第5話
「ご紹介に与りました、国際警察のベルベットと申します。お目にかかれて大変光栄です、アリエノール伯爵」
「これはこれは、丁寧な挨拶感謝します。ベルベットさん」
あの後、トライズに連れられアリエノール城へやってきた俺だったが、こうもすんなり城主との面会が叶うとは思っていなかった
ついさっき城へ入ったばかりだというのにもう挨拶を交わしている。
「それで、ベルベットさん。そして我が友トライズ、本日は何の用で?」
豪奢な椅子に腰かけるアリエノール伯爵の言葉を受けて、俺の斜め後ろに控えていたトライズが前に出てそのよく通る声で説明し始めた
「はい、実は伯爵の城にあの悪名高い怪盗「ライデン」が現れるかもしれないという情報を得て、ココへ参じました!」
「ほう、あの怪盗が。して、何を盗む気なのだ? 恥ずかしながら私の城には彼の眼鏡にかなう程の宝はありはしないのだが」
伯爵はとぼけているのか、そう思った俺は口を開こうとしたが、トライズに手で止められた。
あの腹の読めない笑みを浮かべて俺にウインクをしてみせた。私に任せて欲しい、という事らしい。
「アリエノール伯爵、それは貴方様の花嫁でございます。ライデンは花嫁を盗むつもりなのです」
そして伯爵の方を向き直るや否やそう言ったのだ。俺は驚いた、花嫁?
彼が言っていた「宝」というのは、メサイアという人型の兵器のはず。
それが何故花嫁になるのだ。
しかし伯爵もまた驚いた様子で、口をあんぐりと開けて黙っていたが、唐突にその口の端がグニャリと曲がり、ソレはいつしか大きな笑みへと変わっていた。
「ハッハッハッハッ……なるほど、つまり花嫁泥棒、という事か。面白いではないかトライズ!」
「花嫁泥棒とは言い得て妙ですな、流石はアリエノール伯爵。ハッハッ」
釣られてトライズまで小さく笑いだすのだから、遂にいたたまれなくなった俺はトライズの肩を引っ張って無理やり後ろに下げると、未だ笑う伯爵の目を睨みつけた。
「すみませんがアリエノール伯爵、どうしても聞きたい事が出来ました」
「ハッ、ハッ……おっと、すまないつい取り乱した。なんですかな」
「伯爵、貴方とトライズは今花嫁と言いましたが、それは「メサイア」の事で間違いないでしょうか」
えぇ、と伯爵は静かに頷く。
「私が聞いていたのは、メサイアというのは人型の兵器で、とても危険な代物だという事です。国一つ簡単に消せるほどの凶悪な兵器、本来国で保有するべき物でしょう。しかし、それと結婚というのは、些か理解出来かねます」
伯爵は暫く黙って俺を見ていたが、また口元が歪んだ。先程とは違うが、笑った。薄ら笑いと言うべきか、背筋に寒気が走るような笑みだ。
「あぁ、その事……なるほど、トライズ。君だね、話したのは」
「はい、間違いありません」
「ふむ、ベルベットさん。貴方は一つ誤解している、アレはメサイア。ただの少女ですよ」
鳥籠のね、と伯爵は最後に小さく付け加えた。どういう意味か聞こうと再度口を開いたが、それより早く伯爵が言った
「確かに、彼女の体には強力な兵器が仕込まれている。だがしかし、それがどうしたと言うのか!? 大事なのはハートつまり愛ですよ、愛! 愛さえあれば人も機械も関係ないのです。分かりますかベルベットさん?」
「は、はぁ」
出遅れた俺はその勢いに最早圧倒されるだけだ。
「国が保有するべきとベルベットさん、貴方は仰いましたがそれは違います。彼女は一見ただの少女だ、それも少しし控えめで、とても美しい少女なのです。それをただの冷徹で無機質な兵器扱いなど出来ますか?私には出来かねます!」
「私もそう思いますアリエノール伯爵! それで、本日ベルベット様をここへお連れしたのは―――」
前へ出たトライズだったが、愛について熱く語っていた伯爵が突如人差し指を立てたのを合図に、ピタリと口を閉じた。
先程から感じていたのが、この二人随分と親しいようだ。一国の警察官と、自分の城を構えるような大物がここまで親しげに接するだろうか。
