第10話 向こう岸に渡りたい件

「水車を作るのかの?」

「うん。ガラムさんとトーレさんならできると思って」


 水車という言葉に反応したガラムがこちらに声をかけてきた。


「ほう。ヨシュアの、のことだ。また面白いもんを見せてくれるってわけか。ガハハ」

「セコイアにも協力してもらわないとな。まずは水車を一基。作れるのなら三基くらい」

「任せろ。すぐに作ってやる。弟子の修行にもよい」

 

 ドンと胸を叩き了承するガラム。

 うお、その場で木を切り倒し始めちゃったよ。

 

「木材って乾燥させないとダメなんじゃなかったっけ?」

「いかにも。儂がそのことを見逃すとでも?」

「魔法か何かで乾燥させるのかな」

「おうさ。ドワーフに伝わる魔法は『ものつくり』に役立つ魔法ばかりだからの。すぐだすぐ。夜までには水車を完成させとくわい」

「すげえな……ガラムの本気」

「ガハハハハ」


 木材を乾燥させるなら、トーレたちにお願いしている伐採の方を頼みたいんだけど……あ、もうダメだ。話が通じる状態じゃなくなってしまった。

 やれやれと苦笑したら、俺の姿をじっと見ていたエリーが心配そうに俺の名を呼ぶ。

 

「ヨシュア様……」

「ガラムたちはこのままで。あ」

「どうかされました?」

「向こう岸が少し気になってさ」


 ルビコン川の向こう岸を指さす。

 エリーは俺が何を言わんとしているのか分からない様子で首をかしげる。

 

「崖がございますね」


 確かにエリーの言う通り、向こう岸からそう遠くないところに切り立った崖がある。

 ルンベルクの報告にあった崖はこれのことだろう。

 崖の高さはおよそ200メートル。角度も70度近くあって、そのまま登るには無理そう。

 

「崖も気になるんだけど、ほら、見てみなよ。向こう岸は年季の入った木が無いだろ」

「言われてみますと、そうですね」 

「距離が近いからさすがに生えている雑草とか木に関しては似たようなものなんだけど」

「……よくそのようなことに気が付かれましたね! さすがヨシュア様です!」


 どうやらエリーも気が付いたようだ。


「そう。向こう岸は何らかの原因で一度植物が壊滅しているんじゃないかって思ったんだ」

「それがご興味の理由だったのですね」

「うん、その原因が『当たり』の原因だったとしたら、よい素材が手に入る」


 向こう岸まで20メートルか。

 水深がそれほど深くなさそうだし、歩いて渡河するかなあ。

 何も今俺が行かなくてもいいんだけど、俺にもガラムみたなところがあるみたいだ。

 気になったら、もう確認したくて仕方なくなってきた。

 

 よっし。

 川岸でしゃがみ込み、指先で流れる水に触れてみる。

 冷たい! 夏にはまだまだ遠い早春の季節。泳ぐにはまだまだ早いな。

 

「そのまま川を渡られようというのですか?」


 俺の隣に太ももを揃えてしゃがんだエリーが小さく首を横に振る。


「ちょっと冷たいかなあ」

「いけません! 風邪を引かれたらどうされるのです!」

「小舟か何かを作るか、いっそ橋を渡してしまうか」

「ヨシュア様。どうぞここへ」


 頬を赤らめたエリーが両手をお尻当たりに回し、しゃがみ込んだ姿勢のまま背中を向ける。


「いや、それはちょっと……」


 エリーが俺をおぶさって向こう岸まで運ぼうとか本当にやめてくれ!

 逆ならまだいいけど……。

 

「私では頼りないでしょうか……」

「あ、う、え、ほら、川の深さがどれくらいかわかないし。俺がおぶさったとしても結局濡れちゃうかもしれないだろ」


 やった。うまく理由をつけた。ナイスだ俺。


「……ヨシュア様がお恥ずかしいかもしれないと思い、背負えばと愚考したのですが」


 今度は立ち上がったエリーが姫抱きのポーズを取る。

 いや、その発想から離れよう、な。

 水深があるかもしれないから、濡れるってお話しがどうやら彼女には聞こえていないようだ。


「いや、だから結局濡れちゃうだろって」

「そのことでしたか。てっきり背負うのがお嫌なのかと。心配ございません。私はメイドです。その点はご安心を」


 エリーが下腹部に両手を添え、メイド然とした礼を行う。

 「メイド」と「ご安心」が全く繋がらず意味が分からない。

 ……こりゃあ何を言っても通じ無さそうだ。同じことを話しているはずなのに、彼女と俺の見ているものが違い過ぎるような?

 仕方ない。

 

「分かった。エリーに任せるよ」

「では、失礼いたします」


 膝に腕を通され、あっという間に姫抱きされてしまった。

 エリーの顔が近く、彼女の髪から漂うかおりにドキリとする。

 彼女は彼女で男を姫抱きするのが気恥ずかしいのか、俺と目を合わせようとせず頬を染める。

 

 しかし、こんな細い腕でよく俺を持ち上げることができるな……。

 俺は男としてそれほど背が高いほうではない。体格ももやしっ子だ。

 だけど、彼女は背丈も俺の耳辺りまでしかないし、体つきもスレンダーで折れそうなほどなんだよ。

 

「行きます」

「ぬお」


 後ろへ少し下がったエリーは数歩踏み出し、加速すると右足を踏み込み――。

 高く跳躍した!

 

 うおおおお。マジかよおお。

 飛んでる。俺、飛んでるよ。

 

 ストン。

 向こう岸に着地した彼女は、ゆっくりと俺を地面に降ろす。

 

「ヨシュア様、濡れませんでしたでしょうか?」

「う、うん。メイドって凄いんだな……」

「いざという時、ご主人様をお連れするために必要なことです」

「そ、そうなんだ……は、はは。アルルもこうぽーんと飛ぶのかな」

「アルルは猫族故にヨシュア様をお抱えし、これほど跳躍することはできません。申し訳ありませんがご了承ください」

「いや、飛ばなくていいからね」


 まさかメイドだからご安心がこう繋がるとは思ってもみなかったわ!

 驚きだよ。この世界のメイド、怖いよ。マジで。

 は、ははは。あんまりな事実に乾いた笑い声が出てしまう。

 

「ですが、ヨシュア様。アルルにはアルルの力がございます。彼女は猫族故、夜目が利きます」


 苦笑した俺をアルルにガッカリしていることだと勘違いしたエリーが、彼女をフォローしてくる。

 

「それはすごいな! 夜にいきなり野盗が襲撃してくるかもしれないものな」

「はい!」


 いつも控え目に笑うエリーは、華が咲いたような満面の笑みを浮かべる。

 同僚のアルルが褒められたことが、自分のこと以上に嬉しいのだろう。

 そんな彼女の様子を見た俺は、彼女がメイドでよかったと思った。人のことを自分以上に喜べる人なんて素敵じゃないか。

 

「それじゃあ、さっそく調べてみるよ」


 川岸から少し離れたところで、腰のポーチから小さなスコップを取り出す。

 その場で腰を降ろし、地面を掘ってみた。

 ふむ。これだけじゃすぐに分からん。とりあえず、この土は持ち帰ろう。

 

「エリー、崖のところまで行ってもいいかな」

「お供いたします」


 ついでだ。崖の岩も採取しよう。

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