一回につき二十分

 バチッ、と電気を消したような音がした。視界が黒くなる。画面に映っていたのは、私に瓜二つな人間。女とも男ともとれない、中性的な顔立ち。苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 次に視界が明るくなると、私はつい先ほど目を覚ました場所にいた。本当に、二十分前程度にいた場所だ。私はいつも、ここで目を覚ます。

「こんなところで倒れているなんて、本当にお昼寝が好きな人なんですねぇ。あなた、どこの生徒なんです?」

 銀白の髪をした少年が、呆れたような顔を、そう、よく見慣れた顔をしている。この台詞を聞くのも何回目だろう。なんだかんだ言って、彼は優しく私を引き起こしてくれる。

──彼の手をとったことに、後悔は無いな?

 どこかで誰かが私に囁きかける。私はその言葉に、心の中で答えた。

 えぇ、後悔はありません。だって私は──



 入学式は彼と一緒に参加する。たいてい遅刻してきて、二人で罰を受ける。掃除をしながら、あなたのせいですよ、なんて彼は言うのだった。

「先生に怒られたことなんて一度たりとも無いのに。あぁ、あなたのことなんて助けなければ良かったですね?」

 意地悪く笑うあなたは、実のところは、とても性格の良い人だ。お人好しで慈悲深い。笑顔が素敵な皮肉屋。だから、あなたの言いたいことなんて、手に取るように分かってしまう。

「でも、助けてくれたんだよね。ありがとう」

 私がそう言えば、あなたは少し照れたような顔をした。顔を背けて、礼には及びません、と優しく言うのだ。

 そうして掃除をしていると、突然どこかから叫び声が上がる。私はそれが理科実験室からなのは知っているのだけど、「どこだろう」と言うしか無いのだ。その数秒後、ボンッ、と何かが音を立てる。爆発が起きたのだ。それでも私は「何が起きたんだろう」と言うしか無いのだ。

「なにボサッと突っ立ってんですか、行きますよ」

 あなたがぐいっと手を引く。何度見ても、あなたの顔は端正で妖艶で……美しい。それ以外の言葉を、私には見つけられそうに無い。会うたびに、あなたという存在が神格化されていくからだ。

 走っていった先、理科実験室では、小さな爆発が起きていた。その後始末を、遅刻組である私たちが頼まれる。横柄な理科の先生が私たちにアレコレ指示を出す最中で、あなたと二人、どんどん友好度が上がっていく。

 先生がいなくなると、私たちは二人きりになる。背が低いのに、背伸びをして瓶を揃えようとする私は、一つの危ない薬品を手から離してしまうのだ。つるっ、と滑った瓶が、大きな音を立てて割れる。

 その刹那、強く自分の体を引き寄せられて、私はハッと目を覚ます。ふわりと香るシトラス。靡く銀の髪。あなたの大きな胸の中に、私が収まっている。

「ッ、危ないでしょうが……!」

 怪我は無いか、と言って血相を変えるあなた。白い手で、私の小さな手を包み込む。私は殊勝に笑って、大丈夫だよ、と返す。

 私があなたを見上げて、あなたが私を見下ろす。茜色の空に映える美貌に目を奪われる。あなたは大きな黒い目を見開いた。口を少し開いて、閉じる。

「……どこかで、会ったことがありませんか?」

 ぞくり、ひやり。背中が震える。驚きが隠せなくて、私の頬が紅潮する。まるであなたは、何でも知っているかのようで──そうだったら良いのに、と願って。

 先生の声がして、私たちは体を離す。私は先生のもとに走っていって、瓶を割ったことを謝罪する。傲慢な先生だったが、ボリボリと頭を掻くと、無事で良かった、と穏やかに言うのだった。

「こういうことになるから、薬品の使い方には気を付けろよなー」

「すみません、先生。ありがとうございます」

 あなたが頭を下げて、私もそれに続けて首を垂れる。二人で理科実験室を後にする。

 あなたのせいですよ、なんて彼が言う。照れ隠しだろう。足早に去っていって、私は一人取り残される。自分の胸が早く打っていることに気がついて、この動揺に名前を付ける。

 入学して早々に、王子様に恋をしてしまったのだ──



──彼の手をとったことに、後悔は無いな?

 入学してから早半年。私はあなたに恋をして、あなたは私に恋をした。デートをして、手を繋いで、キスだってしてしまった。もちろん、他の王子様のことも好きだけれど、あなたは一番だ。初めてあなたを見たときから、ずっとずっとあなたに一筋だ。

 それでも、ふと、セッションになると、一人だけ貧相な振る舞いのあなたが気になってしまう。どうして他の王子様はあんなに豪華な演出で敵を倒してくれるのに、あなたはどうしてまだそんなに「普通」の姿なの?

