第61話 洞窟を探検した件

「あっち」

「ふむ。存外すぐじゃな」


 岩壁から片手を離し方向を示すアルルだったが、半分体が浮いてるぞ。

 危ないったらありゃしない。日本時代に見た動画を思い出してしまった。

 超高層マンションのベランダの手すりを歩く猫の。ふらふらと歩いて、落ちそうになりハラハラしたものだ。

 当の猫本人は涼しい顔をして尻尾をピンと立てていたけどさ。

 セコイアはアルルと違ってしっかりと壁を掴み、顎だけを下に向け場所を確認しているようだったがすぐに顔を前に向けた。

 彼女はアルルと違って、アクロバティックな動きはしないようだ。少し安心した……。

 そんなことされたら、下手しなくても気絶する自信がある。

 

 今だってほら……下を見ていないというのに冷や汗が流れ落ちるのが止まらない。


「は、はやくうう」


 悲痛な俺の叫びが虚しく崖にこだまする。


「黙っておれ。落ちるぞ」

「ひいいい」


 単なる脅しなのかもしれない。もしかしたら、セコイアにとって軽い冗談だったかもしれないけど、俺にとっては切実である。

 やめってえ、体を揺すらないでええ。

 あ、下が見えちゃった。

 底まで光が届いてないじゃねえかあああ。な、なにこれええ。

 深淵なる闇の入り口に、俺の意識が限界を迎える。

 かゆ、うま……。

 

 ◇◇◇

 

「ちゅー?」

「そうじゃ。こういう時は接吻で目覚めるのが常というものじゃ」

「アルル。ちゅーする」

「待てい。ボクがするに決まっておるじゃろう」

「セコイアさん、さっきから、そう言って」

「ボ、ボクもたまには恥じらいを覚える時もあるのじゃ」

「アルル。ちゅーするよ?」

「猫娘には恥じらいってものがないのじゃな……」

「ヨシュア様のため。なら、アルルは躊躇しない。どんな相手だって、アルルが護ってみせるよ」


 う、うーん。

 何やら話し声が聞こえるが、どこだここは。

 頭にだけ柔らかさを感じる。他は岩肌かな、ゴツゴツとした地面でちくちくする。

 目を開くと、セコイアの顔がドアップだった。

 思わずのけぞると、自分がアルルに膝枕されていたことが分かる。

 

「ヨシュア様。ちゅー要らない?」

「ちゅー? よくわからんけど、何だか顔がぬとぬとしてる。俺、カエルか何かにぱっくんされてしまってた?」

「ううん。セコイアさんが」

「え、えええ……」


 頬についた謎の粘液を拭い、そっぽを向くセコイアへ目を向けた。

 ベタベタの手でセコイアの肩を掴み、くるりとこちらに向くようにひっくり返す。

 

「な、何じゃ?」

「アルルに変な事を吹き込んだんじゃないだろうな?」

「何もしておらん」

「それならいいんだ。ここは、横穴の入り口なのか?」

「うむ」


 ルンベルク特製の絹のハンカチを懐から取り出し、顔をふきふきしながら周囲の様子を確かめる。

 ここは入り口から10メートルほど進んだところ辺りか? 外から差し込む光が奥の暗さも相まってとても眩しく思える。

 洞窟の高さは5メートルほどで、横幅も4メートルを超えるってところか。なかなか広いんじゃないかな。

 周囲に大きな生物はいない様子。

 光が届かないところまで行くと、コウモリがわんさか壁にはりついているかもしれない。

 

 噂の飛竜とやらも、このサイズの洞窟だったら侵入できない……と思う。たぶん、きっと。

 

「今更だけど、一つ大きな問題に気が付いた」

「ほう?」

「奥に進んだら何も見えなくなる。ランタンなんて持っていないし」

「そうじゃの。そこはほれ、魔法じゃ」

「アルルは。見えるよ」


 俺の不安に対し、セコイアは任せろとばかりに小さな胸を張る。

 アルルはアルルで自分の目を両手で指さしにこおと微笑んだ。


「ほれ、こっちに寄るがよい」

「うん」


 セコイアに寄るや否や、腕をむんずと掴まれて手の甲にむちゅーっとされた。


「すげえ。魔法ってすげえな」

「ふふん。ボクの力があれば、暗闇なぞ無いも同然じゃ」


 これには手放しでセコイアを称賛せざるを得ない。

 見える、見えるよ。洞窟の奥がハッキリと。

 といっても、明るいところとは見え方が違う。暗視スコープで見た映像とでも言えばいいのか。

 色の違いが識別できない。でも、視界としてはこれでバッチリだ。


「アルルはそのままで見えるの?」

「はい! わたしは猫族です。暗闇はお友達」

「猫と同じで、暗闇も見通せるってわけか」


 アルルは問題なしか。

 よし、ならば進もう。洞窟の奥に。

 いや、その前にセコイアへ確認しておきたいことがある。

 

「セコイア。奥の気配を探る魔法なんてある?」

「風の流れを読めば、ある程度は分かるのじゃが。猫娘の方が適任じゃろ」

「猫族ってそんな力もあるのか……」

「あやつは……いや、まあよい」


 セコイアが何か言いかけて口をつぐむ。

 彼女だけが気が付いた何かがあるのだろうけど、アルル本人が何も言わないし、詮索するのはよしておくことにしよう。

 話をしたければ、アルルから言ってくれると思うし。人のプライベートへ干渉するのはあまりよくないと個人的に思っているから。

 

「アルル。奥に大型の生物がいたりするか分かる?」

「歩いて五分くらい? のところには。何もいません」

「よっし。じゃあ、探検に繰り出すとしようか」


 「おー」と右手を振り上げると、セコイアとアルルも乗ってきてくれた。

 気絶したりで散々だったが、とにもかくにも洞窟探索のスタートだ。


 ◇◇◇


 中々深いな、この洞窟。

 右に折れたり左に曲がったりしたが、今のところ分かれ道はない。

 これなら迷うこともないし、ラクチンだなあ。

 なんて思いながら歩くこと三十分ほど。広めの空間に出る。

 天井からはつららのような鍾乳洞が幾本も垂れ下がり、地面からも同じようにテーブルのようになった岩や地面から真っ直ぐ高くまで伸びた柱のような岩まで。

 全体的に視界はよくない。

 しかし、真っ先にアルルが何かに反応したようで、俺たちの前に立ち口元に指先を当てた。

 

「何かいるのか?」


 囁くように彼女へ尋ねると、言葉の代わりに頷きが帰ってくる。ついでに、猫耳も一緒にぺこりとお辞儀をした。

 ところがどっこい、空気を読まないロリ狐が普通の音量で喋りはじめてしまう。

 

「さすがじゃの。猫娘。こいつは中々気が付かないところじゃの」

「おいおい、もっと声を抑えた方が」

「心配ない。あやつらは完全なる待ち伏せ型じゃ。寄らなければ問題ない」


 セコイアも気が付いたらしい。

 前方の空間に何かいるっていうわけだよな?

 うーん。

 目を凝らそうと一歩踏み出したら、向い合せになっていたアルルにぶつかってしまった。

 いや、彼女も俺と同じように前に踏み出し先回りして俺の行く手を塞がれたというのが正確なところだ。

 

「危ないです」

「お、おう」

 

 もう進ませないと言わんばかりにアルルが俺を抱きしめてくる。

 分かったから、ぎゅーっとするのをやめような。アルル。

 ほら、ロリ狐がぶすーっとしちゃったじゃないか。

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