第10話
「おっ、トライズ!」
野太い声、やかましい足音。
振り返るまでもない、後ろから声を掛けてきたのはベルベットだ。
私は高鳴り収まらぬ鼓動を抑え、平静を取り繕ってから振り返った。
ビンゴ、肩で息をする彼の姿があった。見るに今の今までライデンを探して城中駆け回っていたのだろう。
「トライズ、お前が教えてくれた方に奴は居なかった。付近もくまなく探したが、それらしき姿は見えない」
「そうですか、それは残念でしたね」
「? お、おう……お前、何だか嬉しそうだな。実は見つけたのか? ライデンを」
鋭い男だ。抜けている所もあるが、やはり油断ならない。そういう人だと知っているからこそ、ここに呼びたくなかったのに。
……まぁ、もう良いだろう
「えぇ、見つけましたよ」
「本当か!? 何処で、いつ!?」
このはしゃぎっぷり、まるで子供だな。昔、伯爵とこの城の中でかくれんぼをした時の事を思い出してしまう。
ベルベットは私の両肩を掴み、早く言えとせがんでいる。いや、せがむと言うよりは最早脅迫に近いだろう。
それくらい必死にライデンを追っているのだろう……なら、さっさと追わせてやらなければ
「きっと、今からなら追いつけますよ」
「あぁ? そりゃどういう―――」
破裂音、まだ乾ききってない銃口がまた汚れてしまった。
というか拭く時に外したサイレンサーがそのままだった。城中に銃声がこだましてしまっている
そして予想通り、分も掛からない内に兵士が2人飛んできた。
私の足下に転がった死体を見てギョッとしているのが少し笑える。
「ト、トライズ様……えっと、これは」
「死体だ、見りゃわかるだろ……あぁ、すまないが処分しといてくれ、ダストにでも落としておけばいい」
兵士らは終始戸惑った表情を浮かべていたが、目上の立場に決して逆らえない惨めな彼らは「了解しました」と手を胸に当てた。私はそれを笑って見届け、その場を後にした。
報告が二度手間にならずにすんで、ラッキーだ。
当初の予定では、先にライデンの事を伯爵に報告し、その後ベルベットを……と考えていたので、非常にツイていたと言えるだろう。これも日頃の行いが良いからだろうか
何にせよ、今日は良い日になりそうだ
私はついつい頬が吊り上がるのを理解しながらもそのままにしておき、歩調を早めて急いで伯爵の部屋へと向かった。
この時間ならきっと読書に勤しんでおられるだろう。そうじゃなくてもこの非常事態だ、寝てはいないはずだ
暫くもしない内に目的の場所へ辿り着いた私は、まず服に汚れが無いかチェックし、よれを正して咳払いを1つ。
そしてドアをトントントン、と3回。そして間を少し開けてトン、と1回ノックする。
これは昔伯爵と私の間で決めた秘密の暗号で、お互いの名前を言わずともその存在を証明出来る証として作った物だ。使用方法は主に木の葉の上に作った秘密の隠れ家に入る時の合図。
何だか今日は無性に昔の事を思い出す。そんな事を考えていると、ドアの向こうから「入れ」と声がかかった。
私は勢いのままにドアを開けないよう極力いつも通り、平然とした態度で部屋へと入った。伯爵はベッドで本を読んでいる。
懐かしい、これまた昔2人で読んでいたSF物の冒険譚だ。表紙を見れば印象に残っているシーンがつい昨日のように蘇ってくる。
「……何だ、どうしたトライズ? 1人でニヤニヤして。悪い物でも食ったか」
伯爵が本を閉じる。その音でハッと我に返った私は、姿勢を正し、自分の成果を一欠片ほどの嘘偽りもなく伝えた。
脚色も虚飾も無い、真っ当な仕事ぶりを話した。伯爵は黙って一部始終を聞いていたが、私が一通り話すと何故かはぁ……と、大きな溜め息をついた。
「トライズぅ……」
「え、す、すみません。アリエノール伯爵、何か不備がありましたか」
はぁ……と、伯爵はまたも溜め息をついた。
確かに怪盗という舞台装置を己の婚約に用いるという彼の考えに多少そぐわない事をしたかもしれないが、しかし結果的には同じ事ではないか。
ついでにベルベットも殺ったのだから溜め息2回はないだろう、2回は
このままでは不本意な説教を受けてしまうかもしれない。そう思った私は隠していたとっておきを伯爵に手渡した
「伯爵、コレを」
「……コレは?」
私が手渡したのは何かのリモコンだった。手の中に収まるほど小さく、用途はイマイチ分からないが、手土産には丁度いいだろう
「ライデンとの交戦後に拾ったモノです。彼が死んだ事の証明になるかと」
なるほどな、と伯爵は頷いてくれた。
幾らか表情が和らいだように見え、私は少しホッとした。これだけでも拾っておいた価値はある。
「……君は昔からそういう所がある。私の考えた事に不服があっても決して反対はしないが、こうやって行動で表すのだ。良くも悪くもな」
「うっ、す、すみません……」
しかし結局怒られてしまった。
優しい口調なのが唯一の救いと言えるか、だが私の上がりきっていたテンションは一瞬で地の底まで落ちていった。
例えるならステーキだと思っていたら革靴だった時のような。そんな気持ちだ
「し、しかし伯爵、やはりベルベットは必要ありませんでしたよ。あの男、ただのネズミ捕りではありません。手元に置くには厄介な男です」
「ふふっ、それを君が言うのか。面白いな」
今、暗に伯爵が私のことを扱いにくいといった。もうコレは革靴どころか牛の糞くらいのテンションだ、式で牛肉を見たら憤慨して死んでしまうかもしれない。
「彼は今回の策において必要な男だったよ。間違いない……そして、君は理解してないかもしれないが思ってる事が顔に出やすい、昔からね。気をつけるといい」
「……すみません」
もう謝罪の言葉しか出てこない。
「おいおい、そんなにしょげるなよ。冗談だ、悪かった可愛い弟よ。君は充分な働きをした。策も大詰めに入ったんだ、喜んでくれ」
それに、と伯爵は続ける。
「君には式のスピーチを頼もうと思っているんだ。急で悪いが、引き受けてくれるかい?」
私はその言葉にハッとした。
何たる僥倖、勿体ないほどの大役。
私は気が付けば片膝を地面につけ、頭を垂れていた。
「喜んで引き受けさせていただきます」
「良かった、君なら安心だからな。式の最後には派手な一発を予定している、楽しみにしていてくれ」
派手な一発、というとメサイアを用いた他国に対する攻撃、或いは宣戦布告の一打の事だろう。
愛だのなんだの言ってはいるが、嘘ではないにしてもそれが全てでは無いというのが兄らしい。
妻を火薬に、敵国と一戦交えようとする夫もそう居ないだろう。
そもそも、何処からあんな物騒な物を持ち出して来たのか。前に気になって聞いてみたが、適当にはぐらかされてしまった。
記憶の操作にしても、彼は私に黙っている事が多い。が、まぁ構わない
「私も伯爵を、兄を信頼してますよ」
「ありがとう、弟よ」
信頼に優る物などこの世にありはしないのだ。それが例え結婚に至る程の愛であったとしても―――
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