第3話 三年で終わらせて安眠したい件

 あ、あの、えっと。

 屋敷の外に出たところで困惑してしまう。

 前にルンベルクとバルトロの二人、後ろをメイドの二人が固めてんだ。

 どんだけ物々しい厳戒態勢を敷いているんだよ……。俺、護ってって言ってないよね。むしろ、やめようって言ったよね?


「歩調を合わせていただく必要はございません。我らが合わせます」


 後ろを振り向きもせずこともなげに言ってのけるルンベルク。

 前を行く彼とバルトロと俺の距離が微塵もズレないとは恐るべし執事力。いや、バルトロは庭師だっけ。

 歩き辛そうにしていることを察してくれたんだろうけど、そうじゃない。歩く速度で困惑しているわけじゃない。

 

「お任せください。後ろはどのようなことがあろうともお守り致します」

「いや、あ、うん……」


 エリー。その厳しい目線は僕、必要ないと思うんだ。ここは戦場でもなんでもなく自宅の庭な。まだ何も植えていないから何にもない見通しのいい庭を歩いているだけなんだよ?

 それも屋敷の玄関から真っ直ぐ進んでいるから後ろに何もいないだろうに……。

 どんだけ警戒してんだよ、ほんと。

 

 そして、歩き始めたところでお次は――。

 

「ヨシュア様!」

「公爵様だあああ!」

「我らの公爵! ルーデル様!」


 余りの歓声に耳を塞ぎそうになる。

 さすがに俺のために声をあげてくれている人の手前、失礼かと思いぐぐっと表情にも出さぬよう堪えた。

 

「ヨシュア様、これを」


 ルンベルクの声にハッとなり前を向いたら……台座が、いや演壇があった。

 いつの間に、いや一体どこから持ってきたんだこれ。

 

「元領民達、いえ、これより領民となる者からの善意です」

「そ、そうなんだ。は、はは。じゃあ、ありがたく登らせてもらうよ」

「はい。ご尊顔が皆からよく見えることと思います」


 どんな羞恥プレイだよこれ。

 何だかこう、学校の校庭でオハナシする校長先生の気分だよ。

 

 ちらっと後ろを見やるとエリーは頬を紅潮させこちらに熱視線を送っているし、アルルもまた頬を染め、耳と尻尾をぴんと立てワクワクしている様子。

 え? 集まった人たち? うん、そらもう絶好調だよ。

 登ればいいんだろ、登れば。

 演壇を登ると、人々の熱狂は最高潮になる。

 もう歓声が鳴りやまない、すげえな、よくこんな声が出るよな。集まった人達の中には年配の人もいるというのに。

 あ、見知った顔も何人かいるな。

 

 聴衆の反応を見ながら、演説するしかないか。

 集まった人たちは両手を上げた途端、水を打ったようにシーンと静まり返る。

 皆一様に固唾を飲んで俺の次の一言を待っているようだった。

 

「ルーデル公国の諸君。諸君らはこの地『カンパーランド』へ追放された私を追い、ここまで来てくれたのだろうか?」


 ここで言葉を切り、周囲を見渡す。

 うわあ、ちょっと待って。号泣している人もいる……ちょ、ルンベルク、お前もか。


「諸君は豊かになったルーデル公国を選ばず、ここに来たというのだろうか。私を、この私を盛り立てようと」

「我らの主は公爵様だけです!」

「ルーデル公爵万歳!」

「ヨシュア様万歳! 我らのヨシュア様!」


 ぎゃああ。

 この流れで「私のことはよいから、公国へ戻れ」という感動的なセリフなんて言えるわけがない。


「諸君、この地で私と共にここに在ろうというのか。この地には何もない。不毛の土地だと聞く。それでも諸君らは我と共に在ろうというのか」


 ――ウオオオオっと大歓声があがる。

 そうかよ。分かったよ。腹を括れってことだな。やってやるよ。

 

「三年だ。三年で諸君らを安全に食に飢えることのないようしてみせよう。その時こそ、私は象徴として引退し、諸君らに全てを任せよう」

「僅か三年で! なんという!」

「さすが我らの賢王!」

「我らの将来は約束された! この土地はすぐに理想郷となりましょう!」


 後ろの方、ちゃんと聞いてた?

