ロヒプノール

 ミーン、ミーン、ミィィィィン……

 蝉は七日の間、生の悲鳴を上げている。生きることがどれほどに苦しく、どれほどに虚しいかを泣いている。繁殖をするだけで終わる生に嘆いている。腹を見せてコンクリートに落ちた彼らは、薄れゆく意識の中、その生を後悔するのだ。

 扇風機一つ付かない部屋の中で、あなたが仰向けで寝転がっている。タンクトップになったあなたは、汗ばんで少々人間臭い。ハエがたかってきては、私がそれを退ける。ホントに暑いね、と声をかけながら。

 どこからか、甘い香りがする。きっと食べ終えたかき氷が溶けて、あとにシロップの香りを残しているのだ。蒸せるような熱気に混じって、喉が痛い。

 あなたが暮らしている部屋は、ほとんどゴミ屋敷みたいになっていた。物を捨てられないのだ。そんなんだから、電気まで止められてしまうんだよ、と呆れたように呟く。

 壊れたドライヤーは二つも放置されているし、使い捨てた電池は床に散乱しているし。捨てようとしてまとめた本が山になっている。キッチンは洗い物だらけでもはや意味を為してないし、洗濯機からは何日も前から入れっぱなしの服でかびた臭いが広がっている。冷蔵庫の中には、豆腐と水と賞味期限の切れた漬物がぎっしり。

 手を洗おうと思って蛇口を捻ったら、水すら止まっていた。どうやって生きていけと言うんだ、主に私が。あなたの部屋を片付けにきたのに、これはあんまりじゃないか。

 仕方が無いので、外に出てペットボトルを買いに行った。真っ青になった空に、もくもくと入道雲が広がっていた。きっと雨が降るだろう。さっさと片付けて、さっさと帰りたいものだ。キンキンに冷えた麦茶を買って、部屋へと戻ってくる。

 それでも、やればなんとかなるもので、雨がざあざあ降り始めた頃には、足の踏み場くらいは出来ていた。ゴミ袋の山がいくつにも折り重なっていて、これを回収に来る業者を哀れんでしまう。こんなクソ暑い中、よく来てくれるな、と。

 私も下着姿になって、大きく伸びをする。窓の外を眺めれば、大粒の雨が降っていた。お腹が空いたので、冷凍庫に余っていた氷をかき氷機に入れた。あなたの主食は氷だったから、水が止まる最後まで氷をがんがん作っていたらしい、無駄に氷だけはあるのだ。

 キッチンに置かれていた、ほとんど空の瓶をひっくり返して、かき氷にシロップをかけていく。真っ青だ。無我夢中で食べ始めれば、きーん。頭に釘が刺さるように痛む。それがまた心地良い。

 食べきってしまう前に、ふと、あなたが寝ている居間に目を向けた。食べるかい、と声をかけても、あなたは泥に浸かってるみたいに眠っている。猫背になって、溜め息を吐きながら、私は氷を食べ尽くしたのだった。

 掃除してたら見つかった、割れた手鏡に向かって舌を突き出す。真っ青だ。よく夏になると、あなたと一緒に祭りへ出かけたものだ。たいてい二人でかき氷を買って分け合うのだが、あなたは酷い偏食家だったから、かき氷といえばブルーハワイでしょ、と言ったものだった。

 あなたの方に振り返り、顔を覗き込む。ちろりと青い舌を出している。近づけば近づくほど、鼻にツンとくる吐瀉物の臭いがした。

 顔の横には、無数の薬のゴミが置いてあった。拾い上げて見れば、「ロヒプノール」と書いてあった。いったい何の薬なんだろうか。

「お揃いだね」

 私はあなたの黄土色の額を撫でて、青い舌を出して笑った。

 ハンディ扇風機をつけて、再び片付けを始める。今日中にはあらかた終わらせてしまおう。夏にこの状態を放置しておいたら、それはもう、取り返しのつかないことになってしまいそうだから。

 汗を拭いながら、真っ青な空を見上げた。天気雨は通り過ぎ、再び痛いくらいの日差しが降り注いでいた。

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