第18話 コンクリな件

 こんなことって。

 さっきまでドロドロの液体だったコンクリートがカチンコチンに固まっているんだぞ。

 これが驚かずにいられるかって。

 

 コンクリートでできた炉は小型の焼却炉のような形をしていた。

 直方体で上部が空気抜き用なのか煙突になっている。

 

 ふらふらとコンクリートの炉に吸い込まれるように近寄っていくと、腕を組みふふんと背筋を反らすセコイアにぶつかりそうになった。

 炉のことしか頭になくて、彼女のことが見えてなかったよ。


「触ってみてもいいか?」

「破廉恥な……まあよいぞ。ほれ」


 組んだ腕をほどき、つま先立ちになるセコイア。

 そんな彼女を完全にスルーして、コンクリートの壁にぺたりと触れてみる。

 壁を拳で軽く叩くとコンコンと小気味よい音を返してくるじゃないか。

 

「すげえな!」

「驚きました」


 俺の隣でアルルもコンクリの壁をこつこつしていた。

 彼女の「驚いた」という言葉と異なり、コンクリの壁に何ら思うところがないように見受けられる。

 何故かって? 特に耳も尻尾も反応を示していないからだ。

 猫耳は口よりモノを言うってね。

 

「俺に合わせてくれなくてもいいんだぞ」

「驚きました」


 俺に対するよいしょなんてしなくていいんだと伝えたつもりだったが、彼女はぷるぷると首を振って否定する。

 ん?

 何だかズレてるな。彼女はどうやら本気で驚いたと言っているらしい。


「コンクリートが固まったことに驚いんじゃないの?」

「驚かれた。ヨシュア様が」

「そ、そういうことか」


 彼女から見た俺の評価ってどんだけ高いんだよ……。俺が驚いたことにビックリしたなんて。

 俺は何でも知っているとでも思っていそうで、期待が重たい。

 否定するか迷っていると、彼女は思い出したように口元に指先を当て耳をピンと立てる。


「もう一つ。黒だったことにも。少し、驚きました」

「黒?」


 はて?

 コンクリートの壁は黒じゃあない。灰色ってところかな。

 黒色にしようと思えばできるけど、特に黒色へ変更するメリットはないと思う。

 むしろ余計な手間がかかって、作業スピードが落ちる。

 俺たちはまだデザインを気にする段階にはない。急ぎインフラを整える段階だ。だから、なるべく手間を省き、迅速に建造物を作っていきたい。

 

 ぽかぽか。

 ん。腰の辺りに僅かな衝撃を感じる。


「何だよ」


 服まで引っ張ってきたから振り返ると、頬っぺたを膨らましたセコイアが。

 

「下着の話はどうでもいいのじゃ」

「下着……あ」


 ポンと膝を打つ。

 ようやく意味が分かった。

 

「さっきスカートがめくれた時のことか」

「だからその話はするなと言っておろう!」

「疑問が解けてスッキリした。よっし、この分だと中の構造も問題なく作っているんだよな」


 あ、セコイアが拗ねてとことこと歩いていってしまった。

 途中で振り返り、べーっと舌を出している。

 仕方ないなあもう。一応フォローしておこうか。

 

「アルル」

「はい!」


 元気がよろしい。

 いやそうじゃなくって。危うくこのままガラムのところへ行くところだった。

 

「セコイアはああ見えて、大人なんだ」

「大人?」

「うん、俺よりずっと年上なんだよ。見た目こそ子供だけどね」

「うん!」


 よおしいいぞお。婉曲な言い回しだったけど、アルルは理解してくれたようだ。

 すっきりしたところで、俺を待つ二人の職人へ声をかける。


「ガラム、トーレ。後続作業の相談をしていいか?」

「ここからが本番だからの」

「ですぞ。ヨシュア坊ちゃんと某の理論が実践できる時ですぞ」


 ガラムとトーレから力強い言葉が返ってきた。もうワクワクして仕方ないって様子だな。

 

