第56話 硝石を探す件

「先に言っておく。ビールをすぐにってのは難しい」

「大麦の種は持ってきておるぞ」

「抜け目ないな……それは、畑でも作って育てて……酒であれば何でもいいか?」

「そうじゃの。アルコールが含まれておるのなら、この際文句は言わん」


 ガラムは腕を組み、うむうむと頷く。

 横でずっと話を聞いていたトーレも長い髭を指でこすりピクリと眉を動かす。

 酒は人類が文明を獲得したころから存在すると言われる。

 仕組みはとても簡単で、糖分が発酵してエチルアルコールと変化することで酒になるんだ。

 古くは猿が岩の窪みなどに溜めた果実が発酵して酒になったとか、クマなんかが破壊したハチの巣に溜まった雨水が発酵して、など逸話がある。

 とまあ、自然界で放置されたものが酒に転じるくらいだから、糖分をエチルアルコールに変化させることは簡単だ。

 作ることは簡単だけど、味やアルコール濃度を鑑みるとなかなかもって難しくなる。

 

 俺はほとんど酒を飲まない。飲んでもビールか葡萄酒を少々ってところ。

 なので、味の良しあしが分からない!

 しかしそこはほら、ここに大酒飲みがいるじゃないか。

 酒を切望しているし、味見ならよろこんでやるだろう。

 

 そして俺は、素材に当たりはつけている。

 

「ガルム。ブドウじゃあないけど、よい感じの果実があるんだ」

「ほおお!」

「グアバといってな。とっても酸っぱいんだけど、葡萄酒だって酒にするブドウは酸っぱいだろ」

「うむ。グアバとやらはどこに?」

「その辺になっているはず。いずれグアバ果樹園でも作ればよいんじゃないかな。この地で自生しているものだから、気候条件が合っているはずだから」

「ふむ。植林、挿し木など農家と相談するかのお。さしあたっては採集してくればよいのじゃな」

「うん。それはバルトロら採集チームに任せよう。育てるのに必要だろうから、苗木もとってきてもらって」

「楽しみだのおおお! そうと決まれば、鍛冶仕事をするとしようかの」


 現金な人だ。

 ん、待てよ。せっかくグアバ酒を造るのなら蒸留もできるよな?

 猛然と炉から取り出した鉄を叩き始めたガルム……へ問いかけるのは憚られる。

 ならば、トーレに。

 俺の視線に気が付いたトーレが先んじて口を開く。

 

「何ですかな? ヨシュア坊ちゃん」

「酒樽を作るなら、ついでだから蒸留設備も作ってしまえないかな?」

「問題ないですぞ。ノームの某はドワーフほどではないですが、酒を欠かしませんからな。その辺りは種族柄、皆詳しいのです」

「そっか。一部を極限までアルコール濃度をあげて欲しいんだ」

「また何やら面白いことをやろうとしているのですな!」

「大したことじゃあないよ。消毒液として使おうと思ってね。傷にはポーションがあるけど、消毒液があって困るものじゃあないから」

「ふむふむふむ。作るのは構いませんぞ。ですが、ですが」

「分かった。完成した暁には消毒液と傷について説明をする。これでいいか?」

「ふぉふぉふぉ。さすがヨシュア坊ちゃん。某のことをよく分かっておられる」


 この世界では消毒の概念がない。

 消毒を行えば破傷風といった怖い感染症の予防に効果を発揮するのだが、魔法とポーションがあれば事足りるのだ。

 日本にある薬での傷口の治療に比べ、魔法とポーションは格段に優れている。ぱっくりとあいた二センチくらいの傷でも、ポーションをぬりぬりしたらものの10分程度で傷が塞がっちゃうのだ。それも表面だけじゃあなく、きちんと中の組織を含めて。

 最初見た時はビックリしてひっくり返りそうになってしまった。こと外科医療に関しては、日本よりこっちの世界の方が優れていると思う。

 もちろんモノにもよるんだけどね。

 だけど、消毒液は無いより在った方がよいだろう。科学的なことにも使えるからな。

 

「トーレ、ガラム。後で工事の計画について話をしてもいいか?」

「もちろんですぞ。すぐにでもよいですぞ!」

「先にセコイアと電気について詰めてくる」

「承知です」


 トーレはすぐにでもだろうけど、ガラムは鍛冶仕事を初めてしまったし途中で手を止めさせるのはいただけない。

 いや、彼からしたら土木工事の方が興味を持っているので、乗ってくるとは思うけど、鍛冶仕事の完了を待っている人がいる。

 その人のためにも、先に鍛冶仕事をこなして欲しいんだ。

 

 それに窓の外に魚の尻尾を嘴の先から出したペンギンがアルルに抱えられている姿が見えたからな。

 間もなく彼女らがここへやって来ることだろう。

 

 ◇◇◇

 

 鍛冶屋の一室でペンギン先生によるバッテリー講座がはじまった。

 出席者はセコイア、アルル、そして俺だ。

 ペンギンがテーブルの上に乗り、俺たちがそれを囲むなんとも間抜けな光景であるが、みんな真剣そのもの。

 いや、アルルはにこにこして話を右から左って感じではあるけど。

 そもそもペンギンの言葉はアルルには理解できないし、仕方ない。彼女にとって暇を持て余すだろうけど、しばらく我慢してもらうことにしよう。

 セコイアは例の魔法でペンギンと直接繋がっているので発声した言語は理解できずとも、ペンギンが何を言わんとしているのかは理解できる。

 

『バッテリー……再充電可能な蓄電池という概念でよかったかな? ヨシュア君』

『うん。考えているのはバッテリーの容器の中に素材を入れて魔石にならないかってことだ』

『ふむ。容器はプラスチックといきたいところだが、ガラス容器でいこう。電極は鉛。溶液は希硫酸。電線は銅に絶縁樹脂であるスツーカの樹脂でよかったかな?」

『うん。そうか、鉛に希硫酸が必要だったのか』

『準備できそうなのかい?』


 んー。

 鉛は以前集めた鉱物リストの中にあったかもしれない。鉛も鉛だけの鉱石が採掘されることはまずない。

 多くは硫化物として存在し、ニッケルや鉄なんかと混じっていることも。

 拾った鉱石を調べ直せば、おそらく鉛を含んだ鉱石はあるはず。


『鉛は以前沢山あつめたサンプル鉱石があるから、その中に含まれているかセコイアと共に調べてもらえるか?』

『承った。硫酸はどうするかね?』

『硫酸は……想像がつかないけど、どうやって作るのだっけ?』

『作るとすれば、硫黄と硝石がよいだろう。硫黄は硫化物から採取も可能だ。それほど希少な物質でもないから、硫黄の心配はないと思われる』

『硝石かあ。探しに行くか』

『苦労するかもしれないが、硫黄と硝石は黒色火薬の材料ともなる。もっとも、黒色火薬を作成するつもりはないがね』

『火薬は今のところすぐに必要なものじゃあないな』

『鉱物の調査はこちらで進めよう。硝石……硝酸カリウムは水溶性だ。土壌にあれば植物が根から吸収する必須元素でもある。微量ならばどこにでも含まれている』

『となると、乾燥地帯か。あれだっけ、排せつ物を分解して硝酸カリウムになったりするんだっけ』

『そうだね。過去、「硝石丘法」などといった生産方法があったが、実践するに相当時間がかかるしノウハウもない。できれば、硝石の鉱脈を発見してもらいたいところだ』

『分かった。当たりをつけて探してみるよ。あと二つ、ペンギンさんとセコイアに相談したいことがある。すぐにってわけにはいかないだろうけど』


 ここで言葉を切り、指を二本立てる。

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