第2話 なんかいっぱい人がいる件

若干ふらつきながらも、ゆっくりと窓枠に手をかけ窓の外へ目を向ける。

 植木など一つもないだたっぴろいだけの庭があり、野生動物の侵入を阻むことができるよう家と庭を囲むように柵が設置してあった。

 問題はそこじゃあなく、門だ。

 門付近に想像だにしていなかったことが起こっている。


「ま、まじか……」


 クラリと崩れ落ちそうになる心を落ち着け、何とか踏みとどまった。


「ヨシュア様をお慕いし、着の身着のままで追いかけてきた者たちがあれほど」


 門にはたくさんの人だかりがあったのだ。俺がここに来てからたった一日だというのに!

 馬車やらで追いかけてきた者たちだろうか。いや、俺は中央からここまでやってきたから、この場所にもっと近いところに住んでいた人たちなら徒歩かもしれん。

 茫然としている俺が感動しているとでも勘違いしたのか、音も立てずに歩いてきた執事のルンベルクが絹のハンカチを目元にあてる。


「そ、そうだな……」

「ヨシュア様。追放されたとはいえ、やはりヨシュア様こそルーデル公国の」


 執事のルンベルクだけでなく、メイドの二人まで感動でむせび泣いているじゃあないか。 

 あ、あああ。頭痛が。

 分かる。俺には見えるぞ。

 あれは第一陣に過ぎない。馬などと共にきた足の速い者、近くにいた者だけがここに来ているに過ぎない。


「そ、そうだな……食糧が足らなくなるな……は、はは」

「ヨシュア様なら必ずや」


 ま、負けねえ。俺は必ずここで惰眠を貪ってやる。

 要は食糧問題を解決し、安全を確保すりゃいいんだろ。こうなりゃとっととやって、終わらせてやる。


「ルンベルク」


 彼の名を呼ぶと、何故か彼は「ほう」と眉をあげ途端に顔が引き締まった。

 ルンベルクはたまにこう、野獣のような獰猛な笑みを見せることがある。まあそれが彼のやる気スイッチが入ったってことなんだろうけどね。


「なんなりとお申しつけください」

「話が早くて助かる。まずは屋敷にいる四人を集めてくれ、場所はそうだな……書斎を執務室にするか」

「承知いたしました」


 いつの間にかルンベルクの後ろに立っていたメイドの二人も深く礼を返す。

 ハウスキーパーってみんな足音を立てないものなのかな……たまに後ろに立っていてドキリとすることがある。

 まるで気配を感じないんだもの。

 ルンベルクにそのことを尋ねてみたら、家主の耳を汚さぬようとか言ってたな。

 この世界でメイドを雇う人ってどんだけ神経質なんだよって思ったものだ。


「いや、やっぱりここでいい。場所は大して重要じゃないからな。アルル。バルトロを呼んできてもらえるか」

「かしこまりました」


 虎柄の猫耳を持つ小柄なメイドの通称アルルことアルルーナがぼそりと返事をする。

 おっと、一つ言い忘れた。


「窓から行ってもいいよ」

「ありがとうございます」


 早い方がいいからな。彼女は猫耳族という獣人種だから、生まれながらに猫のように身軽だ。

 なので、二階から飛び降りることなんて朝飯前。


「エリー。筆記具の準備を」

「畏まりました」


 もう一人は艶やかな黒髪を持つ人間のメイドの通称エリーことエリーゼ。

 たれ目で優し気な雰囲気を持つ彼女は、お淑やかな淑女といった感じだ。

 ぼそぼそと喋るアルルと異なり、彼女はしっかりとした敬語を使いこなす。


「ルンベルク。もしあれば、大きな黒板か紙を」

「黒板がございます」


 美麗な礼を行ったルンベルクは別室へと消えて行った。

 ふう。

 とりあえず、対策会議だ。


 さて、どうしたものか。

 椅子に腰かけ、両手を組み顎をそこに乗せる。


「お待たせ、ヨシュア様」


 ってもう来たのかよ。早いって。

 軽-い感じで右手をヒラヒラさせた30歳くらいの男がダイニングルームに顔を出す。

 彼と並ぶように猫耳メイドも連れ添っている。


