第29話 魔法金属な件

 鍛冶屋を出たら、予定通り屋敷の方角へトンボ帰りすることにした。

 馬が走り始めるとすぐに後ろに乗るセコイアが「ふうむ」と声を漏らした後、ちょんちょんと俺の背中をつっつく。

 

「らしくない顔をしておるの?」

「やっぱ顔に出ていたか」


 顔に出さないようにしていたんだけど、さすがセコイア。観察力が違う。

 些細な変化も見逃さないか。

 

「俺としては収穫があったんだけど、ガラムたちに余計なことをしちゃったかもなと思ってさ」

「何を言うておる。収穫はあったじゃろ。トーレを(中大広場予定地に)派遣したじゃろ?」

「お、そうだった。いや正直なところ、また二人が暴走してるんじゃないかと思ってて、建築のお手伝いになるような物を作って欲しいと頼みに行こうと繰り出したんだよ」

「……間違っておらんぞ。それ」

「え?」

「模型を作っていたトーレ。ミスリルとブルーメタルで道具を作っていたガラム。あやつら、作業が終わると必ず他のことをし出していたぞ」

「え、そうなの?」

「うむ。ほれ、ガラムが大工道具を作っていたのも、橋と水路のためを思って結果的に大工にも利用できたに過ぎんぞ」


 舐めていた。俺はガラムたちの良識を。

 いやいや、さすがにそんなことはないだろ。セコイアが俺に気を使って言ってくれているだけだ。

 ガラムもトーレも今何が優先されるかくらいの、分別はある。

 それでも、念のためを思って鍛冶屋に顔を出したんだけど、既にガラムたちが把握していてることに対し、わざわざ指示を出しに行っちゃったと思ってさ。

 余計なことをして要らぬおせっかいを焼いてしまったかもと気になっていたんだ。

 

「そうだな。うん。悩んでも仕方ない」

「あやつらがそのような細かいことを気にする玉か。それくらいの信頼関係はあるじゃろ? キミとあやつらには」

「だな。余計なことでうじうじしててすまんな。セコイア」

「そういう時は謝罪じゃなかろう?」

「ありがとう。セコイア」

「うむ! 到着したら頭を撫でるがよい」

「それ、ご褒美なの?」

「面と向かって言われるとたじろくではないか。そ、そんなことより、キミは最初に『収穫があった』と言っておったの? 何が収穫だったのじゃ?」


 あからさまに話を切り換えてきたー。

 だけど、丁度いい。彼女に聞こうと思っていたことだったから。

 

「ミスリルとかブルーメタルのことだよ。俺はこれまで魔法金属? だったっけ? に関して全く触れてこなかったから」

「通常金属じゃあないとカガクじゃ分からんだったかの?」

「そそ。でもな。科学は科学。魔法は魔法って考えは効率的じゃないと思ってな。ここに魔法の専門家であり研究者でもある賢者がいる」

「ほ、褒めても何も出ぬ……いや、接吻くらいならよいぞ」

「それは要らねえ。軽くでいい。到着するまでにミスリルとブルーメタル、あと、魔法金属の概要も教えて欲しい」

「つれない奴じゃ。まあよい。しかと聞くがよい。カガクと魔法の融合。とても興味深いからの」


 俺の肩に顎を乗せて喋るのは揺れる馬の上余りよろしいと思わなかったけど、そこは狐ロリ、さすがの実力である。

 彼女は喋っていても舌を噛む様子をまるで感じさせなかった。

 魔法金属とはマナと金属物質が融合したものだそうだ。

 マナは魔力と同じ意味で、この世界の生物なら必ず体内に含まれているエネルギーの一種である。

 マナ(魔力)は俺たちの生活の一部となっていて、灯りをともすランタンといった魔道具、魔法といった形で利用されているんだ。

 飛竜のブレスなんかも、体内のマナを炎に変換していると言われている。

 話は戻るが、魔法金属はマナと金属が融合することによって、元の金属と異なる性質を持つようになる。


「ここまではよいかの?」

「何とか。通常金属にマナが融合することによって、元の金属と性質が異なるんだな。例えばどんなのがあるんだ?」

「有名な魔法金属は三種類あるの。ミスリル、ブルーメタル、そしてオリハルコンじゃ」

「ほう。オリハルコンってのは、未発見の金属だな」

「この三種以外にもあるのじゃが、三種類の中ではオリハルコンが一番希少価値が高いのお」

「へえ。魔法金属は魔力と金属が融合したものだったよな。となるとミスリルは銀なのかな? 同じようにブルーメタルやオリハルコンも?」

「ほお。よくぞ分かったの。銀と魔力が融合しミスリルとなる。ブルーメタルは鉄。オリハルコンは金じゃの」


 おお。ミスリルはあてずっぽうだ。

 ほら、ファンタジー世界でよくミスリル銀とか言うじゃないか。あれをまんま適当に言ったに過ぎない。

 朧げながら、魔法金属のことが理解できてきたぞ。

 

「いろいろ実験、検証してみないと分からないけど、例としてミスリルのことを聞いてよいか?」

「もちろんじゃ。何が知りたい?」

「ガラムが加工していたから、鉄と同じ炉で大丈夫なんだよな?」

「うむ。扱い方は元の金属と似たようなものじゃ。同じくらいの温度で溶けるからの」

「それは分かりやすくていいな。ん、でも待てよ。銀が単独で土壌に存在していることなんてまずない。ミスリルも同じなのかな?」

「異なる。ミスリルは単独でミスリルとして存在しておる。その意味ではある種の宝石類に近いかのお」

「そいつは精錬が楽でいいな。それで鋼鉄より切れ味が鋭いんだろ? 元は銀なのにすげえな」

「うむ。ミスリルは鉄より軽く、硬い。魔法に対する耐性まであるんじゃぞ」

「それはおかしい」

 

 銀が鉄より軽いなんて有り得ないだろ。

 銀の比重は10ちょっとくらいで、鉄は7.8くらいだったか。

 つまり、銀の方が鉄より重たいのだ。

 ああああ。この辺も全部魔法なのか。そもそも銀が鉄より硬くなっているのだものな。

 魔法効果って凄まじい。こいつは実験のし甲斐がありそうだ。

 例えば、鉄とブルーメタルの比較とか。塩酸をぶっかけてみたい。

 

「何がおかしいのじゃ?」

「いや、魔法について俺の知識が足りてないだけだと思う。科学的に調べてみないとなあ」

「カガクか! そいつは面白い。ボクにも立ち会わせてくれるのだろうな?」

「魔法金属の調査なら、セコイアがいないと進まん。実験をする時は一緒に頼む」

「分かればよいのじゃ」


 顔は見えないけどたぶんにへえと口元を緩めているのだろう。ひょっとしたら涎を垂らしているのかもしれない。

 そして、彼女は俺の背中に頬をすりつけている。

 ま、まさか。俺の背中に感じるこの湿り気は……。


 お、丁度いい感じに建築現場が見えて来たぞ。


「よっし、そろそろ到着だ」


 体を振って彼女を振りほどき、前を指し示す。


「お、落ちたらどうするのじゃあ!」

「落ちるわけないって分かっているし」

「ぬううう。もし落ちたら、ちゃんと拾ってくれるのかの……?」

「多分そうなったら、俺の首根っこを掴んで俺も一緒に落ちてると思う」

「ぬううう!」


 何て憎まれ口を叩き合いながら、馬の速度を緩める俺であった。

 

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