第16話 現場に向かう件

「それで、エリーの思ったことって何だったんだ?」

「はい。お聞きした限りですと、全ての大通りが交差する場所を大きな広場するのでしょうか?」

「そうだな! 最初はだたっ広いだけに思えるかもしれないけど、憩いの場にしたいな。いずれは露店が取り囲んだり」

「はい! 案といいますか請願といいますか、私の述べたかったことは、広場を前提としております」

「おお? どんなことを?」


 自分の意見をなかなか口にしてくれないエリーが一体どんなことを考えたのか興味深い。

 ベンチを置いたりとか、水飲み場、広場に沿って何らかの公共施設を置くのもいい。

 

「まだ街の名前がヨシュア様から発表されておりませんが、この街の象徴を一番人通りが多い広場に設置してはいかがかと愚考した次第です」

「お、それはよいな。エリーとアルルに任せてもいいかな? 形にするのはガラムやトーレがやってくれるさ」

「いいのですか! そのような大事……私とアルルが担っても」

「負担にならなきゃだけど……」

「是非! 必ずやこの街の象徴として永遠に語り継がれるようなものにしてみせます。幸い、ガラム様とトーレ様がいらっしゃいますので」


 思った以上に喰いついてきたあ。

 街の象徴を作成する作業は、もちろん大変な作業だけど楽しみもあると思うんだ。

 頑張ってくれているエリーとアルルへのご褒美のつもりでお願いしてみたんだけど、喜んでくれたようでよかった。

 

 アルルとエリーが目を合わせて微笑み合う微笑ましい姿に思わず頬が緩む。

 エリーの頭の中には既に案があるのかな。俺がもし作るとしたら凱旋門かなあ。アーチを使った建築はガラムとトーレならば容易い。

 あの二人はそれぞれ得意分野があるとはいえ、こと「制作」ということに関しては全て卒なくこなしてしまうんだよな。

 分業が進んでいないこの世界だからこそ二人のような万能選手が存在するわけだが、長年の経験あってこそだろう。

 得意分野だけに特化した職人も多いと聞く。


「アルルも頼んだぞ」

「はい!」

 

 猫耳をぴこぴこ、尻尾をピンと立てたアルルは満面の笑みを浮かべピシっと元気よく右手をあげて応じた。

 しかし、俺はこの時のことを後から後悔することになる。この時の俺はまさかこんなことになるなんて想像だにしていなかったのだ。

 

「俺からの報告は以上だ。みんなの報告は明日聞くつもりだったけど、緊急で伝えておくことはあるか?」

「私からは緊急と言えるほどのことはございません」

「俺も少し気になることはあったけど、今すぐにってわけじゃあないかな」

「私はございません」


 上からルンベルク、バルトロ、エリーが続く。

 ふむ。想定外のハプニングは起こっていないようで何よりだ。

 

「それからバルトロ。一旦戻ってきてもらったわけだし、任務を変更してくれないか」

「おう。何をすればいい?」

「街の区画に沿って大通りになる部分に家を建てないように指示を出してくれ。その後は日が暮れるまで、外周へ石灰で印をつけてきて欲しい」

「あいよ! 何か不測の事態が起こったら駆け付けることができるようしておけばいいんだな」

「さすがバルトロだ。そこまで気を回してくれてありがたい。笛か何かを領民に持たせておけばいいか」

「分かった。任せてくれ」


 エリーは引き続き、領民の手伝いを。ルンベルクは昨日と同じポイントで警戒に当たる。

 俺、俺はだな。絶対に作業を始めちゃっているトーレとガラムを追いかけることにしたんだ。

 一応、発案者が俺だからな、見届けないと。

 いや彼らの技術力には何ら不安を抱いていない。だけど、暴走していないか心配でならん。

 きっとセコイアも現地に行っているだろうから……ああああ。やばい予感がする。

 

 ◇◇◇

 

 アルルを後ろに乗せ、カッポカッポと馬で現地まで向かう。

 あ、ルンベルクとも同じ方向だったから、共に行けばよかった。

 

