第11話


「はぁ……はぁ……」


息がきれる。体中が痛い


「パイソン、大丈夫!?」


メサイアが必死に走りながら私の体を支えてくれる。

私は笑ってそれに応え、追手に応戦しながら目的の場所へ駆け抜ける。


「ラヴ、後どれくらい」


「モウスコシ、アノカイダンヲ、クダリキレバ」


了解、私は震える脚を叱咤してメサイアの手を引っ張る。

一先ずのゴールはもう眼前だ。


その時、肩に鋭い痛みが走った。

遅れて、激しい熱が痛みを中心に広がっていく。耐え難い苦痛だ。


見れば肩に綺麗な風穴が空いている。

背後から撃たれたからか、前から見た銃創は酷い有様だった。


「パイソン!」


「大丈夫、これくらい何ともない」


私が最初に傷を負った時からずっと心配そうな表情をしているメサイアには申し訳ない。が、こんな所で足を止める訳にはいかない。

今や体中穴だらけ血まみれだが、意識がある内は彼女を連れて逃げ切ってみせる。絶対に


その一心で、私はメサイアを両腕で抱き上げ、階段を滑るように一息で降った。


追手も当然のように後を追ってくる。

けど、応戦の甲斐あって数は大分減った。これなら何とかなるかもしれない


階段の先にあった扉を押し開け、メサイアとラヴを押し込めるようしてに中に入れ、私は残党と対峙した。

正確な数は……眼がぼやけてイマイチ把握出来ないが、両手もあれば足りるだろうか


手早くリロードを済ます、その間にも夜盗もどき共は私を囲むようにして距離をジリジリ詰めている。


場に静寂が訪れる。誰も動かない、自分以外の誰かが動くのを息を殺して待っている。

肌がヒリつく。呼吸すら止まってしまいそうな緊迫感だ。


肩口から血が流れる、それは一滴の雫となり肌を伝って、地面へと落ちた。


それを合図に、全員のトリガーが動いた。多勢に無勢、正面からの銃撃戦において少数は絶対に不利。


ましてや、1人。


幾つもの乾いた音が重なって響きあった。勝負は一瞬、再び静寂が訪れた。


メサイアは恐る恐る扉を開けた。


「パ、パイソン……?」


返事は無い。彼女は慌てて奥の部屋から飛び出した。


「パイソン!パイソン、どこ!?居るんでしょ、返事してよ!」


見渡すほどの広さも無いのに、パイソンの姿は何処にも無い。あるのは黒い服に身を包んだ連中の死体ばかりだ。


メサイアは、もう一度声を張り上げて名を呼んだ。


「パイソォォン……!」


「はぁいメサイア。上見て、上」


予想せぬ、しかし欲しかった声が聞こえ、メサイアは驚喜し、頭上を見上げた。


「やっほ」


そこには、ワイヤーで天井からぶら下がるパイソンの姿があった。

相手のトリガーが引き終わるより早くワイヤーを放って天井に引っ掛けた彼女は、上昇して回避。驚く敵を見下ろす形で全員撃ち抜いた。


ゆっくり下降してきたパイソンを受け止め、メサイアは固く抱きしめた。

豪奢な服が血で汚れるのを気にすることも無く。


▶▶▶


奥の部屋には灯り一つ無く、部屋の全貌すら分からない。

ラヴのライト機能をオンにしてもらい、何とか足元だけは照らされる。


「ラヴ、この部屋なんなの。物置にしちゃ広過ぎない?」


「データガナイノデ、ナントモ。シカシ、モーターボート、ノヨウナ、オオキナモノガハイルヘヤハ、ココダケ」


なるほどねぇ、と曖昧な相槌をうち、進んでいく。

私の服を掴んだまま後ろを着いてくるメサイアは不自然なほど黙りだ。


振り返ってみるが、暗くてその表情はハッキリと見えない。だが、何となくさっきまでより明るい表情をしている気がした。気のせいかもしれないが


「メサイア、暗いの苦手?」

と、聞いてみると首を横に振った気配があった。


「あのね、こんな時に言うのもどうかと思うんだけど……私ね、楽しいよ、今」


