第8話

「遅い遅い!そんなんじゃ一生捕まってやんないぜ!」


しつこく追っかけてくる連中に唾を飛ばしながらまた一つ屋根を飛び越える。手を握りしめてくるメサイアも怖がりつつも何とか走れている。

本当はおぶって行くつもりだったが思ったより……その、重かった。

私自身腐っても女だし、メサイアとは友達だから口が裂けても言葉にはしないが、計画は変更した。


「メサイア、飛ぶよ!」


「う、うん!」


足並み揃えて屋根どうしを高く飛び越える。追手も必死に追いかけてくるが明らかに向こうの方が遅い、みるみる私たちとの間に差ができていく。


「これは、案外あっさり行けちゃうかも……!」


けど、当然ながら現実はそこまで甘くなかった。


城の出入口である大門のすぐ近く、城壁の上。私たちはそこで立ちすくんでいた。


「うそぉ……」


跳ね橋が上がっていた。

それはつまり、今この城は水に浮かぶ孤島となり歩いて脱出という事が不可能になったという事。


「ど、どうするの……?」


メサイアが不安そうに聞いてくる。

追手ももうすぐそこまで近付いてきてる。選択の時間はあまり残されていない


どうする、このピンチ。どう切り抜ける?

アイツなら、私にこの道を、生き方を与えてくれたアイツならこの状況どう躱してみせる?


「パイソン、あの人たち来てる!もうすぐそこよ!」


どうする、メサイアは泳げるのか?


いや、仮にも精密機械の集合体

それに水の中では動きもトロくなる

逃げれるものも逃げれやしないだろう。


「パイソン!」


目の端に最後の壁を飛び越えてあと数歩で手が届きそうな所まで近づいてきてる夜盗の姿が見える。

やっぱり、私一人では役不足だった。


私は諦めて腹を括り、メサイアを自分の後ろに隠すようにしてナイフを構えた。これ一本でどうにかなるとも思えないけど、せめてニヒルを気取って死んでやろう―――「ソノヒツヨウハ、ナイデスヨ!」


夜盗の手が私に及ぶ、そのすんでの所で突然聞き慣れた声が私を追い抜き、夜盗を吹っ飛ばした。


「ラヴ!」


メインモニタにドヤ顔を映した頼れる相棒がそこに居た


「サガシマシタヨ、ミス・パイソン」


「ラーヴー!」


ラヴの突然の登場が嬉し過ぎて思わずその小さな機体に抱きついた。


「ミス・パイソン、スグニツギノテキガキマス。イソイデ、ニゲマショウ」


「それが、橋が上がってて逃げようがないんだよ!」


ラヴは私の腕から抜け出て、跳ね橋の方を見下ろし、暫し黙考した。

しかしラヴ基準の暫し、というのは私たち人にとってはわずか数瞬。

あっという間に結論を導き出したラヴは私の頭に飛び乗り、アイモニターで建物のマップを映し出した。


「チカニ、コガタノフネガ、アリマス。ソレヲウバイマショウ」


「OK、地下ね。行くよメサイア」


「え、えっと……その方は?」


メサイアは突然現れたミニマシンに驚きと興味を隠せないようで、私の頭に視線を伸ばしている。


ラヴは自身の自己紹介を済ませていないことに気づき、一度私の頭から離れたかと思うと、紳士然としたお辞儀をしてみせた。


「コレハ、モウシオクレマシタ。ワタクシ「ラヴ」トイウモノ、デス。イゴ、オミシリオキヲ」


「あ、えっと……ご丁寧にどうもありがとうございます。私はメサイア、はじめましてラヴさん」


そうして機械な2人は挨拶を終え、追いついた夜盗共を何とか躱してから私たちは地下へと向かった。


「……ニシテモ、カレラハイッタイ?ミスターヲ、オソッタノト、ドウヨウ。ケイサツ?イヤ、ホウリツノタズサワッタウゴキデハ、ナイ……ウーム」


「ラヴ、うるさい!」


▶▶▶


「ライデェェェンンンン!!!何処行きやがったぁぁぁ!!!!」


城の中を駆け回って暫く、探せども探せども奴の影すら見えない。

叫んでみてもだだっ広い城の中に虚しく反響するだけで、焦る気持ちをより一層強くさせた。


「畜生、油断も隙もありやしねぇ……」


思い当たる場所にはとことん行ってみた。伯爵の部屋にも押しかけたが、奴は居なかった。


こうなるとやはりパイソンと合流したと考えた方が良いだろう。

俺は先程行きがけの兵士に聞いたパイソンのいる方へ行くべく脚を向け―――


その時、俺の目は一点で止まった。


扉があった。何の変哲もない扉だ。

だが、ライデンを追って幾年にもなる俺の勘が告げていた。扉の向こうに誰か居ると。

それは当番の兵士かもしれないし、何なら何処からか入り込んだ猫かもしれない。しかし、俺はどうにもその扉が怪しく思え、気づけば扉の取っ手を握り締めていた。

もう片方の手には冷たい手錠、奴の姿が見えしだいこれを投げつけて捕らえ直してやる。


そして、俺は一息に扉を開けた。


「諦めてお縄につけい、ライデン!!」


……飛び込んだは良いものの、部屋が暗くてよく見えない。俺は手探りで電灯のボタンを探すが、それより早く部屋の奥にランプの灯りが生まれた。


「……そこに居るのは、ベルベットさんですか?」


「その声……トライズか!」


灯りが宙に浮いたかと思うと、仄暗く照らされたトライズの顔が浮かび上がった。


「お前、何でこんな所に居る?俺が言うのも何だが、怪盗が現れて兵たちは大騒ぎしてるぞ」


「知ってますよ。ですが僕の出番はありませんから、ここで待機してたんです」


トライズはそう言うとランプの火を幾らか強くし、より部屋を照らし出した。

そして分かったのだが、どうやらこの部屋は物置らしく、所狭しと大小様々な物が置かれている。


「出番が無い?どういう意味だ」


「言葉通りですよ……ふぁぁ。それより、ベルベットさん。やはり彼は脱走しましたか」


ギクリ、痛いところをつかれてしまった。だが、ここで嘘をつく意味も無い


俺はせめて恥ずかしさを少しでも紛らわそうと頭をかいて「あぁ」と短く答えた。


「やはり……実は僕さっきそれらしき姿を見かけましてね。確認する間もなく消えてしまったので、証拠も何もありませんが―――」


「それは何処だ!教えろ!」


俺はトライズの肩を掴んで叫んだ。

今すぐにでもそこへ向かえば、ライデンが居るかもしれない。そうでなくても後を追う手掛かりくらいにはなる。


「書庫の部屋近くです。場所は……分かりますよね」


「あぁ分かる。情報協力に感謝する!」


俺は眠たげな顔をしているトライズの手を掴んで、めいっぱいの感謝を込めて振り回し、走って物置部屋を後にした。


「待ってろライデン、すぐに捕まえてやるぞ……なんて、思ってるんでしょうね。ねぇ?」


「……俺に聞くなよ。ってか、バレてたのか」


ランプの灯りでは届かない物陰からのそりと人影が現れた。それは、ベルベットが追う影、その実態。


そして、この私トライズの獲物。


「勿論ですよ、怪盗ライデン。私だって警察の端くれですから」


「……そうかい」


ランプの中で揺れる火が、ライデンの顔を照らした。

その目の向こうに居るのは、敵。

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