第58話 どう見ても崖な件
来たのはいいが、こいつは思った以上に崖です。本当に見事な崖ですぞおお。
と、つい心の中でトーレみたいな口調になってしまうほど、圧巻な地形だったんだよ。
大地溝帯という言葉を聞いたことがあるだろうか? ない? それならグランドキャニオンは知っているだろうか?
風景としてはグランドキャニオンのような岩砂漠に近い。
崖はいろんな要因でできると言われているが、大地はプレートというものが動いていてそいつがぶつかり合ったりして地震が起きたりする。
プレート同士が押し合ってうにゅーと盛り上がったものが山脈。(火山噴火で盛り上がって山になることももちろんある)
ヒマラヤ山脈なんかが、プレート同士がぶつかってうにゅーっとした典型例だ。
崖はその逆。プレート同士がぶつかってめこーんとなり、ぶっつりと大地が裂ける。縦方向に裂けたものが断層と呼ばれ、崖となるんだ。
上記の大地峡帯は、大規模な断層地帯が伸びる地域のこと。落差百メートルを超える断層が髄所に見られる。
え? そろそろ現実逃避をやめて戻ってこいって?
うん、そうだな。そうだよ。
大地がぱっくりと裂け、そろりそろりと下を覗いてみた感じ落差は三百メートルくらいありそうな雰囲気。
いや、もっと浅いのかもしれないけど底が確認できないのだ。
幅は細いところで五十メートルほど。離れているところだったら百メートル近くある。
崖の長さは数キロくらいかなあ。ちょっともう思った以上に規模が大き過ぎて度肝を抜かれていた……。
茫然としている俺に向け、腰の後ろに手を回したアルルが下から覗き込むようにして問いかけてくる。
「ヨシュア様。どうですか?」
「あ、うん。崖の中腹か何かに横穴がないかなあと思っていたんだけど」
「アルル。探すね」
「いや、あ、うおおおお。待て、アルル!」
駆け出そうとした彼女を後ろから羽交い絞めにして押しとどめた。
が、崖に飛び込んだらあかん。あかんで。マジでそのまま、真っ逆さまだぞ。
「探さないの? ですか?」
「この高さだ。崖もほぼ垂直だし」
「ご、ごめんなさい。ヨシュア様」
アルルはしゅんとなって耳をたらんとして落ち込んだ様子。
俺はといえば彼女の体から力が抜けたので、腕の力を緩め彼女から体を離す。
「いきなり飛び出したら危ないだろ。怒ったわけじゃあないんだ」
「アルル。ヨシュア様の護衛。なのに、一人で行こうと」
あれ、なんだか話が噛み合ってないような。
垂直の崖に駆け寄ろうとしたアルルを止めたわけなのだけど、彼女は何を言っているんだ?
「アルル。モンスターや猛獣の気配はしないんだよな?」
「はい。空からも無い。です」
「なら、そこまで警戒しなくても大丈夫なんじゃないのかな」
「でも、ヨシュア様を。一人にしたら、ダメです」
アルルと俺じゃあなあ。
猫族らしく柔軟でしなやかな身体を持つアルルは、二階から飛び降りたりと本物の猫のように身軽だ。
だけど、華奢でとてもじゃないけどモンスターの相手をできるようには見えない。
彼女には護衛の役目と伝えてはいるけど、俺は彼女に護衛としての役目を任せようとは思っていない。
ハウスキーパーの四人の手前、護衛という役柄がないと彼らがとても心配するので任せているに過ぎないのだ。
といっても、エリーかアルルに付き添ってもらって得るものは多い。
何をするにも一人より二人の方が何かと捗るだろ?
大丈夫さ。何か大きな動物が見えた時のために、馬を常に手元に置いているのだから。
こう見えて、逃げ足には自信があるんだぜ。無理は絶対しない。逃走こそ我が美徳。
そうだそうだー。
逃げるのだー。
心の中の俺が声援を送ってたら、アルルが振り返りピンと人差し指を立てる。
「ヨシュア様! 思いつきました!」
「ん?」
「わたしが。ヨシュア様を背負えば」
「いやいや、アルル。俺がおんぶするならともかく、アルルに背負ってもらうなんて。ほら、俺はどこも怪我なんかしてないし。馬に乗ってきたから足もガクガクしていない」
全く。セコイアか誰かから、俺が森でゼエハアと息があがっていたことを聞いたのか?
それでもアルルは諦めていないようで、んんんーと唇を尖らせ胸の前で両手を握りしめる。
「ううう。エリーかバルトロ。連れて。うん!」
「そうだな。絶景だしみんなを連れてくるのもいいかな。ついでにセコイアに風の魔術か何かで調査ができるものか聞いてみようか」
「はい!」
ようやく納得してくれたアルルを連れ、一旦街へ戻ることに決めた。
崖はともかくとして、この地形だったら乾燥地帯であることは間違いないし、硝石も見つかるかもしれない。
そんなわけで悪あがきではないが、その辺の地面をカツンカツンとノミで叩き、サンプル採取し持ち帰ることに。
◇◇◇
「おー。見事なもんじゃの。これほどの崖は中々お目にかかれぬぞ」
「こら、あまり寄るんじゃない。落ちたらどうするんだ」
やれやれと肩を竦める俺に対し、はしゃぐセコイア。
俺の後ろからアルルが崖を覗き込んでいる。
そうなんだ。
サンプルを鍛冶屋に届けたところ、セコイアが崖にいたく興味を持ったらしくすぐに連れていけとのたまった。
うん。
やっぱりこいつを持ってきてよかったよ。
葦を編んだロープを両手で構え、セコイアの腰に巻き付けギュッと縛る。
「縛りプレイとか。ヨシュア」
「語弊のある言い方をするんじゃあない! さっきから危なかっしくて。落ちないように俺がロープを持っていればいいだろ」
「落ちたらどうするんじゃ? キミの腕力ではボクを支えきれぬだろうに」
「そこは問題ない。確かに俺は二十キロを引き上げることでさえ、精一杯だろう。だけど、崖に落ちたセコイアを支えることできる。それは、俺の体重の方がセコイアより重たいからだ」
どうだああ。
あれ、真面目に答えたってのに、セコイアが胡乱な瞳で俺を見つめている。
「そこはの。『大丈夫だ。俺がちゃんと引っ張り上げてやる』くらいは言ったらどうなんじゃ?」
「……正直、そこまで言い張る自信がない。アルルもいるから二人でやれば必ず持ち上がる」
「……」
あ、黙っちゃった。
仕方ねえなもう。ここはセコイアのご機嫌を取り戻すため、一計を案じようじゃあないか。
「セコイア」
「なんじゃ?」
「俺が崖に来たのは、崖に横穴がないかなと思ってのことなんだ。予想外に崖が凄すぎて断念したわけだが」
「ほう。横穴とな。硝石を探しに来ておったのだろう?」
よしよし。興味を惹かれたな。
死んだ魚のような目だったのが、輝きを取り戻したぞ。
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