第5話 酸っぱい件
バルトロの見聞きした情報を整理すると――。
南東部は北東部にあった森林地帯と繋がっていると思われた。南部はずっと荒涼とした大地が続いており、木々もまばらで赤茶けた大地が広がっている。
南西部はストーンと落ちる崖があって、深さが百メートル近くあるのだそうだ。落ちるとまず生きて戻れないと言う。
その時のバルトロの顔が好戦的過ぎて少し怖くなった。行きたいのか、崖の下に……。
「二人とも探索ありがとう。何か目に付いた植物や動物はあったかな?」
「鹿とイノシシは見かけました。狩猟してはおりませんが……もう一つ、珍しい黄緑色の果実を発見いたしました」
「俺も植物を持ち帰ったぜ。特に気になったものがあってよ」
二人ともちゃんと何らかの発見をしてきてくれたのか。ありがたい。
「バルトロ、持ち帰ったものを見せてくれないか」
無精ひげに手を当てコクリと頷きを返したバルトロを見送る。
ルンベルクと言えば、俺が頼む前に既に動き出していて、赤い実とやらを取りに行っていた。
先に戻ってきたルンベルクが執務机の上に布を広げる。
そこには彼の言ったとおり、黄緑色の果実が二つ転がっていた。
縦に筋が通っていて細長くラクビーボールのような形をしている。長さは10センチほど。
なんだろう、これ。見たことのない果実だけど……。
見るより使えだな。能力を。
「グアバか! なるほどな」
この木緑色の果実はグアバの実だった!
地球だと熱帯性だけどキャッサバと同じく温帯性のグアバなんだと。
喜色をあげる俺の様子をじっと見つめていたルンベルクに気が付き、ワザとらしくコホンと咳をする。
「ルンベルク。こいつはグアバといって、フルーツの一種だ。割ると……あ、ナイフを」
「いえ、それには及びません」
ルンベルクの腕がブレた。
どうぞと目配せし、頭を下げる彼に促されグアバの実に触れると……パカンと中央から真っ二つに割れたじゃないか。
「……な、何が」
「執事のたしなみでございます」
ナイフが無くても主人にフルーツを提供することが本当にたしなみ、なのか……。
激務過ぎて余り家にいることがなかったから分からなかったけど、この世界の執事って大変なんだな。
は、ははは。俺にはとてもじゃないが手刀(だよな。見えなかったけど)で、果物をパカンなんてできる気がしない。
お、おっと、黄昏ている場合じゃない。
「お、おお」
「美しい色をしておりますな」
ルンベルクが白い口髭と眉をピクリとあげる。
俺は俺で開いたグアバの色にほおと息を飲んでいた。
中はレンコン柄になっていて、外側は蛍光色のような赤色で中はクリームがかった白。
夕食のデザートに食べてみよう。もちろんみんな一緒にね!
「お、おお。何だか美しい果実だな。こっちも面白い形をしているぜ」
よおと右手をあげたバルトロが左手に掴むは、一目で分かった。
あれはパイナップルだ。
カンパーランドはやはり中央アメリカと植物相が似ているみたいだな。気候こそ熱帯ではなく温帯らしいけど。
中央アメリカ産で他に有名なものといえば……トマト、ジャガイモ、カボチャか。
どれも発見したら、いい作物になるぞお。ジャガイモは特に救荒作物として有名だけど、キャッサバがある以上これに勝る救荒作物はない。
ふふ、ははは。こいつはカンパーランドで農業無双できそうな気がしてきたぞ。
「お、その顔。さすが、賢王ヨシュア様だぜ。既にご存知だったか」
「一応、ちゃんと調べる。そこに置いて欲しい」
「あいよ」
どんと置かれたパイナップル。緑の葉っぱといいゴツゴツした表皮といい、俺の記憶にあるパイナップルとおんなじに見える。
調べてみたら、やはり温帯性のパイナップルだった。しかし、詳細のところの最後に「キラープラントが好む」って記載されていた。
「これは育てるか悩むな……」
「何かご懸念があられるのですか?」
ルンベルクの問いに顎に指先を当て眉根を寄せる。
特に隠す必要もないか。
「これはパイナップルという果物なんだけど、キラープラントってのを呼び寄せてしまうぽいんだ。名前からしてモンスターな気がしてさ」
「一度、私の方で試してみましょうか?」
「危険を呼びよせることになるかもしれないから。郊外でかつ、周囲に魔物の危険がないと判断してからにしよう」
「承知いたしました。浅はかな考え、誠に申し訳ありません。民の安全こそ最優先事項でした」
「いや、試してみたいのは俺もそうだからさ」
舌をペロリと出して、ルンベルクへ親指を突き出しおどけてみせる。
そのまま続けて柔らかな顔を作りパンパンと手を叩く。
「そんなわけでパイナップルも食べてしまおう。念のため食べられない皮と葉っぱは焼却しよう」
「畏まりました」
報告会はこれにて解散となった。
んー。やることが山積みだな……手分けしてもらって一つ一つこなしていかないと。
短期的に安全を確保するには周辺地域の狩猟、討伐でいいが、護るべき壁がなければ全方位警戒しなきゃなんない。
壁を建築するには資材が必要だし……加工するための施設も。
施設といえば農具だって、だああ。考えていたらキリがない。
適材適所、やれるだけやるしかねえな。
激務の予感にほろりと一筋の涙が流れる俺であった。
◇◇◇
――翌朝。
パン(小麦)、チーズ、デーツというレーズンを大きくしたような甘いドライフルーツ、ハムがテーブルの上に並べられている。
「ヨシュア様、お待たせいたしました」
「あ……」
「俺は水で頼む」と言うのが遅かった。
エリーがコトリとテーブルに置いたグラスには、鮮やかなオレンジ色のジュースが並々と入っていた。
他のみんなはどうなんだ?
どうやら、俺と異なり水が用意されている。
「みんなが水なのに、俺だけ飲むのは」
「これで最後になります。ヨシュア様にこそお飲みいただければと」
エリーの言葉に集まった他の人たちも当然だという風に無言で頷きを返した。
いやほら、ルンベルクが昨日こいつを飲んだ時、満足していたじゃないか。
だから、彼に飲んで欲しい、なんて。
だあああ。分かったよ。そんな目でみないでくれよ。飲めばいいんだろ飲めば。
このオレンジ色のジュースの正体は、グアバとパイナップルなのだ。
どっちもまだ熟成していなくて……。
「ごくごく」
一気に飲み干した。
す、酸っぱい。酸っぱ過ぎる!
で、でもこれでこのジュースは打ち止めだ。後は水になるんだよな!
「それほどお気に召したのでございますか。本日も採集してまいりましょうか?」
ルンベルクが余計な気をまわしてくる。
いや、俺の顔を見たらどういう思いか伝わるだろお。
もうこれでもかってほどに顔をしかめている。
朝食後はさっそくみんなに働いてもらわなきゃならないからな、せめてゆるりとした時間を少しの間だけでも過ごして欲しい。
そんな朝のひと時だった。
酸っぱい……。まだ舌に味が残ってる。
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