「はやいな。バルトロ」

「いやあ。アルルが急かすもんだからなあ。多少焦っても変わらねえってんのに」


 バルトロが無精ひげに手をやり、なあとアルルへ目を向ける。


「ヨシュア様に狼藉。許さない」


 猫耳をペタンと頭につけ、目をギラリと輝かせるアルル。

 俺自身がバルトロの口調に文句をつけていないし、認めているんだけど、どうも他のみんなが反応しちゃうんだよな。

 個人的には敬語口調よりバルトロのようにフランクに会話してくれる方が落ち着く。

 不穏な空気が漂いそうになってしまったので、このまま放置するわけにもいかず、両手をあげ二人に語りかけることにした。


「ま、まあまあ。二人とも、とりあえず座って」

「いや、立ったままでいい」

「着席。おそれおおい、です」


 二人は異口同音に謝絶する。

 どうしたもんかなあと浮いたままの腰を降ろすに降ろせないでいたら、もう残りの二人とも戻って来てしまった。


 彼らは俺を中心に右左に別れて直立し、俺の言葉を待っている。


「ルンベルク、エリー、アルル、バルトロ。本来ハウスキーパーの君たちに頼むのはお門違いだと分かっている。だけど、少しの間だけでも力を貸してくれないか」


 立ち上がり、一人一人の顔を見て頭を下げた。

 領民がゼロなら予定通り、畑をほそぼそと耕しながら時折買い出しに出る生活でよかった。だけど、俺を追って領民がやってきたとなれば話は別だ。

 ここには官吏の一人もいやしない。頼れるのは彼らだけ。


「何をおっしゃいますか。我々ヨシュア様の為ならば、身を粉にしお力添えをしたい所存です」


 ルンベルクが力強く頷き、他の三人も同じように頷きを返す。


「ありがとう。そのうち領民の中から少なくとも文官は選出する。さっそくだけど、早急に対応しなきゃならないことから議論を行う」


 ルンベルクが用意してくれた黒板に丸い円を描く。


「ここが俺たちの屋敷。不毛の地とは聞いていたが、草木は自生している。一面の大草原ってわけじゃあないけど」


 荒地という表現が一番しっくりくるかな。

 ちょっと危険が伴う業務になってしまうが、頼む人が彼らしかいない。まずは聞くだけ聞いてみることにしよう。


「まず、周辺の探索を行いたい。一つ、川や湖などの水源があるかどうか。二つ、周囲に危険な猛獣がいないか、狩りに適した動物がいるかどうか。三つ、自生している植物の採取だ」

「承知いたしました。探索は私とバルトロにお任せください。近くの植物採集でしたらメイドの二人でもよろしいかと」

「うん。領民の中から腕っぷしの強い者にも協力を要請しよう。馬は何頭連れてきている?」

「四頭ございます」


 自分で言ったことを書きだし、担当者の名前を記入していく。


「よし、次は領民に会いに行く。全員で行くぞ」

「承知いたしました。護衛はお任せください」

「いや、みんなを危険に晒すわけには……」

「何をおっしゃいますか! 我ら、あなた様のために肉の盾となれるのでしたらこれ以上の喜びはありません」

「あ、う、うん……」


 ちょっと待て。どんだけ覚悟決めたハウスキーパーなんだよおお。

 何としてでも守ろうとしてくれる気持ちは嬉しいけど、非戦闘員に盾になれなんて鬼畜なことできるわけないじゃないか。


「ヨシュア様のお優しさ、私どもは重々理解しております。ですが、我々とて多少の訓練は受けております。悪漢程度、打ち払ってみせましょう」

「むしろ、そっちのが」


 ルンベルクに続き、何かを言いかけたバルトロの口をアルルが塞ぐ。


「いや、心配しなくても大丈夫だよ。俺を慕って僅か一日で集まってくれた人たちなんだ」


 軽い口調でそう言って、会議を打ち切る。

 さあ、お次は集まった領民候補たちに会いに行くとしようか。

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