第4話 チート作物を発見した件

「こ、こいつは……」


 細長く堂々とした大きな葉を手に取り、思わずつぶやいてしまった。

 さすがファンタジーだぜ、こんな植物があるなんてな。

 

「ヨシュア様。悲しい?」

「いやいや。眉間に皺を寄せているのは悲しいからじゃない。望外のことに驚いているだけなんだ」


 そーっと遠慮がちにこちらを覗き込んできたアルルへいやいやと首を振る。


「ヨシュア様が驚かれるとは……どのような植物なのでしょうか?」


 今度はエリーが興味津々といった感じで問いかけてきた。


「こいつは、キャッサバ。小麦に代わるこの地での主要な穀物となれる作物だ」


 ばばーんと葉を掲げてみせるが、二人にはイマイチ伝わっていないらしい。

 まあそうだよな。俺もこんなものがあるなんて思ってもみなかったんだもの。

 植物鑑定のギフトが示した、この葉っぱのステータスはこんな感じだ。

 

『名前:温帯性キャッサバ

 概要:食用になる。そのままでは食べることができず、毒抜きが必要。

 育て方:植えさえすれば肥料なしでも容易に育つ

 詳細:毒抜きには大きく三種類あり…………』

 

 キャッサバだよ、この葉っぱはキャッサバなんだよ!

 まさかこの世界にもキャッサバがあるなんて思ってもみなかった。熱帯性の地球産と異なり、この世界のキャッサバは温帯性らしい。

 このことから、カンパーランドは温帯だってことも分かった。

 温帯だといっても幅が広いから、夏は暑く、冬は雪に覆われるかもしれないけど……。現在の季節は春。これから農業をするには最適な季節だ。

 冬までにたんまりと食糧をためて、冬を超える準備をすることができるからな。

 おっと、キャッサバだった。この穀物は「世界で一番栽培がラクチンな穀物」と言われていて、本来なら農地にならないような荒地でも余裕で育つ代物だ。

 難点はシアン系の毒を含んでいること。だけど、毒抜きの方法は「植物鑑定」が教えてくれる。

 

「この葉が小麦になるのでしょうか?」

「いや、芋類のように根っこが膨らんで球根みたいになるんだ。それを掘り返して加工し、パンにできる」

「どのような味になるのでしょう。楽しみですね!」

「葉っぱがあったんだ。こいつの根っこを掘り返してきて欲しい。それを元に栽培を開始しよう」

「承知いたしました。お任せください」


 背筋をピシっと伸ばしたエリーが深々と礼を行う。

 キャッサバをすり潰して粉にし、保管しておけば大丈夫だろ。あ、そういや、タピオカの原料だったよな。

 タピオカティーも楽しめたら嬉しい……そのためには紅茶と砂糖が必要か。

 あ、あと牛乳も欲しい。

 

「牛乳っていやあ、家畜の飼料にも使うことができるな、うん」

「一から十を作り上げる。さすがヨシュア様です!」

「やっぱり。ヨシュア様。すごい!」


 二人が感激したように頬を桜色に染め、褒めたたえてくれた。

 次々に妄想が広がって、つい口に出ただけだから俺としては結構気恥ずかしい。

 はははと後ろ頭をかき、残りの植物を確認していくことにした。

 

 一時間後――。

 

「こんなもんかな」

 

 ずらっと並べた作物候補に目を細める。これほど見つかるとは思ってもみなかった。

 彼女らの持ってきてくれた25種のうち、3種類が食用になるものの欠片だったんだ。


「不毛の大地と聞いておりましたが、この地は豊かな実りをもたらすのではないでしょうか?」

 

 エリーの言う事ももっともだ。不毛だなんてとんでもない。単に食べられるものがルーデル公国と違い過ぎて、食わず嫌いだっただけなんじゃないだろうかと思えるほどだった。いや、栽培方法が分からなければ、育てることもできない……のかもしれない。

 

 カンパーランドは気候こそ異なるものの中央アメリカ原産の植物と似たようなものが多くあることが分かった。

 調べている最中にも農業チームの人たちが近くで採集したものを届けてくれたりして、食べられるものを更に発見したのだ。

 ルンベルクら探索組も持ち帰ってくれるだろうから、それと合わせれば特に元俺の治めていたルーデル公国を含む隣国を頼らずとも生活していけそうだと確信している。

 

 発見したのはサツマイモ、唐辛子、ズッキーニ、トウモロコシ、ピーマン、アボカド、苺などなど。見つかっていないけど、この調子ならジャガイモやカボチャなんかもありそうな気がする。他は野草からサラダにできるものを地道に探していくとするか。


「エリーは農業チームの人たちを集めてきてくれないか。アルルは俺と一緒に庭へ選んだ作物を並べよう」

「畏まりました」

「かしこまりました」


 俺の指示に対し、彼女らは二人揃ってビシッと背筋を伸ばし深々と礼を行う。


 ◇◇◇

 

 その日の夕方、ルンベルクらが戻って来る。

 さっそく彼とバルトロを呼び、情報を聞くことにしたんだ。

 

 今回は書斎に黒板を運び込み、俺はカウチに彼ら二人は対面のソファーに座ってもらおうとしたんだけど……着席してくれず直立したまま報告会とあいなった。

 別に座るのが失礼ってわけでもないだろうに。いずれもう少し親しみやすくなってもらえるよう説得しなきゃだな。

 あんまり畏まられると却ってやり辛い。

 

「私が北側、バルトロが南側を探索してまいりました。まずは私からご報告させていただきます」


 執事然とした優雅な礼を行った後、ルンベルクが語り始める。

 北は徒歩で三十分ほど行ったところに中規模の川が流れていて、そのまま渡河することは難しいくらいの流量があるらしい。

 潜っていないので深さは分からないけど、川幅が二十メートル以上あるのでそれなりに深いと推測されるとのこと。

 川の向こうは切り立った崖になっていて、その先は見えず。川を北上……屋敷から見て北東方向に進むと木の密度が濃くなりよい狩場になるのではとルンベルクが言う。

 反対側は逆に木がまばらで荒涼とした大地が広がっている。

 

 黒板にルンベルクから聞いたことを書き留めながら、ざっくりとした地図を描く。

 

「ありがとう。次、バルトロ頼む」

「んっと。説明は少し苦手なんだが」

 

 バルトロが喋りはじめたところで、ぞわっと背筋が粟立つ。

 あ、うん。


「ルンベルク、俺は口調なんて気にしていないから、バルトロを睨むのはよせ」

「失礼いたしました」


 全く、何度目になるんだよ、このやりとり。


「必要なことは形式じゃあない。報告しやすいように語る方が大事だからな」

「御心のままに」


 恐縮したように両足を揃え、深々と頭を下げるルンベルク。

 一方でバルトロはバツが悪そうに鼻先を指でこする。対称的な二人だけど、俺はどちらも好ましく思っている。

 二人とも俺のためにこれまで粉骨砕身、働いてくれていたことを知っているのだから。

 

 くすりとしたら、二人ともハッとしたように顔が和らぐ。


「もっと気楽に行こう。大丈夫だよ。農作物は何とかなりそうだから」

「左様でございましたか! 僅か一日で……ヨシュア様の慧眼にはいつも驚かされます」


 くわっと目を見開き、声をあげるルンベルクの勢いが少し怖い。

 気楽にってさっき言ったばかりじゃないか。もう。まあ、硬すぎるところが彼のいいところでもある。


「それじゃあ、改めて、バルトロ。報告を頼む」

「おう!」


 胸をドンと叩いたバルトロが、状況を語り始めた。

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