 悲しみとともに、待ちわびていた「ピックアップ」の文字を見つめる。ありったけの「チケット」をもって、あなたを呼ぼうと思う。お札とチケットを放り込んで、もっと素敵で美しくて豪華なあなたを呼ぼうと思う。チケットのお返しは、何度も引いても「コモン」「スーパーレア」なあなた。もう何枚だって持っているのに。

 給料だって注ぎ込んだ。努力だって注ぎ込んだ。今から不足分を補ってもう一度「天井」を狙えなんて、無理だ。私はただ、他の王子様に並ぶあなたが見たいために、努力してここまでやってきたのに!

 嗚呼、嫌だ。皆は簡単に自分の王子様の晴れ姿を手にしているのに。私はまた何ヶ月も待たされなければならない。あの人が、あの人の「SSR」が手に入るまで。そんなの、無理だ。

 じゃあ、やり直すか? 全ての行いを? 半年もあなたと積み上げてきた、この思い出を?

 価値も無いコモンのカードを握りしめて、私は一晩さめざめと泣いた。彼の手をとったことに後悔なんて無い。でも、彼のいない世界に価値を見出せない。

 そんなとき、もう一つの端末が視界に入った。私が普段絵を描くのに使っているタブレット端末だ。彼と関わるために使っている携帯とは違う。

 そうか、私には、できるんだ。

 ……顔から血の気が引いていく。

 これからどれほど長い時間を彼に費やすかも、どれほど長い時間をドブに捨てるかも分からない。今まで仲良くしてきた他の友達も皆々消えてもらう。あれだけ楽しく過ごしてきた学園生活の全てを無に還す。そして、もう一度半年をやり直す。

 それでも、私は。私は、彼を愛しているから。

 別の端末の電源をつけて、同じ「ゲーム」をインストールする。端末の向こうで、新しい「私」が生まれる。其奴は彼と会って、一日を過ごす。そのあと、「ガチャ」が引けるようになるのだ。私が望む結果を得られたとき、私は仲間とともに自死して、新たな「私」に可能性を委ねよう。

 さぁ、始めよう。私は何度でも、彼の手をとろう。世界を滅ぼそう。世界を作ろう。だって、後悔なんて少しも無いんだから。



 王子様と別れて、私はチケットの束を手に、ポストの前に立っていた。

 このチケットの束を入れれば、それだけ王子様たちを「スカウト」できる。隣には文字盤で、彼の名前と、「ピックアップ」という文字が書かれていた。

 諦めと期待の葛藤を抱きながら、チケットの束をポストへ放り込んだ。返事はすぐに十一枚の紙でやってくる。その中身を見るまでが、私の仕事だ。

 手紙を一枚一枚破き、その場に落としていく。コモン。コモン。コモン。スーパーレア。コモン。コモン。スーパーレア。コモン。コモン。コモン。

 全ての手紙を地に落として、私は乾いた笑い声を上げた。バチッ、と電気が切れるような音がして、ゲームがアンインストールされる。

 もう何度コレを繰り返したのだろう。ただ、あなたを愛しているがために、何度あなたと入学式を繰り返したのだろう。それでも、画面の向こうの私は許してくれない。またインストールして、ロードして、新たな「私」を作る。私は記憶を継承するとともに死ぬ。

 あなたが私に、どこかで会ったことは無いか、と聞くたびに、ほんの少しだけ期待してしまう。あなたもこの繰り返しを知っていて、私を哀れんでくれているんじゃないかと。たった二十分の逢瀬の繰り返しを、知っていてくれるんじゃないかと。

 さようなら、愛しい王子様。次の世界では、「私たち」の思いに応えてくれると嬉しいな。



 バチッ、と電気を消したような音がした。視界が黒くなる。画面に映っていたのは、私に瓜二つな人間。女とも男ともとれない、中性的な顔立ち。苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 次に視界が明るくなると、私はつい先ほど目を覚ました場所にいた。本当に、二十分前程度にいた場所だ。私はいつも、ここで目を覚ます。

「こんなところで倒れているなんて、本当にお昼寝が好きな人なんですねぇ。あなた、どこの生徒なんです?」

 銀白の髪をした少年が、呆れたような顔を、そう、よく見慣れた顔をしている。この台詞を聞くのも何回目だろう。なんだかんだ言って、彼は優しく私を引き起こしてくれる。

──彼の手をとったことに、後悔は無いな?

 どこかで誰かが私に囁きかける。私はその言葉に、心の中で答えた。

 えぇ、後悔はありません。だって私は──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る