第8話 賽は投げられた件
※ 大変失礼いたしました。一話飛んでました。別の意味で不毛の大地だった件からの続きになります。
二人の親方は新人弟子たちを連れさっそく動き始めた。
俺はといえば、エリーを連れ演壇のところまで戻るつもりだ。
「ヨシュア様、次は何を」
「そろそろ、ルンベルク、バルトロ、アルルたちのチーム分けが終わっていると思うから」
「指示を出されるのですね! 頼もしいです」
僅かな微笑みを口元に称えたエリーが控え目にぐっと手を握りしめた。
実作業をする方が好みなんだけど、俺より作業経験がある農家や職人の方がずっと頼りになる。
何事も適材適所……俺は頭を動かすことでみんなを働きやすくすることに注力すればいい。
指導力がある方ではないけど、俺を慕ってきてくれたのだ。
ならば、何かして欲しい場合は俺から頼まねばならないだろ。
なんていろいろ理由をつけているけど、ひょろひょろだから力仕事はこなせないってのが本音である。情けないことに。
えっと、ルンベルクたちは……お、いたいた。
予想通り、グループごとに別れひと塊になっている。
「ルンベルク、バルトロ、アルル」
「ここに」
「はーい」
「おうー」
三者三様に応じ、俺の前で一礼した。
礼の仕方も彼らの特徴が出ていて、一斉に礼を行うと変な話だけど少し和む。
ルンベルクはビシッと貴族も真っ青の美麗なものだし、反対にバルトロはいよおって右手をあげた挨拶みたいな感じだ。
アルルはスカートの両端をちょこんと摘まみお辞儀をする。これもまた、エリーの斜め四十五度バシッという礼と好対照だと思う。
「アルル。農業チームを半分に分け、キャッサバ集めと耕作地の選定を……いや、耕作地は昨日から準備しているところでいい。もう半分の人たちは木の伐採へ行ってくれ」
「承知。です」
耳をピコピコさせて頷きを返すアルル。
でも、何かを思いついたかのように尻尾がパタパタ振れる。
「アルルはキャッサバの方に。根っこを集めてくれ。集めたものは俺が後から見る」
「伐採は? どうされます?」
そういうことか。
まだ彼女には親方たちのことを伝えていなかったものな。
「そっちは大丈夫だ。ドワーフの親方であるガラムに話を通してある。あとは彼らがいい感じにやってくれるさ」
「はい!」
親方たちは畑が違えど、超一流の職人たち。憂うことは何もない。
「次はルンベルク」
「ハッ。ここに」
片膝をついて、引き締まった顔になるルンベルク。
眼光が鋭すぎて怖い……もうちょっとリラックスしようって言ったじゃないか。
ま、まあ。これがルンベルクだから、無理にどうにかしようとするより伸び伸び動いてもらった方がいい。
「北にある川へ馬で向かってくれ。馬ならすぐだよな?」
「はい。人数はいかほどで」
「それほど多くなくていい。馬の数に限りがある。やって欲しいことは威力偵察だ」
周辺を探索しつつ、危険な生物がいたら排除して欲しいということだ。
川が近くにあったのは幸いだった。もし、水源が近くにないようだったら、最悪この屋敷の退去も視野に入れていたところだからな。
「偵察の範囲はいかほどになさいますか?」
「そうだな。とりあえず馬で10分くらいの範囲でいい。川のほとりを拠点にしようと思う」
「生活には水源が必要、ということですね」
「うん。川……名前が欲しいな」
「ヨシュア様が名付けられてはいかがでしょうか? ここは未開の地、川にもまだ名はありますまい」
うーん。
名前なあ、名付けは苦手だ。
「ヨシュア様。不躾ながら、もう一つお考えいただきたいことがございます」
「ん?」
エリーがおずおずと言った風に提言してくる。
俺に提言するのが余程気が引けるのか、彼女は口をつぐんだまま声を出せずにいるようだった。
「意見は何でも言って欲しい。一人より二人、二人より三人だ」
「は、はい。では失礼して。この地は街にされるおつもりなのでしょうか?」
「うん。まだ人が増えるかもしれないから、しっかりした設備を整えようと思っているよ」
「そうですか! でしたら、街の名前をお決めしていただいた方が良いかと愚考いたします」
「あ、うーん」
街の名前か。「ザ・タウン」とかでも俺はいいんだけど、街で暮らす人たちにとって気持ちいいものではないだろう……。
川はともかく、街の名となれば少し準備というか儀式が必要だな。
あまりやりたくないんだが、慕って集まってくれた人を抱え込むと決めた。だから、腹を括らなきゃだよな。うん。
「あ、ダメな提言なんかじゃないからさ。そんな顔をしないで欲しい」
「そ、そうだったのですか。申し訳ありません」
「街の名前となるとみんなの前で宣言した方がいいと思ったんだ。ここはみんなが住む街になるのだから」
「ヨシュア様! その民衆一人一人に対する慈愛……素敵です!」
「は、はは。あ、そうだ。川の名前は今思いついた」
「川の名前」という発言に対し、じっと真っ直ぐに俺を見つめてくるエリー。
アルルは耳と尻尾をピンと立て目を輝かせているし、バルトロは無精ひげに手をあて聞き耳を立てていた。
ルンベルク? 彼は肩膝をついたまま眉があがり一言一句聞き逃すまいといった様子である。
「川の名前はルビコン川とする。ここから始まるって意味を込めて」
「その名にそのような意味が。このルンベルク。しかと心に刻みました」
肩をぶるりと震わせたルンベルクが右手を胸に当て、頭を下げた。
ルビコン川の意味と言われても、この世界の人たちに分かるわけがない。だけど、それがいいと思ってこの名をつけたんだ。
ルビコン川とは、古代ローマの英雄カエサルの言葉が有名で日本でもよく知られている。
当時、ローマとの境界線になっていたルビコン川を渡ることに躊躇した兵士に対し、カエサルがこう言った。
『ここを渡れば人間世界の破滅、渡らなければ私の破滅。神々の待つところ、我々を侮辱した敵の待つところへ進もう、賽は投げられた』
この故事が転じて、「ルビコン川を渡る」とは「重大な決断を下すこと」の例えとして使われている。
俺が込めたかった意味とは、この地からまた改めて始めるんだという決意だ。
といっても、こんなの気恥ずかしくて誰からも知られたくない。そういう意味で、ルビコン川は最適だったってわけだよな。
川の名前を聞くたびに、思い出せる。ここから全てが始まったんだってさ。
もちろん、忙しかった過去を懐かしむ時は、だらだらと惰眠を貪っている時でありたい。
「さあ、この話は終わり。次はバルトロ」
気恥ずかしくなって、頬が熱くなる。それを誤魔化すように彼の名を呼ぶ。
「おう。俺は何をすればいいんだ?」
「バルトロには西か南の荒地か東の森林、どこかの探索と採掘を頼みたい」
「採掘? 石をとってくりゃいいんだな」
「うん。ついでに黒い池とか変わったものが無いか見て欲しい。あ」
「ん?」
「行くなら、足手まといかもしれないけど、セコイアもつれていってもらえるか?」
「お安い御用だぜ。俺の乗る馬に乗せる」
「助かる。人数は任せるよ」
「あいよ!」
セコイアはエルフほど森での感知能力に優れているわけじゃないけど、彼女の好奇心はきっと探索の助けになる。
俺の言う「変わったもの」ってところを最もよく理解しているのが彼女だ。
鉱石でも砂でも、草木や水でさえ、彼女は興味を持って接してくれる。周辺にどんな資源があるかによって、いろいろやれる手段が変わってくるからな。
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