第9話

「お前、なんでおっさ……ベルベットに嘘をついた?」


懐に潜ませた拳銃に手をかけながら俺はは聞いた。

対するトライズもまた手をポケットに潜ませている。中に拳銃なりナイフなりあるのだろう


俺の問いにトライズはどうにも気色の悪い笑みを浮かべながら答えた。

それはとても簡素なもので


「わざわざ手柄を分けてやる事は無いでしょう」


と、だけ。同じ警察の奴なのにおっさんとはえらい違いだ。奴なら100人連れてでも俺をとっ捕まえようとするだろう


単に、俺の事を舐めているだけなのかもしれないが……


「いや、違うか」


トライズが首を傾げる。

俺が呟いた言葉の意味が理解できないのだろう


しかし、確かに違う。

コイツは一度実際100人ぐらいの集団を連れて俺を捕らえに来てる。

あのホテルを襲った夜盗の指揮者はコイツだ。ラヴも確かにコイツの顔を確認している


なら、何故いまさら単独の手柄を求める。言動が矛盾しているじゃないか?


「お前、もしかして兄貴に不信感でもあるのか? ご自慢の伯爵様によぉ」


「……何が言いたい?」


トライズの目が細くなった。薄気味悪い笑みは引っ込み、代わりに法の守護者とは思えない暗い影が彼の顔を覆った。

気を抜けば一瞬でやられてしまいそうな、強い殺意を感じる。


「いやなに、そう考えたら少しは辻褄が合うかなってよ。ベルベットを呼んだのも、わざわざお抱えの暗殺部隊まで使って俺を捕まえようとしたのも。お前の考えじゃなく、伯爵の意思なんだったら、今この状況をちょっと受け入れられそうだ」


「違うと言ったら?」


「嘘つきは怪盗だけで充分―――」


俺が言いきるより早く、拳銃が互いの眉間を捉えた。ほぼ同時、一瞬トライズの持つリボルバーの方が早かったが彼は撃たなかった


「アリエノール様は、お前を演出の一部として考えている。己の納得する形で姫と結ばれるためのな」


ほう、と思わず声が漏れた。

構わずトライズは抱え込んでいた不満を吐露し続ける


「俺一人で充分だと言ってもあの人は聞きやしないし……どうせ意識を奪うんだから、ハナっからそうしちまえば全部済むのに……!」


「ははっ、苦労してんな」


俺が口を挟むと、トライズは喋るのをやめた。拳銃の引き金掛けられた指に力が込められていくのが見て取れる


「だから、せめてもの仕返しにお前を殺すんだ。どうせ生かしといても面倒な事になるだろうしな」


じゃあな、とトライズは言った。

誰に、俺に。俺に?


