第9話 不毛という言葉に偽りがなかった件
三人が動き始め、俺とエリーの二人が残された。
睫毛を伏せ、お腹の下の方でギュッと両手を組みうつむいている彼女へ声をかける。
「エリーには子供たちの様子を見て来てもらおうと思ったけど、残ってもらわなきゃいけなかったから」
「私が?」
「うん。だって、誰か一人は俺の護衛につくんだろ? これからここに残った人たちの様子を見に行くつもりだからさ」
「はい!」
全く、自分から護衛を申し出てたんじゃないか。自分だけ指示がなかったことに落ち込んでいたのかな?
だけど、住民の人たちに危険はないと言っているというのに念には念をの精神を忘れないハウスキーパーたちだから。
といっても、もしモンスターやらが襲撃してきたとして……作業中ではあるがこれだけの人数がいるんだ。撃退するのも難しくないだろう。
でも、ハウスキーパーの四人が過剰とはいえ、俺のことを案じてくれることを嬉しく思っている。
心配性なハウスキーパーたちを思い、「やれやれ」と苦笑した。
「そういや、エリー。他のみんなもそうだけど」
「何か不測の事態でしょうか……申し訳ありません。私には殺気を感じとることができておりません」
どうやら苦笑したのが裏目に出たようだ。残念ながら、俺に危険察知能力なんてない。
どこをどうしたら殺気とかそんなお話しになるのか意味が分からないけど、説明を求めても分からないと思うのであえてシンプルに聞き返すとしようか。
「危険はなにもないと思うよ?」
「そうでございましたか」
ここは世紀末な無法地帯じゃないんだってばあ。あ、でも、無法なことは確かか。
いずれ最低限の決まり事くらいは決めておかなきゃならんな……。
それはともかく、歩きながらふと思い出したことをエリーに尋ねようと思ったんだよ。
「足音、全く立てないよな。ルンベルクからは執事のたしなみと聞いているんだけど、庭師やメイドにも必要なことなの?」
「修練……いえ、訓練は必要です。足音を立てていては気が付かれ……いえ、ご主人様のお耳を煩わせます」
「そ、そっか……俺には無理そうだよ」
随分前にルンベルクから聞いたことだったから記憶があいまいだったけど、この世界のハウスキーパーはどんだけ過酷なんだよって話だ。
猫族のアルルは種族的に忍び足が得意そうだけど、他の三人は俺と同じ人間なんだぞ。
そもそも足音を立てぬように走るとかどうやるんだろう。そろりそろりと歩けば俺でも何とか……ならんな。今住んでいる館だと床がギシギシといってしまう。
「ヨシュア様はどうかそのままでいてくださいませ。あなた様の頭脳と慈愛溢れる高潔な精神、まさに神がこの世につかわせたお方なのだと。私はヨシュア様をお護り……お仕えできてこれほど嬉しいことはございません」
「お、おう。これからもよろしくな」
「はい。この命に代えましても」
重い、重いってえええ。この世界のメイド。
ぶっそうな言葉が混じっているけど、頬を上気させてほおっと息を吐くところじゃないよね?
