第62話 目玉がいた件

 「危ない」と言われてもだな。魔物の気配さえ分からぬ俺にとっては、何が危ないのかとんと分からん。

 覗き込もうにも、張り付いたままのアルルがんーと背伸びして俺の視界を塞ごうとしてくるし。

 

「一体何が起こっているんだ?」

「ボクも混じるのじゃ」


 だきーと後ろからセコイアも参戦してきた。

 いや、あれだよね。

 この先に危険な魔物がいるから、俺を押しとどめているんだよな?

 こんな呑気に遊んでいていいのだろうか……。

 

「押すなあ、押すなあ。セコイア、力強いって」

「きゃ」


 どてーんとアルルをそのまんま押し倒してしまったじゃないか!


「頭をぶつけなかったか?」

「平気です。ヨシュア様は?」

「俺は問題ない。アルルが下敷きになっちゃったから……ごめん」


 無言で腰の辺りに張り付いているセコイアごと一息に立ち上がった。

 勢いよく動いたため、セコイアがずるずると地面に落ちる。


「そろそろ真面目に動こうか」

「そ、そうじゃの。闇に潜む敵は『ゲイザー』というモンスターじゃ」


 パンパンとワザとらしく短いスカートをはたくセコイアは、素知らぬ顔で唐突に解説を始めた。

 やりすぎたことを誤魔化そうとしているのだろうけど、まあいいや、乗っかってやろう。

 ここでからかったら、また元の状態に戻りかねないからな。

 

「ゲイザー? どんなモンスターなんだ?」

「目玉じゃ」

「えっと」

「目玉じゃ」


 壊れたスピーカーのように繰り返しやがって。

 目玉が何だってんだよ!


「ざっくりし過ぎで分かるかああ!」

「おいしいぞ?」

「よけい訳が分からん……」


 突っ込むことも疲れてきた……。セコイアめ。ワザとやってんだろ。

 じとーっと見つめたら、彼女は顎に小さな指先をあてそっぽを向く。


「天井に張り付いていることが多いのお。動かずじっと待ち構えておる。風景に溶け込むのを得意としておる」

「ようは、いる場所さえ分かれば、遠距離で一撃必殺ってわけか?」

「場所が分かれば、じゃがの。正確な位置を掴むことが肝要じゃ」

「さっき、気配を感じたって言ってなかった?」

「うむ。ヨシュア。弓を」


 右手を差し出しくいくいとされるが、そう言われましても。


「俺がそんなものを持っているはずが……」

「ヨシュア様。これ」


 アルルが自分の腰に横向きの鞘にしまっていたナイフの柄を指さす。


「セコイア?」

「自分でやろうとしないところは、褒めて遣わそう」

「頼む」

「うむ」


 アルルの腰からナイフを抜いたセコイアが、じりじりと前へ進み。

 右斜め前方にナイフを投げる。

 ヒュンとナイフが奔る音が響くと同時に、奥から赤色の光が煌めき――。

 あ、と思う暇もなくアルルに横から飛び掛かられた。

 

 ゴロンと地面に転がる俺とアルル。

 先ほどまで俺のいた位置はじゅうじゅうと煙があがっていた……。

 あれ、熱線じゃ?

 

「セコイアー!」

「攻撃を察知して、ゲイザーの奴も反撃してきおったんじゃ。すまぬの。まだまだ修行が足りん」

「倒したのか?」

「バッチリじゃ。回収して奥へ進もうではないか」


 先行するセコイアの後ろをおっかなびっくり歩き、地面に転がったゲイザーとやらの元まで進む。

 

「なるほど。確かにこれは『目玉』としか言いようがないな」

「じゃろ?」


 ゲイザーは一抱えほどの目玉だった。

 人間の目玉をそのまま大きくし、上部に皮膚というか被膜みたいなものを取り付けて触手を伸ばした感じだ。

 この触手で天井に張り付き、敵をじっと待ち構えるってわけか。

 さっきの熱線は目玉の黒目から出たものかなあ?

 

「む! 危ない! ヨシュア!」

「え?」


 今度はセコイアにのしかかられる。

 覆いかぶさった彼女の足先すぐそこから煙があがった。

 な、何が?

 

 ドサリ――。

 地面に何かが落ちる音が響き、セコイアが俺の体から離れる。

 

「もう一匹いたようじゃ。こやつを仕留めたから能動的に襲ってきたのかもしれぬな」

「もう一匹って?」

「猫娘が仕留めてくれた。もう大丈夫じゃ」

「アルルが!?」


 ガバッと起き上がって、前を向いたらアルルの姿があった。

 俺と目があった彼女は、てへへと頬をかいてぺろっと舌を出す。

 

「目玉は。かくれんぼが上手なだけ。です。ヨシュア様」

「強くはないけど、発見が困難ってことなのか?」

「うん。アルル。暗いところ見えるから」

「そうか。助かったよ。アルル!」


 彼女の手を取りブンブン上下に振って感謝を示す。

 一方でセコイアは憮然とした顔で腕を組んでいた。

 

「猫娘……さすがにそれは……」

「ん? どうした? そんなぷくーと拗ねなくてもいいじゃないか。アルルが頑張ったんだし、少しくらい」

「拗ねてなどおらぬわ!」


 ぽかぽかと俺の腰を叩いてくるセコイアへ勝ち誇ったような笑みを浮かべていたら、本気で拗ねられてしまう。

 素知らぬ顔で口笛を吹き、奥へ進むことにした。

 

「目玉。要らないの?」

「回収しておこうか」


 目玉を回収し、今度こそ探検を再開する俺たち。

 

 ◇◇◇

 

 ゲイザーのいた広間からまた細い道が続き、左右へ枝分かれした場所に出た。

 くんくんと鼻を揺らすアルルが右を指さし、セコイアもそれに乗っかるように「右じゃ」と告げる。

 

 二人の意見が一致したので右手を進んで行くと、外から差し込む光が見えたんだ。

 ここが出口か。

 

 外に出る前に反対側の道を進むと、いたいたあああ!

 コウモリの大群が!

 

 糞がある辺りを避け、年季が入り岩のように見えるところを採取し出口へと向かう。

 出口の前まできたところで、アルルがピシっと右手をあげる。

 

「わたしが先に出ます」

「任せた」


 出た所が崖な可能性もあるから、一番身軽なアルルに任せるのが安全だろう。

 間違っても俺が最初に出てはいけない。みんなに迷惑をかけてしまうからな……悲しいことに。

 

 出口は地面から見て、煙突のように上側へぽっかりと開いていて出るには壁を伝って登らなきゃならない。

 二メートルくらいの高さがあったんだけど、アルルはひょいひょいっと難なく上まで昇り、外に顔を出した。


「大丈夫です!」


 アルルがそのまま外に出て、穴からこちらを覗き込み、手を振る。


「よし、行こう」

「そうじゃの」


 先に登ったセコイアが気が付いてしまったようだな。

 

「ヨシュア。紐を垂らす。それでいけるかの?」

「たぶん」


 うん。余裕で登ることができなかった。

 ははは。

 

 二人が穴から落としてくれた紐を掴んで、ようやく外まで到達することができたのだ!

 外は、崖の上だったらしくちょうど俺たちが降りた場所から真後ろ数百メートルってところだった。

 次からはこの穴を伝って降りれば、採掘も可能だな。うん。

 

 穴の位置を見失わないように目印を立て、鍛冶屋に向かうことにした。

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