引き金がカチリ、という音を立てた。

銃弾が放たれる。暗いし、目視は出来ない、当然思考の余地も無い


なら、どうするか―――こうするのさ


パンッ、と甲高い音を立ててランプが弾け飛んだ。破片は飛び散り、一瞬にして部屋は暗闇に包まれた。


「なっ!?」


トライズの驚く声が聞こえる。

アイツはまだ撃っていないらしい、変わらず拳銃を構える姿が月明かりで薄ら見える。


「まぁ、当たらないけどな」


トライズは驚いて振り返った。声が後ろから聞こえたからだ。

そして、テーブルに腰掛ける俺と視線がピタリと合った。


「一つだけ教えといてやる、カッチョイイ決め台詞は撃ってから言いな」


「ちっ、驚かせやがって……しかしそうも無防備ではもうかわせないだろう」


乾いた銃声が部屋に響く、硝煙がもうもう部屋に立ちこめていく。

トライズの狙いは俺の体にピタリと合っていた。

大した距離でもない、決して外れはしない。しかし、トライズの視線の先に俺は居ない


「消えたっ!? なっ、何処に?」


今や部屋の明かりは窓から差し込む月明かりのみ。トライズはおどつき、拳銃を構えたまま忙しなく辺りを見渡す


「何処だ!出てこい、卑怯だぞ!」


「くくっ、夜襲仕掛けてきた奴が卑怯とは言ってくれるなぁ」


声のする方めがけトライズは銃を放つ。しかし手応えはない、穴の空いた床から煙が立ち昇るばかりだ。


「じゃあな、トライズ。また会おうぜ」


トライズは声のする方、自身が背にしていた窓の方を振り向いた。

拳銃の照準がまた俺にピタリと合う、がもう遅い。


見せびらかすように舌を出し、俺は窓を思い切り蹴破って外へと飛び出た。


「クソっ、待ちやがれ!」


トライズが窓から身を乗り出して叫んでいるのが落下しながら見えた。

その姿が少し面白く、笑いながら俺は落下先を確認する。高さはあるが、通路の屋根があった。

随分幅が細いが、文句は言ってられない。あそこに降りて、一度忍び直してそれからパイソンらと合流して……


なんて考えながら、俺は予定通り屋根に着地した。屋根と言っても横幅は2m無いくらいだ。片道通路と言うのだろうか。何にせよどう使うにも不便な道だ


落ちてきた部屋からはだいぶ離れている。もし仮にトライズが追ってきても充分逃げ切れる。

我ながらナイス機転―――ドンッ、と背後に重い衝撃を感じる。まるで、何か大きな物が上から落ちてきたかのような……俺は恐る恐る後ろを振り返った。そして、天を仰いだ


「マジかよ」


そこに居たのは、トライズ。

どうやら俺を「追って」上から落ちてきたらしい。

全く、大した度胸と言える。最悪過ぎてまた笑えてきた。

さっきの面白さとはまるで意味が違うが


「はぁ、はぁ……さぁ、どうする怪盗。また飛び降りるか?見たところ手頃な着地先も無さそうだが」


そう、無いのだ。もう一度離脱しようにも、下はもう足が竦むくらいの景色が広がってる。何せ城の外、つまり水面。

この高さから落ちたら流石の俺もタダじゃ済まないだろう


コイツがここに居なきゃ、ロープなり何なり使って逃げれただろうが


どうやらそんな余裕も無さそうだ。


トライズは慣れた手つきで素早くリロードを済まし、俺に銃口を向けた。


「かわせるか?今、俺にはお前がよく見えるぜ」


そう言ってトライズは躊躇いなく引き金を引いた。弾が放たれる

俺はしゃがんで何とかソレをかわすことに成功した、が。一発で終わる道理は無い


二発、三発と間髪入れずにトライズは撃った。

二発目は身を捻り避けたが、三発目は脇腹を綺麗に穿った。血が噴き出す


瞬く間に傷口から燃えるような熱と痛みが湧き上がった。呻き声は噛み殺し、俺は体を起こす。


何故ならまだ三発、一般的なリボルバーなら、あと三発。アイツは撃てる


「ははっ、ソレがついさっきまでイキがってた怪盗様の姿かよ!情けねぇなぁ」


銃声が再び響く、一瞬遅れて自分の肩に穴が空いている事に気付いた。

視界が眩む、立っているのがやっとだ


「じゃあな、怪盗ライデン」


足がフラつく、今にも意識が断ち切られそうだ。それなのに顔に当たる冷たい風だけがやけにハッキリと感じとれる。


そして、引き金は引かれた。


「がはっ」


もう、何処に当たったのか。何処が痛いのかも分からない。

たった一つ、ぼんやりモヤがかかる頭で理解できるのは俺は撃たれ、足場を失った。という事だけ。


後は、自分が落下していく奇妙な感覚だけが俺を包んで、消えた。


▶▶▶


「ははっ……はははっ、やった!やったぞ!」


横幅僅か2mばかりしかない通路の天井でトライズは吠えた。歓喜の声だ。

手には新鮮な硝煙立ち込める拳銃が一丁。警察で支給された物とはまた別のリボルバーだ。


彼はたった今勝利したのだ。

何に、あの世界に名高い怪盗に、そして敬愛する兄に。

そうだ、兄に報告に向かわなければ、私が怪盗を始末しました。と


「あぁ、なんて言うかな。褒めてくれるかな……怒られるかもな。ふふっ、それも良い。構いはしない」


トライズは残された銃弾一発を夜空に向かって撃ち、それを自身への祝砲とした。


「……さて、どうやって降りようかな」


僅か2mばかりの天井、落ちるのも降りるのも一苦労するこの通路の改築を進言する事を心に違うトライズなのだった。

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