虚
嗚呼、売れた。赤背景に白地のSOLDの文字を見て、心がすうっと透き通っていく。
値段はしょせんワンコイン。定価はもちろん数千円。それでも良い。ただ蟠っていた無駄が解け消えていくのが心地良かった。
心を躍らせて買ったCDを、雑貨を、コスメを、無感情に売り捌く。用済みになった夢たちを、できるだけ綺麗に梱包する。
気がつけば、部屋にはクッション材やら封筒やらが増えていた。もはや、収まりきらなくなって棚から溢れている。こちらの経費の方が高いだろうに、どうしてこうも売る行為を辞められないのだろう。
そう考えてふと、思いついたのは、シュレッダーが紙を喰らう音だった。バリバリ、と容赦無く紙を咀嚼する。その力で、人間の頭でさえも同じ音をさせながら喰い尽くしてしまうのだろうその刃に、胸がぞくぞくと震えるのだった。
取り返しがつかなくなる。もう戻ってこない。ゆっくりと消えていく。そのカタルシスに、僕は心底陶酔していた。
部屋中に広がる、僕が抱いた期待の欠片たち。きらきらと輝いて、使われないくせに堂々と鎮座している。ベースギター、アクセサリー、小説、参考書。置いてあることに意味など無い。
これらすらも、全てお金になってしまうとしたら──恐怖にも似た悪寒が走る。僕が心から愛したベースギターが、僕が目を眩ませて買ったアクセサリーが、僕が喉から手が出るほど欲しがった小説が、僕が強い意思で購入した参考書が、全部部屋から消えたとしたら?
どくどく、と心臓は大きな音を立てる。その空虚と空白が恐ろしい。ふとベッドから左を見たら、僕が愛用していたベースギターが無くなっていたら、僕はきっと布団を被って叫び散らしてしまうだろう。
だから、最後の一歩が出ないまま、今日も使わない物だらけの部屋で眠る。それが無くなったら、心は空くだろうか。心は虚しくなるだろうか。部屋が汚いと言われても、物があるだけで満たされているのだから、畢竟直りそうにないのだ。
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