの葉が飼料にできるか試している最中であります」

「毒抜きしなくて大丈夫だっけか。やるなら慎重に頼む」

「はい。まずはヤギで試しています。羊も牛も何でも食べるというわけではありませんので」

「そうなのか。ちゃんと食べられるものを見分けているのかな?」

「……だ、そうです。私は専門ではありませんので、申し訳ありません。人づてで聞いただけです」


 エリーもそうだが、シャルロッテも真面目というか何というか。

 わざわざ人づてなんて言わなくてもいいのに。興味を持って情報を仕入れたのはシャルロッテだろうに。


「ありがとう。シャル。牧場も農場も思った以上に良い感じだった」

「いえ! 私は昨日来たばかりですので。全てはエリーさん、アルルさん、トーマスさん達がやってくださったことです!」

「はは。なら、ありがとうの先出しってことで」


 全くもう。シャルロッテはこういうところは昔のまんまだな。

 そこで、ずっと横に付き添ってくれていたエリーへ目を向けた。

 

「エリー、辺境にきてからずっと見ていてくれてありがとうな。アルルにも改めて礼を言っとかないとな」

「いえ、私は何もしておりませんよ。ヨシュア様からお預かりした作物をトーマスさんたちにお渡ししただけです。私とアルルは横で見ていただけです」

「分かった分かった」


 こっちはこっちでやっぱりお堅い。

 えへへ、とか言って照れてくれたら可愛げがあるのにさ。

 

 ガラガラガラ――。

 その時、真後ろにある道(予定地)を一台の馬車が駆け抜ける……かと思ったら停車した。

 

「ヨシュア様!」


 御者台に座るドワーフから声をかけられる。

 あれ、この人って。ガラムのお弟子さんじゃないか。

 一体こんなところまで何をしに来たんだろ?

 あれよあれよと思っている間に、馬車の窓からガラムが顔を出した。

 

「よお。ヨシュアの。お主のところの執事から頼まれてのお」

「ん? ルンベルクが?」

「違う違う。ヨシュア坊ちゃん。ガラムから押しかけたのですぞ」


 ガラムを押しのけるようにトーレが窓から顔を出す。

 だけど、まるで話が見えん。

 

「どういうことなんだ?」

「物見を作ると聞きましてな。これは背の高い建物を作るよい機会だと思いまして」

「あ、コンクリートを使いたいのか!」

「ですぞですぞ! これからの建築の試金石にと思いましてな」

「なるほど、物見は郊外にと言ったものな。この先に作るのか」

「その通りですぞ! では、また!」


 ガラガラガラ――。

 待てという前にトーレたちを乗せた馬車は行ってしまった。

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