トライズは俺に昔良くしてもらったとしか言わなかったが、コレは………。
暫し思考にふけっていた俺は、伯爵がすぐ目の前まで来ていたのに気づかず、肩に手を置かれ思わずドキリ。としてしまった。
「つまり、ライデン逮捕の助力になってもらおう。と、そういう事だろう?」
「えぇ、このお方はライデンの逮捕に力を貸して頂けるという事で……助力、というよりは主力。ですかね。それと私の部下をそれなりの数この城に置かせて頂きたいのですが……構いませんか?」
「あぁ、勿論構わない。食事の面倒は見てやれぬが、風呂や寝具などは幾らでも貸してやろう」
ありがとうございます、とトライズが頭を下げる。俺もそれに習って同様に頭を下げた。結局、俺の存在に関係なくトントン拍子に話は進んだ。
別にそれ自体は構わないのだが、そのせいで幾つか疑問が残った。
「おいトライズ、お前伯爵とどういう関係なんだ」
伯爵の前から失礼した後、何気ない調子でトライズに聞いてみた。
「どうって、前に言った通りですよ。昔良くしてもらったんです」
「そのお前が言う「良くしてもらった」ってのがイマイチ掴みきれないんだが、どんな事があったら一市民と伯爵があれだけ親しげに話せるんだ。普通有り得ないだろ」
俺がそう言うとトライズは笑った。いつもの陰湿な印象の笑みと比べると幾らか屈託の無い笑みと言える、明るい笑いだ。彼はそのままほんの少しだけ彼らの過去を教えてくれた。
幼い頃、物乞いとして道端の石ころの様に過ごしていた自分を当時代を継いだばかりの伯爵が見かねて、衣食住。それに仕事まで与えてくれた。といった感じだ。
それは話のほんのさわりの部分だけだったが、なるほど。充分理解は出来た
幼い頃、物乞いから急に救いあげてくれたというのは中々感謝にたえない話だ。俺はそれ以上トライズに詮索する事を止め、保護対象である「メサイア」の元へ向かった。
▶▶▶
「おいおい、マジかよ……」
その一部始終を見ていた私は、思わぬ人物の登場に思わずどデカい溜め息を吐いてしまった。
「なに、どうかしたの?」
「あ、あぁ、いえ。な、なんでもないですよ、アハハハハー……」
メサイアが不審げに首を傾げる。
そりゃ急に柱の影に押し込まれていたのだから仕方ない事だろう。
私たちは今、ちょうど散歩に出ていたのが怪我の功名というか、非常にツイていた。
散歩と言っても城の中だけという広くとも狭い行動範囲ではあるけど、おかげでベルベットと鉢合わせなくて済む
「ねぇ、貴女本当にどうしたの。そんな険しい顔をして……どこか具合が悪いの?」
「あっいえいえ、全く!元気ですよハイ。それじゃ、次行きましょうか」
私は不安そうな顔を浮かべるメサイアの手を半ば無理やり引っ張って、散歩を続ける事にした。逃走経路も考えたいし、純粋にメサイアの貴重なリフレッシュの邪魔をしたくなかったから。
それにしても良かった。警備やメイドと何度もすれ違っているけど、何もされる気配は無い。あんな事があったばかりだっから最初こそ警戒したが、誰も彼も全く無関心だったので今はもう解いている。
メサイアはよく笑うようになった。
気のせいかもしれないけど、随分と打ち解けれているような、そんな気がする。そうだと良いなと思える。
中庭に出ていた私とメサイアは、草の生えた岩に腰掛け、何を話すでなく静かに空を見上げていたのだが、ふとメサイアが数本並んで立っている木の内の一本を指差した
「ねぇ見て、鳥の巣があるわ」
「んー……あぁ、ありますね。でも、空っぽじゃないですか?ここからじゃ高くてよく見えませんね」
「三羽居るわ、とても可愛い小鳥よ」
それは何気ない言葉、けど。私は少しギクリとしてしまう。人よりずっと優れた視力、その宝石のような眼は人の物では無いのだと、改めて認識させられる。
「私ね、自慢じゃないけど眼がとても良いの。パパとママにビックリされたくらいよ。それにね、こう見えて力も結構あるの。重い本を一度に沢山持てるの、どう?凄いでしょ」
