第7話 別の意味で不毛の大地だった件

※こちら差し込み分となります。


 あ、そういうことね。姿が見えないと思ったら、群衆から少し離れた位置にいたわ。

 馬車の傍で円を描くように座った親方とその弟子らしき人たちが。

 まだ昼にもなっていないというのに、すっかりできあがっていらっしゃる。


「おー。ヨシュアの。本当にこんな辺境に来たんだのお」


 赤ら顔で髭もじゃのドワーフがビールグラスを掲げ、こっちへ来いと手招きしてきた。


「まー、まー。座るといいですぞ」


 どうしたもんかと思っていたら、俺の袖を引くこちらも白い髭を生やした三角帽子を被ったノームの親方が。

 ノームの彼は俺の腰くらいの背丈しかなく、耳がピンと尖り、ほっそり小柄で目にかかるほどの白い眉毛を生やしている。

 でも彼の皺だらけの指は誰よりも器用に動き、眉毛に隠れて見えているか分からない目も時折眼光鋭く輝きを放つのだ。

 ただし、興味を持ったことに限る。

 

「一体ここへ何しに来たんだよ。酒宴か?」

「んなわけなかろうて。辺境に行ったと聞いての。ほれ、作るんじゃろ。いろいろ面白いもんを」

「ですぞですぞ」


 ドワーフがガハハと腕まくりしてビールを一息で飲み干す。

 一方でノームは手をワキワキさせ、嫌らしく嗤う。


「ガラムさんも、トーレさんもルーデル公国の店はどうすんだよ」


 困ったように肩を竦め、暗にとっとと戻れと二人に諭す。


「なあに。ここに来たのは儂とひよっこ三人だからの。店の心配はせんでええぞ! ガハハ」


 ドワーフのガラムがそう言って豪快に笑えば、

 

それがしもですぞ。ですぞ。ほっほっほ」


 ノームのトーレも朗らかに笑う。

 親方二人以外に全部で6人いる。彼らが修行を始めたばかりのひよっこってわけか。

 ドワーフは若手か若手じゃないか分からないが、人間や他の種族も混じっている。人間の男……いや少年の姿からして、彼ら6人が若手ってことが分かった。

 

「まさか、子供にも飲ませていないだろうな」

「当たり前じゃ。トーレも飲んどらんぞ」


 懸念を口にすると、ガラムがドンと胸を叩き更なるビールを注ぐ。


「一人でこんだけ飲んでたのかよ……」

「同族の二人は飲んどるぞ。我らドワーフにとって、酒は食事だからのお」

「分かった分かった」


 ダメだこいつ、はやく何とかしないと。

 赤鼻のドワーフと問答しても、まともな判断力を備えていない。

 ならば、素面しらふのトーレと話すことにするか。

 

「トーレさん、ここは不毛の大地だって知ってて来たのか? 畑どころか家さえもないんだぞ」

「ほっほ。だからこそですぞ。貴殿が何をするのかもうワクワクが止まらんですぞ」

 

