第17話 パタパタで遊んだ件

 待っているだけなのもあれだし、かといって移動するのもなあ。

 そうだ。こんな時は植物探しでもしよう。

 いそいそと川原の傍に自生している雑草に目をつける。

 真っ直ぐな茎にそって細い葉がぽつぽつと付属しており、先が麦のようにふさふさしている。

 こいつはよく見たことがあるな。この世界でも日本でも。

 せっかくだ。必殺の「植物鑑定」だああ。

 

『名前:葦

 概要:河川や湖沼に群生する一年草。茎が頑丈。

 詳細:しなやかで頑丈な茎は利用価値有』

 

「ヨシュア様。それ?」


 俺の横にしゃがみ込んだアルルが真ん丸の目をくるくるさせ葦の穂を指先でつんとつっつく。


「こいつは、そうだな」


 ナイフで茎を半ばほどで切り、アルルに見えるよう穂を左右に振る。

 しかし、彼女からは期待した反応が無かった。いくら猫耳が付いているとはいえ、そら猫とは違うわな。


「我慢……」

「ん? どうした?」

「わたしはもう。子供じゃない、から」


 アルルはぐううっと口元をすぼめ、ふるふると首を振るう。


「ん? アルルがもう子供じゃないってことは分かっているけど?」

「はい! 我慢!」


 ピシっと勢いよく右手をあげたアルルだったけど、目が泳いでいるし口元がぴくぴく震えていた。

 一体どうしたんだろう?

 うーん。


「ヨシュア様。それ?」

「おう。別に遊ぼうと思って拾ったわけじゃないんだ」


 くるくると葦の穂を指先で回転させながら、アルルに向ける。


「我慢……」

「いや、我慢を必要とするものじゃあなくて」


 パシッ!

 アルルの指先が葦の穂を叩く。

 叩かれた勢いで俺の手を離れた葦が地面に落ちる。


「我慢、しなくて、いいって……」

「あ、いや。思う存分遊ぶといいさ」


 かああっと首元まで真っ赤にしたアルルがうつむいてしまった。

 本能的な何かに触れてしまったようで申し訳ない気持ちになる。

 これ以上は何も言わず、地面に落ちた葦を拾ってアルルの手に握らせた。

 

 ところが、予想通りというかうつむいたままのアルルは押し黙り、しばし無言の時が流れる。

 ……。

  

「別に葦で遊んだからといって子供ってわけじゃないさ」

「……はい」

「俺だって、たまには童心に帰って遊びたいって思う時もある。ほら、かんれんぼとかな」

「かくれんぼ。アルル得意だよ」

「得意そうだよなあ」

「うん! アルルね。一番木登りが、はやかった」

「そっかそっか」


 ふう。落ち着いてきたようでよかったよ。

 喋り方まで変わっているし。どうやらこれが彼女の素なのかな。彼女なりに礼儀正しくなるように努力していたんだなあ……。

 

「葦はさ。遊び道具になるだけじゃなくて、他のことにも使おうと思ってな」

「他のこと?」

「おう。葦の茎を乾燥させて編み込むと敷物になるんだ。やり方次第でカゴなんかにもできると思う」

「ヨシュア様! やっぱりすごい!」

「葦はありふれた植物だからさ。農家の人が一目見たら分かることだよ」


 褒められるほどのことじゃあないから、気恥ずかしくなって後ろ頭をかく。

 何だかほんわかしたムードのところ、突然、騒音が!

 

 ガツンガツンガツン!

 だあああ。耳にキンキンくる。

 一体何をしてんだよと音のした方に目を向けると、ガラムの弟子だろうドワーフ族の二人がハンマーを振りかぶっていた。

 ハンマーの向かう先は大きな木製の器があって、その中に石が大量に入っている。

 ガツンガツンガツン!

 勢いよく振り下ろす、振りかぶる、振り下ろす。交互に行っているから音が鳴りやまねえ。

 顔をしかめている間にもみるみるうちに石が細かく砕かれていく。

 

「よおし。そんなもんでいいかの」


 工事現場にあるようなトロッコを弟子ドワーフの元に持ってきたガラムが、満足気に頷く。


「何してんだ? 一体」


 彼らが予想外の作業をしていたので、何がなんだかわからず得意気に髭を引っ張っていたガラムに尋ねる。


「炉を作ってるのじゃが? ほれ、ヨシュアのが言っておったろう。モルタルを強靭にできるとな」

「炉をコンクリで作ろうってのか」

「コンクリというのか。セコイアの嬢ちゃんが配合を知っているというもんだから、試してみたくてのお」

「お、おう」


 ほう。支柱を木の棒にして木枠にコンクリを流し込んで固めるつもりか。

 だけど、火山灰を使ったコンクリはローマンコンクリートといって、固まるまでに時間がかかるんだ。

 粘土で作るよりは頑丈な炉ができるだろうけど、粘土と違って焼き固めるわけにはいかないぞ。

 

 それにしても手際がよい。

 セコイアの指示の元、全ての素材を混ぜ合わせ木枠に流し込み、あっという間に作業が完了してしまった。

 手慣れ過ぎだろ……初めてやる作業だよな?

 

「今日のところはこれで終わりかな? 明日また見に来るよ」

「まだじゃぞ。ヨシュアの」

「そうですぞ。ここからがノーム族とドワーフ族ならではの手法をお見せしましょうぞ」

「ボクも手伝おう」


 むふむふと鼻息荒くガラムが俺を押しとどめると、トーレとセコイアもそれに続く。

 

 木枠の前に陣取ったガラムとトーレがパシンとお互いの手の平を合わせる。

 次にガラムが下腹の辺りで両手を合わせぐぐぐっと丸太のような腕に力を込め始めた。

 一方でトーレはというと、目を閉じ両手の指を合わせ三角形を形作る。

 

「ふんぬうう。火と鉄の精霊よ」

「土と風の精霊よ」


 二人の声が重なり、彼らの体からゆらゆらと陽炎のように揺れる薄橙色の光が漏れ始めた。

 光は木枠ごとコンクリートを包み込み、数秒経過したところで消失する。

 

「少し離れておれ」


 次に動いたのはセコイアだ。

 両手で棒状になった蔓の杖を握りしめた彼女はそれを天に向けて掲げた。

 杖の先にある大きな緑色の宝石がやわらかな光を放ち、彼女の足元から風が渦巻き始める。

 彼女の短いスカートと長い髪が風によって上向きに引っ張られているが、そんなことなど気にも留めた様子がない。


「よいぞ。セコイアの嬢ちゃん」


 ささっと身を引き、セコイアの後ろまで来たガラムらが彼女に声をかける。

 

「うむ。風の精霊『シルフ』よ」

 

 彼女の力ある言葉に応じた精霊が、吹きすさぶ風を竜巻へと変化させた。

 竜巻が木枠ごとコンクリートを包み込む!

 

 物凄い音と共に、木枠が全てバラバラに吹き飛びコンクリートだけが後に残る。

 

「す、すげえ。完璧に固まっているじゃないか……」


 三人の魔法の合わせ技によって、コンクリートは一瞬にして固まったのだった。

 本気を出し過ぎじゃないだろうか……。

 

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