第19話 ゴム……いやこれはな件

 アルルが葦の群生している川原でしゃがみ込んだことを見届け、トーレの元へと向かう。

 

「さっそく組み上げていきますぞ」

 

 到着するなり、ギアを掴んだトーレがきらりと目を光らせた。

 組み上げるといっても、俺は手渡しするくらいしかできないんだよな。

 木工細工セットと違って、はめ込めば終わりってわけじゃないから。

 

 テキパキとギアを組み始めたトーレをよそに、積み上がった材料に目をやり感嘆の息を吐く。

 鉄はまだ使えないから、木製ギアなんだけど精巧にできている。

 これほどの量をよくぞこんな短時間で作り上げたものだと、賞賛の言葉しか出ないよ。

 これに加えて既に水車も作り上げてんだから、どんだけだって話だ。 


 ん、何だこれ。

 ホースのような緑色の管が目に付く。

 興味を引かれ、手に取るとなんだがブヨブヨしている。柔らかいゴム製のホースって感じだけど、公国でゴム製品を見た事がないんだよな。

 実は俺が知らないだけで、ゴムがあったのか? それならとっても損をした気持ちになってしまう……もう今更だけどさ。

 

「さすがヨシュア坊ちゃん。目の付け所が職人魂をそそりますな」


 作業の手を止めぬまま、トーレが「ほっほっほ」と朗らかな笑いながら、俺に声をかけてきた。

 

「これ、何だろう」


 引っ張ると伸びる。ゴムに似た素材だったら、水も通さないのかな。


「それはカイザーフロッグの表皮ですぞ」

「え……カエルの皮!?」


 川辺でホースに水を通してみようとした手が止まる。

 そのまま放り投げなかった俺を褒めて欲しい。


「もちろん、そのまま皮を剥いだだけでは使えませぬぞ。皮を革になめすに似た手順を踏むのです」

「へえ。使う薬品がなめしと異なるのかな」

「左様。此度の部品にぴったりと思いましてな」

「確かに。こいつはいい。カイザーフロッグってやつはこっちカンパーランドにもいるのかな」

「はて。似たようなモンスターはいるかもしれませぬなあ。ほっほっほ」


 探してみる価値はある。

 バルトロ辺りに相談してみよう。カエルの捕獲は嫌がられるかもしれない……。

 

「ほう。坊ちゃん、その顔……何か面白いことを考えておりますな!」

「あ、うん。量が用意できるのだったら、いろいろ使えるぞ、これ」

「そいつは楽しみですな。ぜひ、カイザーフロッグを発見してもらわねばなりませぬな」


 日本ではゴム製品が溢れていた。

 タイヤや窓枠の隙間、はては輪ゴムまで用途は様々だ。ゴム製品が作ることができるとなれば、選択肢が広がるよなあ。

 ゴムがあるなら、もっとありふれていた製品……プラスチックなんかも制作できれば、カンパーランドを中心にブレイクスルーが起きるぞ。

 

「いや、待てよ。何もカエルからとらなくてもいいのか」

「ほう?」

「ある種の植物とか、可能性を探ってみようか。カエルが見つかるならそれでいいんだけど、量産するなら育てることができるものがあれば」

「カエルを飼育するのですかな?」

「それはちょっと……」


 カエルから離れようよ……。

 ゴムといえば、ゴムの木の樹液だったっけ確か。

 

 会話をしている間にもトーレの指は留まることを知らず、正確に繊細に作業を進めている。

 お次は大きなパーツだな。

 

「持ってるだけならできるから、手伝うよ」

「でしたら、そちらの端を持ち上げていただけますかな」

「りょーかい」


 カエルゴムで遊ぶのもおしまいだ。

 さあて、ようやく俺の出番がやってきた。

 

 ところが、背後から渋い男の声がして俺とトーレを呼び止める。

 

「ヨシュア様。私が支えても構いませんか?」

「ルンベルク!」

「不肖なる身ですが、力だけは有り余っております」


 声の主はルンベルクだった。三人の領民を連れた彼は、邸宅で見せるのと同じように深々と頭を下げる。

 ルンベルクにはルビコン川周辺の警戒を任せていたのだから、ここが拠点となっていた。なので、姿を見せても何ら不思議ではない。

 

「哨戒任務ありがとう。首尾はどうだ?」

「はい。現在のところ、周辺地域に危険はございませんでした」

「それでちょうどここへ戻ってきたってわけなんだな。それなら少し休憩してもいいのに」

「いえ。ルビコン川のほとり……つまりこの場所を中心に威力偵察せよと伺っておりました。しかしながら、護衛対象がいるとなれば警戒範囲は限定されますかと」

「確かに言われてみればそうだ。本来、哨戒任務を頼んだのは、領民を危険から守るためだからな」

「左様でございます。屋敷の方にはバルトロが守護しておりますし、距離が離れたここを死守すれば任務は完遂できると愚考した次第です」

「それで、せっかくだからお手伝いを申し出てくれたわけか」


 どうしたもんかな……いや、ありがたく申し出を受けよう。

 ルンベルクだけじゃなく、彼に付き添っている領民三人も手伝いをって雰囲気だし。


「分かった。お願いするよ。俺はトーレの作業を見守りつつ、ガルムたちのところも見るよ」

「この者たちのうち二名を大工作業に向かわせてもよろしいでしょうか? トーレ殿への助力は私ともう一名で事足りるかと」

「その辺は任せるよ。ただし、動き過ぎて倒れないよう休憩を挟みつつ、注意して欲しい」

「慈愛溢れるそのお言葉、このルンベルク。心に深く刻みました」


 片膝をついて頭を垂れるルンベルク。

 あ、また絹のハンカチを手に当てはじめちゃった……。

 

「トーレが待っている。頼むぞ」

「御心のままに」


 は、ははは。変な笑いが出てしまった俺なのであった。


 ◇◇◇


 トーレ、ガルムら、彼らの徒弟を順繰りに回りつつ、時折アルルの様子も見に行っていたらあっという間に日没となる。

 彼らの作業は神速といっていいが、さすがに昼過ぎから初めてだと完成とまではいかなかった。作業は明日に持ち越しだな。

 

 暗くなってきているのに作業をやめようとしない困ったドワーフとノームの首根っこを掴み、屋敷前まで帰還する。

 戻ってきたら、領民たちもそれぞれの作業を終えておりところどころで松明の灯りが見えた。

 未だ野宿を続ける彼らに申し訳ない気持ちになりつつも、なるだけ早く住環境を整備しないと、と決意を新たにする。

 「働きたくないでござる」な気持ちが本心だけど、今はそんなことを言ってらんないのだ……。

 俺だけ屋敷で寝泊まりしているのだもの。

 屋敷に入ることができるだけ領民を迎え入れようとも考えたが、それをすると選ばれた人と選ばれなかった人の間でいざこざが起きかねない。

 子供や年配の人だけでもとも考慮したが、こちらも数が数だけに諦めることに。

 

 なかなかままならないものである……。

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