は、ははは。乾いた笑いが出てしまったが、これ以上この件に突っ込むのはやめておこうと思う俺なのであった。
◇◇◇
おおー。すげえ。この人数だとやっぱり早いな。
ガンガン木を伐採している様子を眺めながら、感嘆の声を出す。
まばらに生えているとはいえ、百メートル、二百メートルの範囲で見れば結構な数の木を切り倒すことができる。
切り倒した木は即別の人が枝を落とし、丸太にしていく。丸太の多くはノコギリでぎーこぎーこして板になっていった。
うんうん。丸太は丸太で使いどころが沢山あるからな。
「苦しゅうないぞ。よきに計らえ」なんてことを思い浮かべ、にやにやと口元が緩む。
みんな汗水たらしているというのに俺はぼーっと見ているだけで少し気が引ける。
ところが、厳しい顔をしたトーレがやってきて状況が一変してしまう。
「何か問題があったのか?」
倒れてきた木にぶつかっちゃって怪我をしたとか。
ハラハラしていたんだけど、トーレが語ったのは、俺の想像と全く異なる内容だった。
「無いんですぞ」
「無い?」
「そうですぞ。『燃焼石』が全くもって見当たらないのですぞ」
「え……まるで、これっぽっちも?」
「まさしく。ガラムが若いのを連れて、川の方まで探索してくると探しにいきましたぞ」
「マ、マジか……」
「もしや、入植できなかった理由は燃焼石なのかもしれませんな」
有り得る。
燃焼石が無ければ、生活の根幹から変わってしまう。
公国内の感覚で言うと、掘ればザクザク出て来るイメージなんだ。
その辺を転がっている石を幾つか見れば燃焼石が見つかるほど、ありふれたものだったんだけど……。
「見間違うはずもないよな?」
「もちろんですぞ。念のため、小石に対し片っ端から魔力も通してみましたが、まるで反応がありませんでしたな」
「う、うーん」
俺の考えるようなことは既に実行済みかあ。
燃焼石は体の中に巡る魔力を少し通すだけで、文字通り「熱」を発する。
魔力ってやつはこの世界だと誰でも体に内包していて、誰でも使うことができるんだ。
所謂魔法ってやつを使うには適性がないとダメだけど、誰だって微弱な魔力は流れている。
魔力について詳しくはないが、生物の体を動かすエネルギーの一部だって話だ。つまり、食事をとって活動してりゃあ誰でも魔力を保持することになる。
人も動物も生きとし生ける者全てが魔力を持っていると言っていい。
「燃焼石を取り寄せますかな?」
「いや、最初から生活の根幹になるところを他国に頼りたくない。他で代用しよう」
「ほっほっほ。さすが賢王と呼ばれるだけありますな! 木炭でも作りますかな」
「うん、まずは木炭を作ろう。煮炊きも木炭でできる」
「薪から木炭を作っておきましょうぞ」
「頼む。大量に必要だと思うから」
「お任せあれ」
春でよかったぜ。晩秋なんかに追放されていたら後がなかった。
すぐに愉快愉快とカラカラ笑いながら、トーレが指示を出しに向かう。
彼はあえて言わなかったけど、分かっているさ。木炭だけじゃあ足りないってことはな。
「エリー、馬を準備できるか?」
「はい。ヨシュア様のお乗りになる馬は常に確保してございます」
「できれば馬車がいいが、ここからルビコン川まで馬車で走ることができるか聞いとくんだった」
「問題ないかと思います。お屋敷に戻りましょう」
「そういや、公国からここまでも馬車できたものな」
公国からの道中、なかなかに荒れた場所もあった。
存外馬車ってのは頑張れば走ることができるってことだ。
「はい。ここからルビコン川までの距離はルンベルク様から伺っております。平坦ですし」
「分かった。すぐに行こう」
「承知いたしました」
エリーはお腹の上に手を添え、深々と頭を下げる。
◇◇◇
途中でガラムを拾い、ルビコン川へ向かう。
馬車で行きたかったのはこれが理由だ。
すぐにルビコン川へ向かうこともなかったんだけど、伐採の様子を眺めているよりはよいだろうと思ってね。
ガラムを拾ってからものの10分ちょっとくらいで、川に到着する。
聞いていた通り近いな。これなら屋敷はそのままでもよさそうだ。
だけど、街の中心、基幹になるのはここルビコン川のほとりであることは間違いない。
馬車から降り、ルビコン川の様子をしげしげと観察する。
川幅は聞いていた通り20メートルほど。流れの速さはなかなか。深さはそれほどなさそうだ。
「ヨシュア様?」
腕を組み不気味に頷く俺へエリーが無表情のまま問いかけてくる。
「うん、これならいけそうだ。ガラムは?」
「そちらに」
さっそく川原で燃焼石を探し始めたガラムとその弟子たちだったけど……見つけるのかなあ。
「燃焼石を発見できればラッキー。発見できない前提で事を進めようと思っているんだ」
「それでルビコン川に?」
「うん。水車を作ろうと思ってさ。これだけ水の流れがはやいなら十分だ」
生活基盤を整えるために数台の水車が必要になる。
ルビコン川の自然の恵みを利用させてもらおうじゃないか。
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