そう言うとメサイアは掴んでいた服を放し、代わりに手を握ってきた。血まみれの私の手を


この距離になって見えたのは、様々な感情の上に成り立つ複雑な、笑みだった。


「私ずっとあの狭い部屋に居たから……城の中にこんな所がある事も知らなかったし、こうやって誰かと必死に何かをやるっていう事も……無かったから」


笑みが曇る。


「だから、貴女が。パイソンが私を連れ出してくれて本当に嬉しいの。でも」


手を握る力が強くなる。

彼女は彼女なりに考え、私の事を、自分の事を心配していたらしい。


けど、正直メサイアにそんな顔はして欲しくない。沈んだ顔をするのは私だけで充分。


まぁ私だって、そんな顔はしたくないけどさ。


「ねぇ、パイソン―――」 「外は」


「外はもっと楽しいよ。

楽しい事ばかりじゃないけど、大変な事ばっかりだけど、でも楽しいんだ」


メサイアを安心させるよう、笑みをなげかけてやる。

演技ではない、本当の笑みで。

血の足りないボンヤリとした脳みその中には、生意気なメカと、ムカつくあの男の顔が浮かんでいた。


刹那、私はその笑みを仕舞った。


咄嗟にライトを消し、メサイアを抱いて近くの物陰に潜もうと跳んだ。

銃声が響いた。


間一髪間に合わず弾は私の腕を穿いた。

メサイアには当たっていない。しかし


「パイソン、腕が!」


さっき肩を撃たれたのは右。腕も右。よりにもよって利き腕が穴だらけとなってしまった。これでは満足に銃も持てない


けど、慌てない。私は左手でメサイアの口を塞ぎ、耳元で「静かに」とだけ伝えた。彼女がこくこくと頷くのが分かる。


「あらあら、隠れちゃった。あまり時間を掛けたくないからさっさと出てきてちょうだいよぉ」


声の主は一発でわかった。フロイスだ


今の今まで私の正体を知っていながら何一つ行動を起こさなかったのは、今日、この瞬間の為。

コツ、コツとフロイスが歩いてコッチに近付いて来る音が部屋に響く。


「どうせ脱出の為のボートを探しに来たんでしょうけど、そんな物ここには無い。もう逃げ場なんて無いから諦めて投降してくれると嬉しいわ。ミス・パイソン?」


聴こえてるんでしょう?と挑発するような口調と共に銃弾が潜む物陰を掠めるように通過していった。

間違いなく自分たちの居場所は割れている。

初弾もそうだが、見えてなきゃこの暗闇での命中は有り得ない。


ラヴが何も言わず私の頭に飛び乗ってくる。そして、彼の機体に積まれた幾つもの機能のうち一つを起動させた。


私は銃を斜め上に構え、引き金を引く


銃弾は遥か上の天井に着弾したらしい。火花が僅かに散ったのが見える。


「あらあら、何処を狙って撃ってるの?それとも血の流し過ぎで正常な判断が出来ないのかしら?」


「バーカ……」


私は更に数発、寸分狂わず同じ場所に向けて銃弾を撃ち込んだ。

……暫く待ってから、私はメサイアを一人物陰に残して立ち上がった。


フロイスの姿がハッキリと見える。


そして流石に全弾とはいかなかったが、数発そのデカイ身体に着弾したのもまた確認出来た。


「跳弾……あんた、そんなの出来るの」


「出来る、他にも色々出来るけど、見たい?」


「結構よ」


静かな口調で話してはいるが、フロイスは明らかに激昂していた。

上昇著しい体温が全てを物語っている。


サーモグラフィ。ラヴの持つ機能の中で使いにくさで一、二を争う「コレ」に私は感謝した。


おかげで、どうやらちょっとはフェアな闘いが出来そうだ

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Bボーイング・ビート シェンマオ @kamui00621

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