第6話 三倍に増えた件
朝食を食べた後は、屋敷の庭に繰り出す。
先に出たルンベルクとバルトロに集まった人を庭に集めるよう頼んでおいた。
さすがに二人は仕事が早い。それほど時間をかけず外に出たというのに、庭にはもう人が集まっている。
「あ、え……」
変な声が出てしまう。
「どうかなされましたか?」
一歩後ろを歩くエリーの細い眉がピクリと動く。
一方でアルルは猫耳をピンと張り、すんすんと鼻を揺らす。
「殺気。無し」
アルルが怖い事を呟いているが、この中に俺を暗殺しようなんて人がいないことは一目見たら分かる。
それに、ルンベルクとバルトロが群衆の最前列に立って、これ以上前に進ませないようにしているし。群衆との一定の距離は保てている。
問題は、その数だ。
集まった人の数は、ざっと見た感じ昨日の三倍ほどに膨れあがっているじゃあないか!
あ、ルンベルクがハンカチを目に当てている。
そうだよな。いきなりこの人数だと困惑しちゃうよね。うん。
「ヨシュア様、ちゃんとこいつも準備してるぜ」
バルトロが演壇を持ち上げ、ドカッと俺の前に設置しちゃった。
「ありがとう、バルトロ。一人で持ち上げるなんて力持ちなんだな」
「おうよ。庭師たるもの腕っぷしが大事だからな」
ポンと自分の二の腕を叩き、白い歯を見せるバルトロ。
へいへい。分かりましたよ。登りますよお。みなさんの今か今かと待つ視線が痛い。
トントン。
三段の階段を登り、檀上に立つ。
すると、群衆が一斉に腕をあげ大合唱を始めてしまう。
「ルーデル公爵に栄光あれ!」
「ヨシュア様! あなた様あってこその公国です!」
「公爵様!」
「あなた様こそ、我らが主!」
口々にいろいろ叫んでいるが、自分を称賛する声に溢れていた。
もう公爵でもルーデル公国の主でもないんだけどな……。
しかし、肩書や権力を失った俺に対し、ここまでの人たちが集まってくれたことには驚きを禁じ得ない。
せっかく豊かになってきたルーデル公国を捨ててまで……。俺の本心としては、ルーデル公国を十年以上かけ立て直し、ようやく安定した暮らしをできるようになったのだから、そのまま公国で暮らして欲しい。
何かと思うところはあるけど、俺の腹は決まっている。
可及的速やかにインフラを整え、惰眠を貪ることだ。ここでぐばあああっと働いて、一気に終わらせる。
右手をあげると、その場が水を打ったようにシーンと静まり返った。
「諸君。ここには住む家も畑もない。それでも、諸君らはここに留まろうというのか?」
優し気に群衆へ問いかける。
すると、彼らは一様に右腕を天へと突きだし――。
「我らはヨシュア様と共に在ります!」
「ルーデル様万歳! カンパーランドに栄光あれ!」
うん、念のため確認しただけだよ。
何もない「不毛の大地カンパーランド」って知っててここに来ているのだものな。
「作物となるものは既に当たりをつけている。衣食住、そして安全を整えるため諸君らに協力をして欲しい。頼めるか?」
ウオオオオオオオ――!
大歓声が巻き起こる。
ものすごい熱気だ……。これから始まる過酷な労働に涙する者、いや、あれはルンベルクと同じかな。頼られたことに対し、感激しているのだろう。
300人を超えるとなれば、もはや集落規模ではない。
更に人が増えることも想定し、村レベルではなく街レベルの設備を整えるべきだな。
「キミのことだ。ここで新しい街の建設を行おうというじゃろう?」
「そうだな。ん?」
普通に応じていたけど、誰だ?
声のした方に目を向けると、キツネ耳の少女がいつの間にかルンベルクの前まで出てきていた。
うん、彼女ならルンベルクが素通りさせるわけだ。俺は彼女のことを良く知っている。
12歳くらいに見える小柄な少女なのだが、彼女は見た目通りの年齢ではない。
「セコイア。こんなところまで何用だ?」
やれやれとため息をつきつつ、キツネ耳の少女セコイアに問いかけた。
彼女は城で研究に励んでいたはずなのだが……。
「勝手にこんな辺境まで来るとは何事じゃ。ボクとの蜜月の日々をすっぽかして」
「行きたくて来たわけじゃないんだけどな」
腰に手を当てぷううと頬を膨らましているが、騙されないぞ。
セコイアと出会ってから十年近くたつけど、彼女の見た目は変わっていない。
長く生きているからか、彼女は知識欲が凄くてな。俺のいろんな現代知識アイデアを彼女が形にしてくれたことは何度もある。
だけど、それ以上に失敗した時の大爆発とか嫌な記憶の方が多いんだよねえ。
興味を持って何でも率先して試してくれるのはありがたいことだけど。
「やるんじゃろ。カガクトシってやつを。もうワクワクして体の疼きが止まらんのじゃ」
「よ、呼んでないんだけど……」
「何を言うか。ドワーフやノームの親方らを呼んでおいて、ボクだけ放置しておく理由はなかろう?」
「え?」
すっとんきょうな声をあげた俺に対し、セコイアはぶるぶると首を振りだだをこね始める。
「あんまりじゃ。あ、そうじゃろ。キミはそういう趣味趣向があったのじゃな。ほうち……」
「ドワーフの親方だと!」
変な事をのたまいそうになったセコイアの言葉に被せるように殊更大きな声で叫ぶ。
俺の声に反応したアルルがセコイアをお尻で押しやるようにして前に出てきて、スカートを両手の端で摘まみ頭を下げた。
「ヨシュア様。(ドワーフたちを)つれて、まいりますか?」
「いや、俺が迎えに行くよ。アルル。ルンベルクに昨日と同じように協力して、一旦、領民候補をグループ分けしてくれと頼んでもらえるか」
「かしこまりました」
べーっとセコイアに向けて舌を出したアルルが、ひらりと身軽に跳躍し元の位置に戻る。
そこでもう一人のメイドであるエリーと囁き合い、二人揃ってではなくアルルだけがバルトロとルンベルクの元に向かって行った。
「よっし、俺も行くとするか」
「お供いたします」
檀上から階段を降りた俺へエリーがメイド然とした礼を行い、付き従うことを申し出る。
300人くらいの人たちが集まっている中を歩くのだから、危険だと考えたのだろうか。
ここに集まった人たちに危険はないんだけどなあ……。いついかなる時も警戒するってのは理解できるけど。
エリーをじとーっと見たら、彼女が涙目になって俺を見上げてくる。
「ご迷惑でしたでしょうか……」
「い、いや。護衛なのかな」
「私では心元ないことは重々承知しております。ですが、あなた様の壁となることくらいは……」
「それだけはやめてくれ」
女の子を盾にして自分だけが助かったなんてあっては、誰にも非難されなかったとしても俺の夢見が悪いよ。
「そ、そんな……私では壁となるにも足りないというのでしょうか……」
ところがどっこい、彼女はボロボロと涙を流し始めてしまった。
「いやいや、違うって。『大事な仲間』に傷付いて欲しくないのは誰しもが思う事だろ」
「わ、私があなた様の、いえいえ、とんでもございません!」
先ほどまでの悲し気な顔は吹き飛び、頬を真っ赤に染め、顔を逸らすエリー。
わ、分からん。でも、例えメイドであろうが、一人の人間だ。俺の盾になって、は勘弁して欲しい。
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