第31話 エリーが逃げだした件

「あ、エリー」


 声をかけるも遅かった。

 既に俺の声が届く位置にエリーはいない。

 

「照れてる。だけです」

「そ、そんな風には見えなったけどなあ……」


 アルルはくりくりの目を片方閉じて、唇を尖らせおどけてみせる。

 ルンベルクほどじゃないけど、真面目過ぎるところがあるエリーだものな。

 悪ふざけが過ぎた。あとでフォローしなきゃ。

 

「ヨシュア様。案内します」


 唐突にアルルがボソボソと言ったものだから、一瞬何のことか分からなくなった。


「……エリーが申し付けたことだな。何か見せたいものがあるのかな?」

「はい!」


 くるりと踵を返したアルルは、ご機嫌に尻尾をフリフリさせながらスキップを踏む。

 数歩進んだところで彼女がピタリと止まって、顔だけをこちらに向ける。


「ヨシュア様?」

「ちゃんとついてきているから大丈夫だぞ」

「はい!」


 あ、木札はいいのかな。

 置きっぱなしだけど。

 

「立てておけばいいのじゃろ?」


 そう言ってセコイアが足でちょいと木札を蹴る。

 ひゅるるるーと木札が回転しながら数十メートル上空に飛び、すとんと地面に突き刺さった。


「ほれ、子猫アルルが待っておるぞ。はよ」

「お、おう」


 ぐいっと顎でアルルの方をさすセコイアのビスクドールのような愛らしい顔に背筋がぞっとする。

 軽く蹴られただけでも俺は潰れたトマトのようになるんじゃねえの……。

 暴力は絶対反対しなければ。軽い突っ込みのつもりでもアバラが折れそうだ。

 

「何を青い顔しておるんじゃ。ボクもわきまえくらいある。力の入れようは場合によりけりじゃ」

「そ、そうしてくれ」


 読まれてた!

 まあ、ここはセコイアを信じて今まで通りにするとしようか。

 

 ◇◇◇

 

 アルルが案内してくれた場所は住宅建築地の真っただ中だった。

 

「辺境伯様がお見えになったぞおお!」

「ヨシュア様ー!」


 な、何だこの人だかり。

 大工作業を担っていた人たちが集まってきて、あれよあれよというまに取り囲まれてしまった。

 集まった人たちが大歓声をあげるものだから、動くに動けないな。

 

 しかし、すぐに自然と花道が出来てアルルが先導し更に奥に進む。

 

 人だかりの後ろには家が一軒建っていた!

 真っ白の壁に赤いレンガの屋根の二階建ての一戸建てだ。

 壁の四隅をレンガであしらっていて、南欧風のシンプルだけどレンガの赤が可愛らしくも見える堂々たる家だな。

 これなら、快適に暮らしていくことができそうだ。

 

「ヨシュア様、はじめてお目にかかります。ポールと申します」


 布の鉢巻を締めた三十代半ばほどの男が、深々と頭を下げた。

 日焼けした小麦色の肌に太い二の腕。彼がこの家の棟梁かな?

 

「ポール、君がこれを?」

「私だけじゃあありませんが。大工を代表して私がヨシュア様にお声がけを」

「素晴らしい家だと思う。これと同じような家をズラっと建築する予定なのかな?」

「はい。ヨシュア様のお眼鏡に適えば、こちらのものでと思っておりました」

「俺はこれで必要十分だと思う。むしろ、これほど立派な家なら安泰だとも」

「恐縮です。内装はまだなのですが、内装についてはそれぞれ住む者の意見を取り入れようと」

「了解だ。連日大変な仕事が続くが、今しばらく頼むぞ」


 そうか。わざわざ俺に家のサンプルを見せてくれたってわけか。

 俺の確認なんて取らずともよかったのに。

 でも、その気遣いを嬉しく思う。

 

 ポールに向け、右手を差し出すと彼は自分の手を自分の服で拭ってからおずおずと手を差し出す。

 自分から俺の手を握るのは抵抗があるのかな?

 案ずるな。俺は身分など全く気にしない。もちろん、カンパーランド辺境国では身分制を敷かない予定だ。

 

「手が汚れていることを気にしていたのか? いい手じゃないか。泥で汚れているのは勲章だ」

「ヨシュア様!」


 彼の手を両手で握り、微笑みかける。

 対するコワオモテの男の顔から一筋の涙が流れ落ちた。

 そして、どよどよとする集まったみなさん。

 

 や、ヤバい。距離感を誤ったか?


「辺境伯様! やはり俺たちの辺境伯様は偉大だ!」

「一生ついていきます!」

 

 万雷の拍手が鳴り響く。

 

「じゅ、準備した建材をうまく活かしてくれてありがとう。これからも頼む」


 アルルの手を引っ張り、この場から脱出する俺なのであった。

 セコイア? 勝手についてくるだろ。たぶん。

 

 ◇◇◇

 

 パカラパカラ。

 馬が軽快な足音を立て走る。

 パカラパカラ。

 

 テストハウスの見学が終わった後、いよいよ雷獣とその周辺地域の生態調査に向かったわけなのだが……。

 

「だあああ。後ろに乗れ」

「嫌じゃ。また置いて行かれたら困るのじゃ」

「こらああ。目を塞ぐな!」

「懲りたらボクを置いていかぬようすることじゃ」

「分かった。分かったから、手を離せ」

「分かれば良い」


 やっとセコイアの両手が俺の目から離れる。

 ふうう。それでもまだセコイアは俺に肩車されている状態だけどな。

 生態調査には事前の約束通り、セコイアと二人で向かっている。

 だけど、テストハウスの見学の際、勝手についてくるだろうと思われたセコイアは家の内装が気になっていたらしく、勝手にその場から離れていたのだ。

 それで、俺が彼女を放置して戻ったものだから。

 後から再びセコイアを回収しにいくはめになったってわけだ。

 

 そして今に至る。

 

「セコイア。森の中って馬でも行けるのかなあ」

「ヨシュアの場合は鍛冶屋で馬を置いて徒歩の方がよいかの」

 

 真面目な話になると、彼女も途端に普通に戻る。

 この辺はやりやすくて助かるよ。

 

「分かった。パイナップルの群生地を目指そうか」

「うむ。場所は任せよ。一度ボクも森に入っているからの」

「ありがとう。バルトロから聞いたんだけど、よくわからなくてな」

「同じような景色が続いておるからのお。素人では仕方あるまい」

「頼んだ」

「任されたぞ」


 ハイタッチをしようとしたが、ダメだこの体勢……。

 はよ、鍛冶屋まで行こう。馬から降りたらさすがに肩車はもうないだろうから。

 心の中でそう固く誓う俺の想いなどをよそに、セコイアが真面目な声でたずねてくる。

 姿勢はそのまんまだけどな……。

 

「目的は雷獣の食べ物を探すだったかの?」

「いや、まず最初にすることは雷に平気な何かを見つけることだ。パイナップル群生地に雷獣が何度も訪れているはずだから、耐電物質は必ずあるはず」

「ほう? そいつをどうするのじゃ?」

「直接的な目的は俺とセコイアの体の保護に使う。その後も利用価値があるから、できれば繊維質のものがいいなあ。塗布タイプでもいいか」

「何やら思惑があるのじゃな。楽しみにしておくぞ」


 ふんふんとご機嫌に鼻歌まで歌い始めるセコイア。

 科学話に繋がると思っているのかな? その通りだ。絶縁体はとっても大事なんだぞ。

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