第7話

「ちょっと、あなた急にどうしたの!ねぇ、ねえってば!」


メサイアに激しく肩を揺さぶられる。

自分のトランクケースから自前の銃と一枚の小さな紙を取り出し、手早く服を動きやすい服に着替える。


「ねぇ!」


「逃げるよ」


メサイアが私の肩を引っ張るのを止めた。顔を見なくても分かる、彼女は驚いてる。


「ここから逃げる、メサイアも準備して」


「な、何言って……どういう意味!?」


「何って、言葉通りだけど……急いで。こっち来てる」


何が、とメサイアが泣きそうになりながら言ってるが、これ以上説明してる余裕は無さそうだ。遠くから沢山の足音がコチラに近付いてくるのが聞こえる


「道は……窓があるか、ココから飛び降りて屋根伝いに……よし、行ける!」


「ねぇ、私に分かるように説明してよ」


「説明は後でするから、ほら。手ぇとって!」


窓を開け、下を覗く。風もあるが決して飛び降りれない高さじゃない

困惑のメサイアは私の後ろにピッタリ引っ付いていて、同じ景色を見下ろして愕然としている。


と、その時部屋のドアが乱暴に蹴破られた。


「ヒィッ……」


現れたのは全身黒で統一された謎の集団、その中心から一歩進んで現れたのは薄気味悪い笑みを浮かべたスーツの男。私はその男に見覚えがあった。


それは確か、ベルベットのおっさんと共にこの城へやってきた……トライズとかいうこの国の警察。

しかし、警察の部下と言うにはこの夜盗めいた見た目の集団は怪しすぎる。

どうにもあの笑い共々胡散臭すぎる


「姫、その者は賊です。危険ですのでコチラに」


「あ、貴方、誰……?」


「あぁ、コレは失礼。私はトライズ、アリエノール伯爵の忠実な臣下です……おい賊、姫を連れ去ろうとしてもそうはいかんぞぉ」


そう言ってツカツカとコチラへ歩み寄ってくる。応戦するには多勢に無勢、1人逃げる分には全く問題無いがそうはいかない。ここでメサイアが私の手を取ってくれないと話が始まらないんだ


「メサイア、行くよ」


「え、で、でも……」


メサイアは見るからに戸惑っていた。ここから飛び降りる事を、トライズの言うことを、そして私の手を取ることを。

だから私は無理やり彼女の手を取って驚く彼女の目を見て言った。


「行くよ。あなたの、自由の為に」


「―――!」


メサイアは私の手を握り返した。力強く、熱い手だ。


「ちっ……おい姫様は殺すなよ。賊だけ殺れ」


交渉決裂を察したトライズは夜盗の群れの中へ身を翻した。私はその背中目掛けて先程トランクケースから取り出した紙切れを投げつけた。


それを見事夜盗の1人がキャッチし、トライズに手渡した。


「……予告、状ねぇ。面白い」


小さく呟き、そしてそのままトライズは群れの向こうへ消えていった。きっと伯爵に持っていってくれるだろう。


何せアレこそが我々の犯罪証明、ショーへの招待状なのだから。出さずに仕事をすればライデンに叱られてしまう


「ね、ねぇ。アイツら近付いてくるわ……どうするの?」


「パイソン」


え?とメサイアはまた困惑の目を向けてくる。この状況で何を言ってるのだといいたげな目だ。


「私の名前。ちゃんと名乗ってなかった」


「何それ……じゃあ私はメサイア。パイソン、この手離さないでね」


そうして私たちは2人仲良く、窓から後ろ向けに飛び降りた。


▶▶▶


地下牢まで警鐘の音が響いて聞こえてくる。


「ブフッ。な、なんだなんだぁ!?」


わざわざ檻の前で温いコーヒーを楽しんでいたベルベットは、突然の事に動揺して口の中のものを噴き出し、慌てて立ち上がった。程なくして階段を駆け下ってくる音が聞こえ、ノックも無くドアが開けられる。


「ベルベット様、怪盗を名乗る賊が!」


一般兵らしい男は肩で息をし、一通りベルベットに状況を伝えると慌ただしく階段を駆け上っていった。


「ちっ、パイソンが従者に化けていただと……そもそもメサイアに従者が居るなんて聞いてないぞ!どうなってやがる……おいライデン、俺はパイソンを捕まえてくるからお前はここで大人しく……って、居ねぇ!?」


牢から視線を離したのはほんの一瞬。しかし、確かに牢の中はもぬけの殻になっていた。鍵も空いてる


「クソっ、あの野郎ぉ!」


ベルベットは椅子にかけていた上着を羽織り、急いでライデンを追うべく階段を駆けていくのだった。


▶▶▶


所変わって伯爵の自室


僅かな灯りの下、読みかけだった小説のページを捲る一時には暖かいミルクが必須だ。そして時に静寂を打ち破る程の喧騒もまた、私をより集中させるスパイスとなり得るのだ。


「……これも、もうすぐ読み終わってしまうな」


残りのページの薄さが妙に物悲しい。湯けむりを立てるミルクに口をつけ、本を閉じる。すると、示し合わせたかのようなタイミングで部屋のドアがノックされた。

トントントン、と立て続けに3回そして間をあけて、トンともう1回。これはトライズのノックの合図だ。それも、何かがあった時の


「開いてるぞ」


「失礼します」


ドアを開けて、予想通りトライズが部屋に入ってきた。何やら手に見慣れない紙切れを持っている。


「どうした……と聞くまでも無いな。それが例の予告状か?」


トライズは静かに頷いた。大方メサイアの侍女が実は怪盗の一味で、我が妻を持っていかれたとかその辺りだろう。


全くもって想定内だ。慌てる事も無い

私は再び本を開いた。

トライズは私の腰掛けるベッドに予告状を置いた。横目でチラリ見やると宝がどうとか書いてあるのが見える


「お前の方で処分しといてくれ」


「了解しました。対処の方はどうなさいますか?」


「あぁ、構わん好きにやらせてやれ。どうせココから出る事は叶わんからな。それより問題は怪盗ライデンだろう」


トライズは暫し顎に手を当てて考えている様子だったが、何か考えついたのか突然予告状を破り捨てた。


「彼はおそらく地下牢を抜けてくるでしょう。話を聞く限り柵1つでどうこうなる相手でもありません……ですので、彼は私にお任せ下さいませんか」


「勝算は」


「いつも通りでございます」


ならば大丈夫か、私はトライズに全て一任すると伝え彼が拾い忘れた予告状の切れ端を拾い上げた。


「全くもって、全てが予想通りだ。ククッ……アッハッハッハッハッハァ!!」


一頻り笑ったあと飲むミルクは、先程よりずっと美味しく感じた。

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