第53話 会議会議な件

 せっかくだからシャルロッテが持ってきてくれた牛乳をぐびぐびと飲む。


「ぷはー」


 一気に飲んでしまった。久しぶりの牛乳は悪くない。そう、牛乳は悪くないんだ。

 単に牛乳を飲み終わったら仕事を再開するという習慣があったために、牛乳を飲むと微妙な気持ちになっていた。

 これからは牛乳そのものの味を楽しむことにしよう。

 牛からの恵みだものな。ありがたい感謝の気持ちと共に飲まねば。

 

「全員集まったな。座ってくれ」

「ハッ! ここに」


 ルンベルクが代表して応じ、バルトロ、エリー、アルル、そしてシャルロッテがそれぞれ礼をしてから着席する。

 食卓……というにはテーブルが大きいが、食卓を囲む全員の顔へそれぞれ目をやり静かに頷く。

 

「ルンベルク、各地区の進捗を報告してくれ。分かるだけでいい」

「承知いたしました」


 ルンベルクが立ち上がって一礼してから再び腰を降ろし、語り始める。

 住宅地区は順調に建設が進み、インスラも建築を開始しているとのこと。

 

「具体的な数まではいい。領民全てが引っ越しできるまでにどれくらいかかりそうだ?」

「ヨシュア様を慕い、日々領民の数は増大しております。ですが、その分、建築に回す人手が増えております」

「そ、そうか……、なら数値目標を定めるか。いや、家は必ず必要だ。全員が入居できるまで建築を続けないとな」

「はい。インスラもございます。また、宿屋や商店を営もうと希望する者については商業地区に住居兼店舗とすることでよろしいでしょうか?」

「そうだな。増える領民も考慮し、インスラを5棟先に建築してしまおう。商業地区にも同じく5棟。こちらは一階部分を店舗とする」


 建築の簡便性を鑑み、インスラは三階建てにし一階ごとに10部屋でいいか。

 となると一棟で30部屋となる。商業地区の一階部分は住居用じゃないから除くとして、それでもこれだけで250人が入居可能だ。

 今後、領民が増えた場合、まずインスラに入ってもらえば雨風は凌げる。

 家族向けにはポールが作ってくれたモデルハウスを量産し、そこに入居だな。

 差し当たり、インスラの建築と建築済みの一戸建て、建築中の一戸建てで住宅は事足りるはず。


「野宿の者を迅速に減らす。慈愛深きヨシュア様ならではの案。感服いたしました」

「実用性も高い。商業地区のものなら少し改装すれば宿屋にもできるからな」

「承知いたしました。全て完了するには10日は必要かと」

「たった10日で? もう少し時間はかけてもいい。崩れないようにしっかりと作るようにポールへ指示を。しかし、建築途中の家を完成させてからとしてくれ」

「承知いたしました。既にポール殿のことをご存知でございましたか。ポール殿は非常に優秀な棟梁です」

「明日、ポールをここに呼んでもらえるか? 彼にも市政計画に参加して欲しいと思っている」

「是非もなく。ポール殿もきっと歓喜することでしょう」


 ポールのように皆から頼られ、いつの間にかリーダーとなっている者は積極的にこちらからも意思疎通していきたい。

 いずれ商業、工業、農業、もしかしたらハンターや冒険者……といった各業種ごとに商会やギルドが自然発生していくことになるだろう。

 俺はこれら経済活動に対し、制限を加えるつもりはない。むしろ、大歓迎だ。

 公国の時も商会の人たちとはいろいろな施策を練ったなあ。商業組合とは内需喚起の施策を文官と共に三日三晩缶詰討論したり……あれはもう二度とやりたくねえ。

 今はまだ街建築初期段階で何もルールが定まっていない。

 カンパーランド辺境国として成り立つためには、法整備と官僚(文官)は最低限必要だ。

 法整備とか頭が痛くなるが、やっとかないと悪い事をした人を裁くこともできない。法をしかねば、何もかも為政者や被害者の感情で決められてしまうからな。

 それが悪い事なのかいい事なのか議論の余地はあるけど、俺は余り好きではない。

 人の感情というものは移ろいやすいものだ。それに感情で決めたとなれば、あの時の感情は果たして正しかったのだろうかって、裁いた人個人に全てのしかかってしまう。

 個人的な考えで申し訳ないが、国というものは組織である。だから、感情ではなくルールに基づいて判断した方がより多くの人と共有できるはず。

 となれば、誰がという個人ではなく、法をしくことで法解釈を行う法務官という集団によって判断を行うことができるんだ。

 国家とは一代で終わるものではないから、感情で裁くより何かとやりやすい。

 ごめん、いろいろややこしいことを述べたけど、一言でいうと、個人に頼るとなったらいつまで経ってもブラックワークから逃れられないだろ?

 俺は隠居したいのだ。これに尽きる。

 

「次、警備状況はどうだ?」

「警備は俺から報告させてもらうぜ」

「頼む」


 右手をあげたバルトロは、困ったように眉をしかめふうと息を吐く。

 何か不測の事態が起こっているのか?

 しかし、彼から出た一言は真逆だった。

 

「小競り合い一つないぜ。今後流民や旅人、旅商人なんて一時的に街へ留まる奴が出てくりゃ変わってくるとは思うが」

「いいことだけど、さざ波一つたたないってのも意外だな」

「おう。全員、ヨシュア様を主と仰ぎ、一丸となって働いているぜ」

「あ、うん。モンスターや猛獣といった外敵の恐れもあるからな。外壁工事はまだまだ先になりそうだから」

「あいよ。俺たちで物見を作っちゃってもいいか?」

「大工の手伝いがなくてもいけそうか?」

「なあに、元軍人や冒険者もいる。見栄えを気にしなきゃいけるぜ」


 ニヤリと笑みを浮かべ無精ひげに手をあてるバルトロ。

 警備はしばらくの間、人員増強の必要はなさそうだな。

 よし、ならば。

 

「バルトロ、以前何度かやってもらっていたが、採集・狩猟チームを抽出してもらえるか? しばらくはバルトロが率いてくれ」

「分かった。警備の方はどうする?」

「交代でやっていてもらっていたけど、ルンベルクに警備も統括してもらう。ルンベルクには住宅の方も見てもらっているけど、そこはポールもつけるし、警備の方も誰か頭となる人が欲しいな。誰か適任はいるか? バルトロ」

「ガルーガかリッチモンドさんのどっちかかなあ」


 ポールという頼りになる大工の棟梁がいるから、ルンベルクに警備の方にまで手を回してもらえる。

 警備主任がいれば、彼もバルトロももっと自由に動いてもらうことができるってわけだ。

 ガルーガってこの前一緒に来てくれたヒョウ頭の武人ぽい人だよな。彼は口下手そうで、人を率いることがあまり好きそうに見えなかった。

 俺からのお願いってことで引き受けてもらったとしても、本来の気質と異なる仕事をやるとストレスになるだろうし、仕事の効率もよくはならないだろう。

 彼にはバルトロと共に狩猟に出てもらった方がいいだろう。元冒険者といっていたし、大自然と共に在る方が彼に向いているはず。

 となると……もう一人のリッチモンドはどうなんだろうか。

 うーん、彼のことを俺は知らないからなあ。一度会ってみるかな。

 

「リッチモンド卿……」


 首を捻っていたら、ルンベルクのボソリと呟く声が聞こえた。

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