 俺にとってありがたい申し出であることは間違いない。

 公国に残してきた彼らの店が心配なところではあるが、本人以外の職人はみんな残っているというし。


「全く……分かったよ。不毛と聞いていたが、作物はありそうだし。食べ物は何とかなる」

「さすがヨシュア坊ちゃん。不毛なのはそれだけじゃありませんぞお。魔石がないと噂ですぞですぞ!」


 嬉しそうに片眉をあげるトーレ。

 一方で俺は茫然としてしまった。


「マジか……」

「ほっほっほ。貴殿ならどうするのか楽しみですぞお」


 そっかあ。魔石がないのかあ。


「ま、何とかなるだろ。しばらくは灯り、汚物、水道などなどを我慢してもらうしかないな」

「ガハハハ。それくらい、どうとでもなろう。本来、夜とは暗いものなのだ!」


 ガラムは飲んでるだけじゃなくて、ちゃんと会話を聞いてたのね。

 魔石というのは、電池みたいなものだ。電気の代わりに魔力を内包していて、魔石にある魔力を使うことでランタンに明かりを灯したりすることができる。

 魔石を使うアイテムのことを魔道具と呼び、冷蔵庫みたいな保温、冷蔵の魔道具とか、汚物を浄化する魔道具なんてものがあるんだ。

 生活を便利にする点においては必須だけど、無くても何とかなる。  

 魔石がないなら、別の手を使えばいい。幸い、あのロリ狐セコイアもいることだし、実験済みだ。うまくいくかは試してみないと分からないけどな。

 

「ヨシュア坊ちゃん、某らの準備は万端ですぞ。ささ、はじめましょう」


 トーレはポンと膝を叩き、立ち上がる。

 彼に付き従うように三人の徒弟たちも彼の後ろに並んだ。


「ギフト持ちの人はいるのかな?」

「一人いますぞ。余り有用なギフトでは無いがねえ」

「へえ、どんなギフトなんだ?」

「『浄化』ですぞ」


 トーレが徒弟三人のうち明るい茶色の髪をした少年の背中をポンと叩く。

 少年はへへっとばかりに鼻の頭を指でさすり首をかしげた。


「浄化っていうと、水を綺麗にしたりする?」

「う、うん! 色水を透明な水にしたりできるんだ!」


 トーレに代わって少年が緊張した面持ちで応じる。 

 ほお、なるほど。そいつは――。

 

「『使える』な」

「ほんと!? 魔道具があるから、遊び以外で使ったことないんだ」

「その時が来たら、頼むよ。俺の想像通りなら、相当『使える』。頼んだぞ、えっと」

「おいら、ネイサンって言うんだ。よろしくな、ヨシュア様」

「おう!」


 ネイサンの癖っ毛を撫で、彼の肩をポンと叩く。

 

「といってもギフトは後だ。まずやってもらうことは決まっている」

「ほお。どのように(ネイサンのギフトを)『使う』のか楽しみにしておきますぞ。まずは、となりますと伐採ですかな」


 さすがトーレ。分かっているな!

 言うまでもなかったか。


「その通り! 何をするにも木材が必要だ。切って、切って、切りまくるのだ。他の人とも協力して」

「道具はちゃんと持ってきておりますぞ。ふぉふぉふぉ」

「頼んだ。細工仕事はその後で頼むよ。いっぱいやって欲しいことがあるから」


 トーレとがっしりと握手を交わし、笑いあう。

 彼の領分は細かい細工仕事だ。家具作りから細かい部品作りまで幅広く対応できる。

 

「儂も木こりをするかのお」


 よっこらせっと地面に手をつき立ち上がったガラムは未だビールを離さない。

 といっても彼の足どりは確かなようだから、大丈夫そうに思える。


「ガラムたちには別のことをやってもらいたい。スコップとツルハシだ」

「ふむ。何をするにも工房が必要だからのお。相分かった。石灰と燃焼石かの」


 酔っ払っていても頭脳は明瞭に動いているようで何よりだ。

 彼は工房というが、住宅を作るにも石灰があったほうがいい。石灰を元にモルタルを作れば家作りが捗るからな。

 さくさくと家を作ってしまいたいから、素材に関して現時点で木材とモルタルをと思っている。

 もう一つの燃焼石は生活必需品で、薪の代わりになるものだ。数を使い炉に放り込めば鉄をも溶かすことができるようになる。

 魔石と異なり、燃焼石が無ければ相当面倒になるんだよな……でも、燃焼石はそこら中に転がっているものだからすぐに発見できるだろ。


「うん、まずはこの屋敷が見える範囲で探してもらえるか」

「相分かった。無ければ探索範囲を広げるのかの?」

「その時は探索チームに協力してもらう。うちの執事ルンベルク庭師バルトロに相談して欲しい」


 ガラムともがっちりと握手を交わし合い、お互いにニヤリと口角をあげる。

 

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