第57話 グゲグゲな件

『一つは以前から探索しているゴムのことだ。これは硝石を探す時に引き続き探索する』

『ゴムとは中々いいところに目を付けたものだね。利用用途が高い。窓枠から車輪、使いどころは多岐に渡る』

『うん。だから見つけたいんだ。もう一つは、浄化設備を構築したい』

『汚水の処理かね。確かにそれは急務だね。ならば、私の方でモーターの開発も行おう』

『なるほど。そいつは、助かる。むぐうう』


 な、なんだよ。

 いきなり前からセコイアに口を塞がれてしまった。

 机の上に乗り出した時にペンギンの方もむぎゅうされていたようだ。


「ヨシュア。宗次郎と二人で秘密の話とはつれないのじゃ」

「あ、すまん。勝手に進めてしまってたな。簡単に仕組みを解説するよ」


 できれば黒板なんてあればいいんだけど、ここにはそんな都合のいいものがない。

 口頭になっちゃうけど、セコイアなら軽く説明するだけで問題ないだろ。

 いや、待てよ。せっかくだし。

 

「アルル」

「はい!」

「せっかくだからアルルにも参加してもらう」

「わたし、あまり」

「ううん。知識がないことを前提に浄化槽を設置・管理する人にも説明をしなきゃならないから。そっちの方が都合がいいんだ」

「うん!」


 コクコクと首と猫耳を動かすアルルへ微笑みかける。


「小さな池を想像してみてくれ。池には魚がいて、水草が繁茂している」


 アルル、セコイアへ順に目を向け、彼女らが頷くのを待ってから説明を続ける。


「魚が水草を食べて、フンをする。そいつは水に溶けて分解されるのな。そして、フンが栄養となり水草が成長する」

「ふむ。自然の摂理というわけか」

「うん。それでな。フンを分解するのも実は自然に分解しているわけじゃなくて、目に見えない小さな生き物が食事をしているんだ」

「おお。そのような仕組みがあったのじゃな」

「さて、これを汚水に置き換えてみよう。汚水もフンと同じものだから、小さな生物の食事になる。分解され土に還るのな」

「ふむふむ。む。小さな生き物ということは、魚と同じように呼吸をするのかの?」

「その通り! 汚水は大量の餌だと思ってくれ。大量の餌を食べさせるくらいに小さな生物を増やそうとしたら、それだけ呼吸するための空気が必要になるんだ」

「理屈は分かった。そいつはモーターなるものに繋がるのじゃな」


 さすがセコイア。察しがいい。

 汚水(有機物)を微生物の働きで分解する。その際に微生物が消費する酸素を補うために曝気……水槽に入っているブクブクみたいなポンプで酸素を大量に送り込む。

 そうすることで微生物による汚水の分解が進むってわけだ。

 汚水の分解が完了した後は曝気を止めると、泥となって地面に沈み込む。こいつは豊富に分解できる微生物を含む泥だ。

 次回に汚水を分解する時に汚泥ごと爆気することで、さらなる分解が期待できる。

 溜まり過ぎた泥は肥料として畑に回すなどしてリサイクルすれば、効率もよいのだ。泥には大量の硝酸塩が含まれているからな。いい肥料になる。

 

「アルル。どうだろう?」

「うーん。小さな生物さん、モグモグして、水が綺麗になる?」

「そうそう。それで、小さな生物が呼吸するための道具をペンギンさんが開発してくれるって話なんだ」

「うん!」


 セコイアはもちろんアルルの理解も進んだようでなにより。

 仕組みは理解してくれたはいいけど、最大の問題はペンギンが曝気装置を作ることができるのかだな。

 

『いい説明だね。枝葉末節をバッサリと。それでいて仕組みを理解できるように』

『あれ、聞いていたの?』

『セコイアくんが君の言葉を頭の中で反芻してくれたからね。なあに電気もあるんだ。要は浄化槽をかき混ぜればよいんだよ』

『水車や蒸気でもやれないことは無いと思う。案がまとまったら教えてもらえるかな?』

『もちろんだとも。いやあ、研究すべきことが沢山あって、中々楽しいものだね』

『そ、そうかな』

『そうだとも。特にこの世界にしかない術理には興奮を覚えるよ。マナだったかな――』

 

 あ、また熱く語り始めてしまった。

 この分だとペンギンが何とかしてくれそうだし、ここは彼に任せて俺は俺で素材探しをするとしようか。

 

 ◇◇◇

 

 セコイアはどちらにするか最後まで迷っていたが、結局ペンギンと一緒に採取した鉱石サンプルを調査することになった。

 そんなわけで俺はアルルと共に馬に乗り、ネラックの南部へと繰り出すことにしたんだ。

 

 バルトロから聞いていた通り、南部には荒涼とした大地が広がっていて剥きだしの赤茶けた大地が一望できる。

 ポツポツと低木や雑草が生えているが、植生が豊かではないことは明らかだ。

 街の東部は豊かな森が広がっているのに、こちらは随分と風景が変わるのだなあ。ルビコン川の北に高い山脈が連なっているけど、あれが気候へ大きな影響を及ぼしているのかな。

 といっても、地球と同じ感覚で植生を捉えると痛いしっぺ返しを食らいかねない。

 公国とカンパーランドの境目はハッキリとしていないけど、境界線の村から数十キロ進むんだら辺境の地カンパーランドと言われている。

 この数十キロの間で植生が大きく様変わりするのだ。

 農業に適した草木豊富な風景から今俺がいる荒涼とした大地へと。

 

 理由は不明。まあ、砂漠とそれ以外の地域の境界線なんて曖昧なものだ。

 気にしても仕方ないし、そういうものだと捉えた方が分かりやすい。

 

「何もない。ですね」

「だなあ」


 後ろから俺の腰を掴んでいるアルルが感想を漏らす。

 馬を走らせつつ、赤茶けた大地を眺めるが人もいなければ動物の姿も見えない。

 

「生物が全くいないってわけじゃないと思う。まあ、たまたまだろ。ルビコン川へ向かう時だってイノシシに遭遇したりすることなんてないし」

「はい。気配は……あります」

「そうなのか。距離がある?」

「はい。遠くに」

「へえ。バルトロたちにこの辺りの探索をしてもらってもおもしろいかもな」


 うーん。

 確かに草木は少ない。グアバやらがあったことから、この調子ならサボテンとかも自生しているかもしれないな。


「ヨシュア様。硝石? がここにあるの?」

「分からない。硝石は乾燥したところの方が存在する可能性が高いから来てみたわけだけど……」

「濡れてなければいいの?」

「うん。つっても地面を無差別に掘り返したところで、なかなかうまく行きそうにないよな」


 結局、片っ端から掘り返してサンプルを持ち帰り、調査するのがいいのだろうけど。

 どうにか当たりをつけられないものか。

 

 グゲッグゲッグゲ――。

 空から不気味な鳴き声がした!

 びくううっとなって上を見てみたら、嘴のえらい長い鳥がばっさばっさと飛んでいる姿が見える。


「ハゲタカみたいな鳥かなあ。あれ」

「食べる?」

「あれ、俺たちを襲ってくるの!?」

「ううん。アルルたちが、食べる? ヨシュア様。鳥肉は好き?」

「あ、いや、今はいいかな……」


 しれっと怖い事を言うものだから、ビックリしたよ。

 ん。鳥。鳥か。

 

「一つ、思い浮かんだことがある。確か西に大地が割れたような崖があるって」

「ん?」


 ひょっとしたら、そこに硝石があるかもしれない。

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