「アルル。しっかり掴まって」

「でも。ヨシュア様」


 後ろに騎乗しているというのに、アルルはどこも掴んでいない。


「ほら」

「あう」


 手綱から片手を離し、後ろに手をやる。

 彼女はおずおずと俺の手を取った。そのまま彼女の手を引き、俺の肩か腹を持つように促す。


「いいのかな……」

「もちろん。しっかり掴まっていろよ」

「はい!」


 べたーっと俺の背にアルルが張り付く。

 いや、そこまで張り付かなくてもいいんだけど……ま、どこも掴まないよりはマシだ。

 外行きってことで俺は革鎧を装着しているから、彼女の柔らかさが何一つ伝わってこないことだし。

 逆に言えば、彼女も気にしなくて大丈夫だろ。たぶん。

 

 よおっし。もう二回目だから道もバッチリだ。つっても、ほぼ一本道なんだけどね。

 いずれはここも、道が整備され走りやすくなるはず。

 

 ほら、もうルビコン川が見えてきたぞ。


「ヨシュア様。アレは?」

「目がいいな。俺にはまだ朧げにしか見えないけど、きっとあれは水車だな」

「くるくる」

「もう完成させちゃってたのか」


 日本と異なり機械なんて一つも無い。全て手作業なはずなんだけど……僅か一日で形にしてしまうとは、ガラムたちの本気恐るべしだな。

 

 ◇◇◇

 

「おー。ヨシュアの。待っとったわい」

「ヨシュア坊ちゃん。これから良いところですぞ。ですぞ」

「ヨシュア。ボクも後ろに乗せるのじゃ」


 だあああ。到着するなりガラム、トーレ、セコイアが一斉に声をかけてきて何がなにやら。。

 ガラムとトーレはともかく、最後のセコイアのセリフは何だ?

 

「セコイア。ここが目的地だから、俺は馬から降りるのだが?」


 と言いつつ、ヒラリと馬から降りアルルの手を取……らずともひょいっと彼女は下馬降してしまった。

 さすが猫族。超身軽である。

 

「ヨシュア―」

「だああ。後だ。後。まずは状況を確認させてくれ」


 迫りくるセコイアの額を手のひらで押す。対する彼女は足をジタバタさせて頬を膨らませた。

 まずここにいる人員から。

 ガラムとトーレに加え、彼らの徒弟が二人か。残りは伐採チームの手伝いをしているのだろう。

 一応彼らもまだ理性が残っていたようでほっとした。

 全員をここに連れてきていたら、慌てて半分を引き戻していたところだよ。

 いかなる時も重要度を誤ってはいけない。まずは衣食住を整えないと、長期的に生活を行っていくことが難しくなるから。

 今はまだいい。何もないところに来た高揚感で、野宿が続いても高い士気が維持できている。だけど、それは一時的なものに過ぎないんだ。

 

 お次は作業状態の確認だ。

 川には一基の水車がもう設置されていた。

 ところが、二人の徒弟が水車に手をかけ、取り外そうとしているではないか。

 川岸には水車の部品となるギアやらがゴロゴロ転がっている。


「トーレ。あの水車は鍛冶用だよな?」

「ですぞ。まずは水車として機能するか確かめたところですな」

「なるほど。先に鍛冶用の建物を作らなきゃだものな」

「材料なら既に揃っておりますぞ」


 トーレが白い髭を片手でしごぎながら、もう一方の手で右側を指さす。

 うお。気が付かなかった。

 丸太がこれでもかと積み上げられているじゃあないか。それに、石灰や細かい石まで揃っている。


「水車の軸は鉄かミスリルで作りたかったんだがの。炉がないからのお。木製なのだ。そのうち作り替える」


 準備の良さに目を剥いていたら、待ちきれなくなったのかガラムが俺に声をかけてきた。


「これからガラムと協力し、突貫工事をいたしますぞ。炉だけでも先に」

「おうよ。そんなわけだからの、ちいと待っててくれ。ヨシュアの」

「う、うん」


 いや、ちょっと待つくらいで出来上がるもんでもないだろうに。

 この分だと暴走しなさそうで、安心したよ。

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