追放された転生公爵は、辺境でのんびりと畑を耕したかった ~来るなというのに領民が沢山来るから内政無双をすることに~

うみ

第一部 辺境に追放された件

第1話 辺境に追放された件

「ルーデル公爵。公爵は君臨すれども統治せずを目指すとおっしゃっておりましたが、そのお考えに変わりはありませんか?」


 赤い絨毯の上でかしづいた純白の法衣に身を包んだ聖女が俺にそう問いかけた。

 ガラス細工のように整ってはいるが冷淡とも見える彼女の顔は、表情に一切の動きがない。

 彼女の後ろにはすがるような目をした騎士団長と聖女と並び立つ権力者である枢機卿の姿がある。

 枢機卿は騎士団長と対称的に眉一つ動かさずこちらを見上げていた。

 

「その考えに変わりはない。本来、神は民の政治に関わるべきじゃあない」

「そうですか……」


 聖女の切れ長の青い目が閉じ、静かに開く。

 すっとその場で立ち上がった彼女は厳かに宣言する。

 

「『神託』に従い、ルーデル公爵ことヨシュア・ルーデルを追放刑といたします」

「な……」


 声にならない声を出しながら豪奢な椅子からガタリと腰を浮かし、聖女の目を真っ直ぐに見つめた。

 しかし、彼女の青い瞳はもう俺を映していないようだ。

 

まつりごととは、神の代弁者たる公爵が行うもの。公爵が神の代弁者であらせられぬのなら、神にお仕えする私が代弁者となりましょう」

「公国は聖女が統治すると」

「はい。『神託』と『予言』がそう告げております。わたくしの『神託』、枢機卿の『予言』に嘘偽りがないことは、騎士団長の『嘘発見』が認めるところです」


 枢機卿が僅かに首をさげ、彼の動きに合わせるように騎士団長も苦渋の表情を浮かべ深く頷きを返す。

 「なんじゃそら」と思うかもしれない。だが、神託と予言の力は絶対的だ。

 だから、過去の歴史において神託や予言を利用した謀略が数々行われてきたと聞く。

 

「騎士団長、誠か?」

「……はい。私は今でも信じられません……ルーデル公爵が不適格などと……あなた様がどれだけ国を豊かにしたのか、それが……」


 途切れ途切れになり、絞り出すように言葉を返す騎士団長に嘘偽りがないことは明らかだ。

 そうか、俺は公国の統治者として相応しくなかったのかあ。

 前世の記憶を持ったままルーデル公国の公子として産まれ、死に体だった国をありとあらゆる手を自重せず使い……いや、今となってはどうでもいいか。

 

「分かった。神託に従おう。抵抗はしない。それが最後にできる俺の公爵としての仕事だ」

「引き際までご立派ですな。さすが大陸中に名を轟かせた賢王ルーデル様」


 枢機卿が感服したように右の指先でひし形を切る。

 おっと、もう一つ聞くことがあったな。再び聖女に目を向け、問いかける。


「処刑ではなく追放でいいんだな。俺の行き先は決まっているのか?」

「はい。南東の地『カンパーランド』となります」

「そらまた」


 公国の範囲の外じゃねえか。カンパーランドには国がない。

 不毛の荒野が広がり、過去に何度か入植したが根付くことはなかったという。


「公爵……いえ、ヨシュア様をお連れしてください」

「……承知いたしました」


 こうして俺は僅かな供の者と多少の資金を持ち辺境の地カンパーランドへ追放されることとなった。

 

 ◇◇◇

 

 ――三日後。

 

「それでは、ヨシュア様。ごゆっくりお休みください」

「うん、長い旅路をありがとう。みんなにもゆっくり休むように言っておいて」

「かしこまりました」


 艶やかな長い黒髪をなびかせ、お腹の上に手を当て深々と礼をしたメイドが部屋を辞す。

 パタリと扉が閉じ、ようやく一人になれた。

 