 三人で円陣を組むように座り、俺の真後ろにアルルが控える。

 そこへ、俺とトーレの間にセコイアが無理やり入り込んできた。

 

「ボクも話に加えるのだ」

「もちろんだ。セコイアもいなきゃ完成できない」


 俺の言葉がよほど意外だったのか、一瞬大きな目を見開いて固まってしまったセコイア。

 しかしそこは彼女だ。すぐににへえと表情を崩し、ついでに狐耳もだらんと頭にひっついて――。

 

「分かったから、座れ」

「むぎゅー」


 こちらにのしかかってこようとしたから、桜色の頬っぺたを押し込んで元の位置に戻した。

 さて、ようやく全員が揃ったところではじめようか。

 

「実際の作業について、俺ができることはせいぜい道具を渡すくらいだ」

「そんなことわかっておるわい。儂らが作る。お前には触れさせはせぬよ」

「全く、ガラムは口が悪い。それに素直じゃないですな。素直に言えばいいのですぞ」

「何だと!」

「まあまあ」


 話への入り方がまずかったな……。

 ガラムの言葉にトーレが割り込んできて、じゃれ合いになりそうだった。

 ガラムが本気で腹を立てていないってことはトーレはもちろん、俺だって分かっている。

 やれやれと肩を竦める俺の耳元でトーレが囁く。


「ガラムも某も、年甲斐も無く興奮しているのですぞ」

「お、おう」

「ヨシュア坊ちゃんはいつも面白いものを持ってくる。難易度が高ければ高いほど燃えるというものですぞ」

「は、はは……」


 やる気になってくれるのは非常にありがたい。

 だけど、興奮し過ぎて大変な目にあったことが何度もあるから素直に喜べん……。

 盛り上げるか、抑えるか迷うところだ。

 

 結果、何事も無かったのように続けることにした。

 

「俺は作業ができない。だけど、水車と炉の仕組みは頭に入っている。指示を俺が出していいか迷うけど」

「お前が出さずしてどうする。はよせい」

「ですぞですぞ」


 すげえ喰いついてきた。

 素人がむやみに口を出すと却って作業が遅れたりするのかと懸念したんだが、杞憂だったか。

 俺が指示を出そうとしたのは、誰がどの場所をやるのかでもめるかなと思ったんだよ。

 

「じゃあ。トーレは俺と水車のギアを。ガルムはセコイアと設備の方を頼む。セコイアが仕組みを理解しているから。お弟子さんは炉しかないところに家屋を作って欲しい」


 発言するなりガルムと弟子たちが立ち上がり、トーレがはやくと俺を急かしてくる。

 セコイアも思案顔で顎に指先をあて「ふむ」と頭の中で図面を構築しているようだった。

 みんな、動きがはやい。

 職人魂ってやつが騒ぐのだろう。セコイアは知的好奇心からくる学者魂だろうけどね。


「行きますぞ」

「あいさ。ちょっと待って」


 待ちきれなくなったトーレがギアを積み上げている場所の前で俺を呼ぶ。

 いつの間に移動したんだよ。

 その前にだな。じっと俺の傍で佇んでいたアルルに向き直る。

 

「アルルは俺の護衛が必要かな?」

「ヨシュア様が見えるところにいなきゃ」

「張り付かなくてもいいのかな?」

「はい。セコイア様が。いるので」

「セコイアがいるから?」

「はい。セコイア様なら。ヨシュア様をお守りできる」

「なるほど。アルルとセコイアの二人だから、張り付かなくてもいいってことか」

「はい」

「じゃあ、アルルはそこで葦を集めておいてもらえるか?」

「うん!」


 ほらと腰から吊っていた大型のナイフを鞘ごとアルルへ手渡そうとする。

 しかし彼女は丁重に謝絶し、無手のまま動き始めたのだった。

 

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