冷たいギフト

「ようこそ、ギフトショップへ」

 私を出迎えたのはアルビノの店主だった。手元には綺麗なパールのマニキュアをしているのに目がいった。それから顔を起こせば、白い整った歯並びの笑顔と対面した。

 店主は両方対照の気味の悪い笑顔を浮かべ、どうぞお座りください、と言った。私がカウンター席に着けば、店主は料金表の書かれたラミネートされた紙を差し出す。

「お客様は何を溶かしてギフトをお作りになりますか?」

「……この指輪を」

「指輪ですね。そうするとアイテムが一つになりますので、このお値段になりますー」

 そう言って店主が白く細い指で指したのは、料金表の中でも安いほうの値段だった。それでも別の指輪一つ買うのに相応しい値段だった。

 了承の意を示し、巾着袋に入れていた銀の指輪を取り出す。すると店主は薄っぺらい笑みを貼り付けて私に話しかけてきた。

「その指輪はどういうものなんですかー? ……あぁ、お話したくなければ良いのですが……」

 そう話す声は興味深そうな色を持っているだけで情緒的でなくて、どこか機械的に感じた。たぶんこれは美容師が私に話しかけてくるようなものなのだろう。

 私はしばらく悩んだが、馬鹿馬鹿しくなってやめた。どうせもう思い出すことも無いのだ。いや、無いほうが良い、と言ったほうが正しいか。ここでこのろくに聞いてもくれないような機械に一切合切を話してしまったほうがマシだろうか。

 銀色の指輪を差し出すと、店主はガラスのコップに液体を注いだ。臭いも色も無い液体は、一見すると水にも見えるけれど、水に銀色の指輪が溶けるわけが無い。何か別の液体なのだろう。

 店主はそこに銀色の指輪を落とした。チャポン、とミルククラウンが出来る。すると不思議なことに、ぶくぶく泡を立てて銀の指輪が溶け始めたのだった。

「溶けるまで少しかかります。もし良ければお話していきませんか」

「……そうですね。お話しましょう」

 私は小さく息を吐いた。目を閉じてまぶたの裏に見えたのは、今はもう思い出したくもない男の姿だった。

 彼はよく笑う人だった。へらへらと笑っている姿も、昔の私には王子様の笑みにでも見えた。どこへ行くにしても私の行きたい場所を優先させてくれた。ジェットコースターで酔ったときは酔いが覚めるまで隣に座って話してくれたっけ。そんな気配りのできるところに惚れたんだっけ、と思い出す。

「素敵な彼氏さんだったんですねー」

 こう語って、「だった」と言ってくれるあたり、この人は理解のある人なのだろう。私が言いたいことを読んでいるのは、人と話し慣れているからだろうか。

 銀の指輪はかろうじて輪の形を保っているが、触れば曲がってしまいそうだ。金属ですらも溶かしてしまうこの液体は何なのだろう。

「それで……どうしてこの指輪を?」

 答えを知らない問いを問うのは馬鹿らしい。私は店主の薄ら寒い笑顔に報いることにした。

「あの人、詐欺師だったんですよね。結婚詐欺。知ってますか、結婚詐欺って」

「あら、そうだったんですか……お気の毒に……」

 どこか他人事のようにそう言う店主に、少し安心感を覚えてしまったのはなぜだろう。今まで相談してきた相手は、たいてい親身になって聞いてくれた。どれだけ寄り添われても救いにはならず、私の気持ちは虚ろなままだった。

 だからこそ、この店に来たのだ。大切な人へ送るギフトを作れる、この店に。

「お気の毒って思いますか、私があの人を殺すことを」

 店主は首をすくめて、そう思いますよ、と口にした。それでも笑顔は温かくはならなかった。

「……そういうお客様、多いですからねー」

 銀の指輪は溶けきって、跡形も無くなっていた。お話していただいてありがとうございます、と言って店主が恭しく頭を下げる。そしてコップに入った液体をとくとくと小瓶に注いだ。

 その光景を見ながら、ふと、彼が私にワインを注いでくれたあの日を思い出す。私が初めて彼に身を委ねた日だ。彼は酔ったせいか少し頬を赤らめて、優しい手つきで私を押し倒した。それはまるで、初めての恋人にするように。ほんのり酔った私は、熱中するようにして彼を求めていた。きっと今だってそうするだろう。アレがただの演技だと分かっていながら。

 店主は小瓶に蓋をすると、私にそれを差し出した。これを飲ませてください、と言い足して。

「そうすれば、微睡むように相手は眠りにつくでしょう。もう二度と目覚めることは無いでしょう」

「はい、ありがとうございます」

 最後に品を渡してくれるときも、店主はにこにこしていた。人を殺す凶器を渡していてもなお、まるで他人事のような顔をしている。でも、他人事なのだろう。所詮このギフト作りは仕事だから。

 受け取ったギフトは、手の中で冷たくその存在を誇示していた。

「それでは、お気をつけて」

 店主が軽く手を振る。私も軽く手を振ってから、外へと出た。すでに暗くなった夜空に十六夜が上っている。月明かりがきらんと透明な小瓶を照らしたような、そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る