 三年のところだけ切り出してない?

 大丈夫だよね。やるからにはとっとと終わらせる。そして、惰眠を貪るのだ。

 

「さっそくだが、糧食があるうちに急ぎ動きたい。それぞれ、得意分野に別れて整列してもらえるか。ルンベルク、屋敷の者に指揮をとらせてくれ」

「御心のままに」


 流れ落ちる涙を拭おうともせず、ルンベルクはテキパキとバルトロらに指示を出す。


「ざっくりでいいから、農業チーム。土木チーム。工作チーム。子供たちや老人に分けて欲しい」

 

 本当は鍛冶、採掘、採集とか細かく分けたいところなんだけど、集まった人数は百名程度だからな。

 まずは大雑把に分けて、その中から役割分担をしないと管理管轄が全くできない。ルンベルクらにはそれぞれ仕事を任せているから、俺一人で全部仕切るのは無理だ。

 ざっくり分けて、その中からリーダーを決め、さらに分割して……と指示系統を定めないと。

 なあに最初だけさ。そのうち自然とまとまってくる。

 

 別れた結果、農業チームが八割で、残り二割が土木と工作、子供たち老人となった。

 農業チームの中から狩猟に長けた者、採集に長けた者を抽出しルンベルクとバルトロら探索に向かう一団に加える。

 他の人たちは、畑作りに精を出してもらうことになった。といってもまだどんな作物を植えるのか決めていない。だけど、耕作しなきゃ何の作物も育てることができないからな。

 工作チームは土木チームと協力して伐採に精を出してもらう。とにかく木材が無きゃ家さえ建てることが叶わない。

 

 ◇◇◇

 

 ――その日の夕方。

 屋敷の広間に布を敷き、エリーとアルルが採集してきた植物を置いていく。


「お、ちゃんと根っこも抜いてきてくれたんだな」

「はい。植物の根が食用になるものもございますし。ヨシュア様が教えてくださったのです」

「そんなこともあったかな……」


 俺とエリーの会話に耳をぴこぴこさせて聞いていたアルルが割って入ってくる。

 

「わたしの故郷。ヨシュア様が。飢えずに暮らしていけるようにしてくれた。だから、ここでも」

「はは。植物に関しては任せろ。周囲に適した作物がなきゃ、他から持ってくるさ」


 と言っても必ず周囲に何かある、半ば確信しているんだけどな。

 植物がそれなりに自生していたってことは、動物もいるだろ。

 探索チームが見た情報次第だけど……動物が全くいないなら考えを改める必要がある。

 

「ともかく、考えるより行動だ。きっと、何かある」

「ヨシュア様なら必ずや」


 最後の一つを布の上に置いたエリーがこちらに向け微笑む。

 集まった植物やら実、種は二十五種類。さあて、この中に当たりはあるかなあ。

 自生している植物ならば、この地でも育て易いはずだ。できれば主食になるようなものがありゃいいんだけどな。

 

「少し離れていてもらえるかな。能力ギフトを使う」


 この世界に生まれた人は産まれながらの能力――ギフトを持つことがある。

 全員が全員というわけじゃあないが、俺はギフトを持って生まれた。この能力と現代知識チートを組み合わせると農業に関しては無双できるんだぜ。

 ギフトの名は「植物鑑定」。

 あ、今、地味とか思っただろ。鑑定のギフトは結構種類があって、何でも鑑定できるものから、俺のように限定されたものまで様々だ。

 俺の鑑定は文字通り植物に特化している。

 しかし、その分「詳細に」分かるんだ。

 

 では一つ目。行ってみよう。

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