「―――えぇ、メサイア様は凄いです」
うふふ、とメサイアは笑う。何度見ても綺麗な笑みだ
「……さて、名残惜しいですがそろそろ戻りましょうか」
「えぇ、そうね。戻ったらまたお話してちょうだい。もちろん、あの怪盗の!」
分かりました、と言って立ち上がる。
するとメサイアの方から私の手を握ってくれた。まるで人の女の子のような小さくて温かい手だ。
「さて、あのオッサンはもう帰ったかな……」
「ん?何か言ったかしら?」
「いいえ、なんにもー」
何よ、教えてよ。とメサイアが膨らむ。それがあまりに可愛かったので私は思わず笑ってしまい、メサイアはますます膨らむのだった。
そして、案の定部屋ではベルベットが待ち構えていた。脇に何やら見覚えのある男も一人控えていたが、メサイアに軽い自己紹介だけ済ませてサッサと部屋を出ていってしまった。
内心凄いドキドキしていただけに、一瞥もくれないまま部屋を後にした時は思わずホッと胸を撫で下ろした程だ。
しかしコレで厄介な敵が増えた事に変わりはない。ますます猶予は無くなっていくばかりだ
「ねぇ、今の方たちは何のようだったのかしら。どうやら警察の方らしいのだけど、私何も悪いことしてないわよ?あ、まさか伯爵が何か企んでいるとか……私が婚約を拒むからって、警察の力を使って何かさせようと……ねぇ、聞いてるの?」
「はい、聞いてますよメサイア様。それよりお話、しましょう。今日は昨日の夜の続きから」
フロイスやアリエノールが何時までも放っておくとも思えないし、それに何時ベルベットに素性がバレないとも限らない。
あのムカつくライデン野郎の力は借りたくないし、状況は全くもって厳しい
さて、いつ動くかな
ほんと、楽しくなってきた。
▶▶▶
「ミスター・ライデン、ワレワレハ、イッタイ、イツ、ウゴキダス、ノデスカ?」
「んー、さぁ? 決めてないな……あぁっラヴお前そりゃズルだ、イカサマだ!」
ラヴが投げるように出したカードはそれはもう見事な|R・S・F<<ロイヤルストレートフラッシュ>>
だが、ラヴはもうゲームから完全に興味を失ったらしくそのモニターはカードでなく俺に向けられていた。
「マサカ、ミス・パイソン、ニシゴトヲ、オシツケル、ツモリデハ、ナイテスヨネ?」
「……まっさかー」
「メヲミテ」
金属ハンドで無理やり逸らした俺の顔を無理やり正面へ戻そうとしやがるクソッタレメカに負けるまいと暫し奮闘していた俺だったが、最大ウン万馬力出せるハイテク野郎に敵うはずもなく俺は為す術なく破れた。
ラヴのモニターに表示されていたのは怒りの|信号<<シグナルサイン>>、返答を謝ればこのまま首を捻り上げられそうな勢いだ。
「……ちゃんとそん時が来たら動くって。そんな焦んなよ」
「フム、キノセイカ、ソノセリフヲ、キノウモ、キイタヨウナ……?」
「気のせい気のせい―――アダダダダっ、もげるもげる!」
首を有り得ない方へ捻り上げられかけた俺は必死の抵抗も虚しく、そのまま首の骨を折られて即死……する訳もなく、するりとラヴの拘束から逃れた。
「チッ」
「おい舌打ちしたぞこの機械! 畜生なんでこんな反抗的に育ったんだお前は」
なんて、夜もふけたホテルの一室で暫しワイワイやっていた俺たちだったが、ふと罵りあいの応酬がピタリと止んだ。
「……キマシタカ、トキ」
「あぁ、来やがったぜ。時」
ラヴは俺の肩に飛び乗り、臨戦態勢を取る。敵はすぐ側、それも結構な数。
「やるぞ、ラヴ」
「Entendu.」
俺が銃を取り出すのと、部屋のドア、そして窓が蹴破られるのはほぼ同時だった。
さぁ、楽しくなってきたぞ。
俺は笑い、硝煙臭いドラッグパーティーの開幕を高らかに宣言した。
「ガンガン盛り上がっていこうぜ、親愛なる馬鹿共」
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