 自然と口元が緩む。いやあ、常に誰かいるもんだから、おちおちにやけることもできなかったよ。


「俺は自由だー」


 ベッドにダイブしゴロゴロと転がる。

 いやあ、ここまで本当に身を粉にして頑張りに頑張ったんだ。そらもう過労死してしまわないかってくらいに。

 俺には前世の記憶があった。前世の俺は日本でサラリーマンをしていたんだ。

 激務に次ぐ激務で、最後はオフィスのパソコンの前で意識が遠くなり、気が付いたら赤ん坊になっていた。

 「公爵の息子だって! やったぜ! ラッキー」なんて思っていたのは三歳まで。

 俺の生まれた国――ルーデル公国はそらもう崖っぷちというのも生ぬるい、崖から転がり落ちてどうしようもない状態だったんだよ。

 こいつはやべえ。このままだと餓死か反乱を起こされて串刺しのどっちかだと思ったね。

 だから俺は、幼い時から父や大臣に献策し現代知識を使えるだけ使い、試行錯誤しながら国を立て直そうとした。

 幸い、幼い俺に対し彼らは畏れや疑心を抱くこともなく、むしろもろ手をあげて俺を褒めたたえてくれたのだ。

 その理由はこの世界にある「ギフト」って能力による。ギフトは文字通り、神からの授かりもので、生まれながらに持って生まれる能力だ。

 俺は知識に関する能力を持って生まれたんだと思われたんだろうな。それは間違っちゃあいないけど、少し違う。まあ、そこは特に大事なことじゃあない。

 てなわけで、話を聞いてくれるのはいいが、どんどん俺に仕事が集中し、父が倒れて公爵になってから更に激しくなり……夢の貴族的な悠々自適ライフなんて程遠くて。

 それが、ここにきて聖女が国を仕切ってくれるというじゃないか。

 追放を宣言された時、「やったぜ」と叫びたかったくらいだ。念のため「死刑じゃないよね」ってことも確認できたし、もうニヤニヤが止まらなかった。

 だけど、みんなの手前、喜ぶわけにもいかず今に至る。

 

「公国はもう軌道にのったし、よほどのことをやらかさない限り大丈夫だろ」


 枕の下で両手を組み、両足を投げ出した姿勢でボソリと呟く。

 聖女はお金と家の者を持たせてくれたし、俺の住む屋敷まで準備してくれた。

 いやあ、至れり尽くせりとはことだねえ。

 なんて考えながら、この日はいい気分でぐっすりと眠ることができた。

 この日はな……。

 

 翌朝――。

 朝食の後、事件は起こる。

 食器を片付けてくれているメイドの二人をぼーっと眺めていたが、邪魔かなと思って立ち上がろうとした時、壮年の執事に呼び止められたんだ。

 彼は白髪オールバックで口髭が素敵なスーツの似合う紳士と俺のイメージする執事と完璧に一致している。


「ルンベルク、どうした?」

「ヨシュア様、少しお耳に入れたいことが」

「ここで、それとも別室の方がいいか?」

「どちらでも御心のままに」


 ふむ。てことはここにいるメイドたちに聞こえてもいい話ってことか。

 彼とはそれなりに長いつきあいになるが、相当切れる。元文官で辣腕を振るっていたとも聞く。

 といっても、この屋敷にいるのは二人のメイドに庭師が一人で俺を含めて五人しかいないんだけどな。


「じゃあ、ここで。何があった?」

「食糧が少々足りなくなる恐れがございます」


 え、どういうこと?

 食糧は充分持ってきているし、庭でほそぼそと畑をやって暮らしていけばいいんじゃないのか。


「不毛の土地だということを懸念しているのか?」

「はい。恐れながら」

「大丈夫だよ。万が一、育たなかったとしても買い出しに行けばいいだろ」

「それは難しいかと存じます」


 ん?

 何か話が噛み合わないな。

 え、もしかして……さああっと俺の顔から血の気が引く。

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