第30話 肩車な件

 こいつは驚いた。

 二日ぶりにちゃんとこの辺りを見たのだが、急ピッチで作業が進んでいる。

 ここ中央大広場予定地は雑草が全て抜かれ、範囲を示す白線がぐるりと引かれていた。

 広場から伸びる予定の大通りになる場所も五百メートルほどは草が引き抜かれ同じく白線がずーっと伸びている。

 

 ルビコン川を北とすると、南東方向に木材が積み上げられ多くの人が汗水垂らしせっせと家の建築を進めていた。

 木材だけじゃない。

 粘土で作った窯も数個あって、次から次へとレンガを焼いている様子が窺える。

 同じくモルタルも大きな樽の中に入れ、並べられていた。

 

「柱を立て始めているってことは、木材の乾燥も進んでるってことかな」


 下馬しつつ、一人呟く。

 一方でひょいっと馬から高く飛び上がったセコイアが、

 

「うお」


 俺に肩車されるような形で着地しやがった。

 

「そうじゃの。建築資材は増産中。家屋も建築が進んでおるな」

「だいたい予想通りってところか。あと二日くらいで家が完成し始めるだろう」

「うむ。二日もあれば30以上の家が建つ。領民全員分となると、七日から十日かのお。全てを住宅建築に回しておるわけじゃないからの」

 

 いい加減俺の肩から降りてくれないかな、セコイアは小柄な小学校高学年くらいの体格だから重たいわけじゃあないけどね。

 休日のお父さんみたいな姿を誰かに見られたら気恥ずかしい。

 

 う、噂をすれば。

 うきうきと尻尾を振りながら肩に彼女の身長ほどの木札を担ぐアルルと、彼女と並んで歩くエリーの姿が。

 

「ヨシュア様ー!」


 ですよねえ。すぐに気が付きますよねええ。

 アルルが元気よく俺の名を呼び、満面の笑顔でこちらに手を振っている。エリーも俺に向け会釈を行う。

 もちろん、二人は俺の元へてくてくとやってくる。

 

「二人とも、その木札は?」

「仮ですが、場所を示す札になります」

「交代に、です」


 んんと。場所を示す札を交代で運んで設置していたってことかな。

 木札は先が杭になっていて、反対側に四角い看板が取り付けられていた。

 看板には「中央大広場」と記載されている。

 

「名札なのかな」

「はい。名札のものと、矢印のものの二種類ございます」

「そいつは分かりやすい。立札があるとどこに何を作るのか分かりやすいし、建築後も街の指標になる。ありがとうな」

「いえ。領民の方が作ってくださったのです。私とアルルはお手伝いしているに過ぎません」

「ううん。領民と話し合って進めてくれているじゃないか。そこが一番大切だよ」


 この感じだと領民とのコミュニケーションも良好のようだな。

 二人のことを心配はしていなかったけど、こうして彼女らから直接聞くとより安心できる。

 うんうんと二人のことを微笑ましそうに眺めていたら、アルルがこてんと首を傾けた。

 

「ヨシュア様。(セコイアは)子供じゃないって。でも、ヨシュア様の?」

「待て待てええ」


 セコイアはまだ喋っていないし、このまま何事もなかったかのように振舞っていればスルーできると思っていたのだが甘かった。

 相手はアルル。ちゃんと説明しないと彼女が混乱したままになってしまう。

 

「いいかアルル。セコイアは幼くはない。肩車で遊んでいるけど、大人だってたまに童心に帰りたいことがあるだろ。それだ」

「うん?」

「もう一つ。俺は独身だし自分の子供もいない。婚約者もいなければ、彼女もいない。よいな」

「はい!」


 うむ。素直でよろしい。

 いつものようにピシっと右腕をあげてくれないのが残念だ。木札を担いでいるから仕方ない。

 アルルの返事は声こそ元気いっぱいだったけど、口をすぼめてちょっとうらやましいなという目線をセコイアに向けていた。

 

「アルルも肩車して欲しいの?」

「ア、アルルは子供じゃないから。我慢!」


 いや、もう全力で肩車して欲しい感が出てるじゃないか。

 猫耳がぴくぴくしているし、尻尾もパタパタだぞ。


「仕方ないのお」


 察したセコイアが華麗に地面に着地し、アルルの肩へ手を……届かない。


「ダメ。わたしはヨシュア様の。メイド」

 

 ぶるぶると首を振って欲望に耐えているらしいアルル。

 そうか、メイドが主人に肩車してもらうってのは確かに、職務上おかしな話だ。

 でも、そんなことどうでもいいではないか。主人たる俺がよいと言えばよいのだよ。ふふん。

 

「いいよ。メイドとかそんなもの関係ない」

「う、うん!」


 膝を曲げて首を下げようとする前に、木札を地面に置いたアルルがその場で飛び上がりさきほどのセコイアと同じように俺の肩にお尻を着け太ももを前に回す。

 すげえ身軽だな。アルルもセコイアも……。


「重くない? ヨシュア様」

「おう。軽すぎてビックリしているんだけど。ちゃんと食べているか?」

「この娘は猫族じゃからの。人の子よりは遥かに軽い」

「そんなもんか」


 セコイアの補足に「なるほど」と納得する。

 猫族は猫科の動物を彷彿させるようにしなやかで身軽だ。柔軟な体躯は特に修行しなくても、両足を開いてペタンとお腹が地面に着くほどなんだよな。

 羨ましい。

 俺? いやもう前屈は苦手でなあ。は、はは。

 体が固くて叶わん。柔軟に力を入れないと、とは思っているんだけどなかなかめんどくさくて。

 

 あ、しまった。

 肩車を提案する前に了解をとるべきだったな。

 そう、アルルの隣にはメイド然としたエリーがいたのだ!

 彼女は自らの職務に対してルンベルクと同様にとても厳しい。彼女の前で俺自らアルルにハメを外すように提案してしまったんだもの。

 そうだよな。そら、うつむいてプルプルと肩を震わせてしまうよ。

 俺の手前、怒れないのが分かり申し訳ない気持ちになってしまう。

 ええい。ここはそうだな。

 誤魔化す。これしかない。

 

「エリー」

「はい」

「エリーも肩車する?」

「わ、わ、私がよ、よしちゅあ様の」


 あ、噛んだ。

 真っ赤になっちゃった……。

 誤魔化すなら同罪にしてしまえと思ったのが裏目に出てしまったかもしれん。

 

「ほら、たまにはエリーもハメを外して」

「け、けけけ、結構ですうう! トーレ様に会いに行かねばなりません。アルル。あなたは立札を設置したらヨシュア様を例の場所まで案内してください」


 エリーはぴゅううっと逃げるように走って行ってしまった。

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