第54話 総員配置につくべしな件

「ルンベルク。リッチモンドさん? には会ってないのかな?」

「はい。お会いしてはおりません。把握しておらず申し訳ありません」

「いやいや、領民全員を把握するなんて不可能だ。別に咎められることじゃあない」

「ルンベルクの旦那。リッチモンドさんと知り合いなのか? あの旦那は昨日夕刻に到着した人だぜ。知らなくて当然だ」


 頭を下げるルンベルクに俺とバルトロの言葉が重なる。

 なるほどな。バルトロが言うように昨日夕刻ならルンベルクと会っていなくても不思議じゃない。

 警備の詰め所に行ったときも入れ替わりで面倒を見ていたようだし、バルトロのターンだったらその日は夕暮れでそのまま終了だものな。

 

「バルトロ。リッチモンドさんてどんな感じの人だった?」

「んー。俺が言うのもなんだが、風変わりな格好をしていたぞ。『声色から』壮年だとは思う」

「へえ。そいつは少し興味が湧いてきた。明日、呼んでもらえるか?」

「あいよ」


 あのバルトロが風変わりと言うんだ。一体どんな格好をしているんだろう。

 怖いもの見たさから、彼を呼んでしまった。いやいや、バルトロが名前を出した人物なんだ。きっと警備を任せるに足る人に違いない。


「ルンベルク。ルンベルクの知るリッチモンドさんだったらいいな」

「滅相もございません。場を乱し、失礼したしました」


 フォローするつもりが、逆に恐縮させてしまったようだ。すまん、ルンベルク。

 心の中で彼に謝罪し、次の議論に移ることにした。

 

「エリー、アルル。農業と広場の様子はどうだ?」

「広場ですか。広場は毎朝、領民が集まるようになっております。素敵な光景です!」


 ふんすと立ち上がったエリーが、頬を桜色に染め潤んだ瞳で力強く言葉を返す。

 恍惚として、ちょっと怖い……。

 聞くのは農業だけに留めておくんだった。

 いや、俺だって触れたくなかったよ。だけど、エリー、アルル、トーレが誠心誠意かけて作ってくれたんだものな……あの貧弱な石像を。

 なので、無碍にするわけにもいかなかったわけだが、俺は仏像じゃねえんだから参拝とか勘弁して欲しい。

 

「広場はそれくらいで。十分に伝わったから」

「はい! 私も毎朝、参じるようにしております!」


 やべえ、こいつは放置しておいてもずっと喋り続けるやつだ。

 こういう時はとっとと話題を変えるに限る。

 右手をあげ、エリーの機先を制しつつ口を開く。


「……農業の様子はどうだ?」

「順調です。井戸も複数堀りましたので、水やりの心配もなくなりました。キャッサバ以外の作物も植え付けを始めております」

「開墾は大変な作業だからな。農地に水路を通そうと思っているんだ」

「ヨシュア様! もうそこまで計画が進んでおられるのですか!」

「街の計画は以前会話した通り。灌漑設備はなるべく早く進めたいところなんだけど、農地が出来てしまうと後から農地を潰すことにもなりかねない」

「承知いたしました。水路の予定地に石灰で線を引けばよろしいのですね」

「その通りだ。畑だけをざっくりとだったけど、これからは農業だけでなく、畜産から食料品作りに至るまでやることが山積みだ」


 そこで言葉を切り、じっと俺たちの会話を聞いていたシャルロッテへ目を向ける。


「シャル」

「はい。閣下!」

「話を聞いていたな? 大きい範囲すぎて申し訳ないが、食糧に関することを統括してもらいたい。バルトロらの採集と狩猟に連携し、育てることができるかどうか不明な植物が出た場合、俺に報告を。食糧自給計画の全部を任せる」

「はい。閣下!」


 ふふふ。さすがワーカーホリック。これだけのことを一息に頼んだというのに顔色一つ変えてないな。

 だがしかし。極度の人材不足な事情を舐めてもらっちゃあいけない。

 

「まだある。手工業も面倒を見て欲しい。技術的な後押しは俺が行う。人材の目ぼしをつけてくれ。紙とか布とか生活必需品は多岐に渡る。ランプや金属製品については、任せる人がいるから、そちらとも連携して欲しい」

「はい。閣下! ワクワクしてまいりました」


 シャルロッテは両こぶしを握り締め、目を輝かせる。

 さて、シャルロッテの次はエリーとアルルだ。


「そ、そうか……エリー。二日ほど、シャルの補佐を頼む。その後、アルルとエリーには別の仕事を任せたい」

「承知いたしました!」

「はい!」


 エリーとアルルの声が重なる。

 

「俺は土木工事の立案から計画までを進めつつ、魔石と燃焼石が無い事に対する代替手段を模索する。二日間はアルルが俺の護衛で。その後は交代で頼む」


 無言で頷きを返す二人。

 日用品にも含まれる安価な魔道具も魔石で動く。燃料は燃焼石だし……やはりこの二種が無いことは大きい。

 水車の力で鍛冶はできるようにしたものの、先が遠すぎてクラリとくる。

 街のインフラも住宅がある程度整ってからではあるが、やらねばならない。

 俺が特に気になっているのは汚水処理なんだよなあ……魔石があれば浄化の魔道具の力で一発解決なんだが、そうもいかない。

 浄水設備を作るには下水があった方がいいし、悩ましいな。

 下水工事が完了するまでの期間を考慮したら、先に浄水設備を作った方がいいかもしれない。それまでは手動で浄水設備まで汚水を運んでもらうことになるけど。

 

 この屋敷には排水に浄化の魔道具が取り付けられているから、今のところ汚水の心配もない。

 それどころか、外の井戸から引き込んだ水道も出る。水道を稼働させているのは、魔道具のポンプだ。

 

 魔道具自体を制作することは材料さえあれば可能。そのための職人も領民の中にいることだろう。

 ペンギン、セコイアの力を借り、魔石製造の開発を進めねばどうにもならんな。

 もちろん、魔石が開発できるまでの間のことも考慮し設備を作る予定だけどね。その鏑矢となるのがルビコン川に架かる橋だ。

 

「いろいろ問題は山積みだけど、一つ一つ解決して行こう。明日は長めに時間を取りたい。みんな、今日も頼んだぞ!」

「はい!」


 みんなから力強い声が返ってきた。

 さてと、今日も一日頑張るとするか!

 まずはアルルと共に街の様子を見てからだな。その後ならペンギンも目覚めているだろうから。

 

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