第4話

静かな、薄暗い部屋に突如甲高いベルの音が鳴り響く。


「ミスター・ライデン。ミス・パイソンデス」


「むがっ……んぁ、あぁ。わかった。繋げてくれ」


今の今まで睡眠に勤しんでいた俺は、一つ大きく伸びをしてソファから身を起こし、インカムを装着した。


『あー、あー、もしもーし』


ザザザ、と多少の雑音と共に聞きなれた女の声が聞こえてくる。どうやら機械の調子は良いようだ。酷い時はまるで何も聞こえない


「聞こえてる。やーっと連絡してきたか、待ち侘びたぜ」


『うるせーバカ、どうせ寝てたんだろ』


声の主はパイソン、俺の助手。

小さい頃から面倒見てやってんのに、いつまで経っても口の悪い女だ。


そんな彼女には今、今回のターゲットを保有しているらしい「城」へ潜入してもらっている。


「で、何か分かったことは?」


『あぁ、数日掛けて見てみたが、白の中に監視カメラや赤外線センサーみたいなモノは無いな。代わりにそこら中に警備が居る。こうやって連絡するにも一苦労だ』


「ソレハ、ザンネン。ワタシノ、デバン、ナイ」


『あぁ、とても残念だ。コンピュータならお前の独壇場なのにな、ラヴ』


インカムと同期して聞いているラヴは小さな肩を落として分かりやすく落胆した。コレでも機械のはずなんだが、最近ちょっとした仕草が段々ヒトっぽくなってきた。


『とにかく、今回ラヴの力は殆ど借りれない。それにカメラやセンサーが無くても警備の厳重さに変わりは無い。機械に頼ってない分、手間がかかる』


「ふん、他には?」


『あぁ。ターゲットだが、見た目は情報どおりだ。何処からどう見ても普通の少女だ。ハッキリ言ってあの子が兵器だなんて考えられない』


その言葉を聞いて思わず俺は吹き出してしまった。当然、パイソンは怒ったように「なんだ、何がおかしいんだ!」とまくし立ててくる。


「いや、あの子。って……お前、もしかしてメサイアに大分入れ込んでるな?」


『……………』


返事が無い。通話の向こうでパイソンが顔を歪めているのが手に取るように分かる。


「あのな、パイソン。どんなに見た目は可愛い女の子だからって、メサイアはれっきとした兵器だ。それも国一つ簡単に消せる程のな」


『……分かってる、分かってるけど。でも、あの子は』


パイソンはまた黙った。時折何やらもにょもにょ言っているが、聞き取れやしない。

何にせよ、長い事一緒に仕事をしてきたがこんなパイソンは初めてだ。

正直驚いている


『あの子、自分の事を分かってないんだ。本当に自分をどっかの姫だと思ってる』


ほう、記憶の改ざん。それは指輪内の情報群には乗ってなかった。


『で、アリエノールはメサイアに求婚してる。当然、何か裏があるんだろうけど……でもメサイアはそれを嫌がってる』


「へぇ、シャロル・アリエノールってかなりの男前だって有名だぜ? 街のマダムから散々聞かされたんだ」


『そういう事じゃねーんだよ……ほんと女心を分かってねぇよなお前は』


また吹いてしまった。まさかパイソンの口から女心なんて可愛い言葉が聞けるなんて全く思いもしなんだ


『……』


「あ、すまんすまん。悪かった。さ、続けてくれ」


『…………』


「…………」


インカム越しに殺気を感じる。

耳から脳にかけて殺されそう、俺は助けを求めてラヴにウインクをする。

するとラヴは自身のモニタにため息顔を表示した。ほんと、成長してるわ。


「ミス・パイソン、コノクニノ、チョコハ、トテモユウメイナンデスヨ」


『ふーん』


「ネェ、ミスター?」


「……分かった、この仕事終わったら買うから。もうわんさか買うから、早く殺気を収めてくれよ」


暫く黙っていたパイソンだったけど、何とか溜飲が下がったのか、インカムから放たれる殺意が収まった。


その後、幾つか情報を交換して通話を終えた俺はインカムを外した。

立ち上がって、もう一回大きく伸びをしてから部屋の窓を開けた。


「おいラヴ、聞いたか?」


「ミスター・ライデン、ゼンブ、チャント、シッカリキイテマシタヨ」


「ふふ、あのパイソンが女心だってよ」


ちょっと前まで自分が生きる事しか考えてないような奴だったのに。


「時が流れるのは早いもんだ」


寒っ、俺は窓を閉めてサッサとベッドにインするのであったとさ。


▶▶▶


「ったく、あの野郎」


折角警備の合間を縫って連絡してやったのに、ほんとにムカつく奴だ。

この仕事終わったらマジでチョコ食べまくってやる。私はそう心に決めてインカムをしまってからトイレの個室から出た。


ここのトイレは個室が幾つか内蔵されている一つの大部屋で、城の中で唯一と言っていい警備の無い部屋だ。

だから、油断していたのかもしれない


「あら、貴女は」


そんな気軽な調子で声を掛けられた瞬間、心臓が飛び跳ねた。

が、平静を演じて声のほうへ振り返る。主は、城の掃除メイドの長を勤める太った女性だった。

一見、人畜無害そうな笑顔を浮かべているが、ずっーとその顔なのでどうにも腹の中が読めない人。


何にせよ女性社会の中で挨拶は欠かせない。私は長いスカートの両端を摘んで小さくお辞儀をする。

口を開くのは顔を上げてから


「私はメサイア様の侍女の―――」


「あぁ、そうそう! そうだったわね!」


けど、遮られた。別にいいけど


より一層笑顔を明るくしながら女性は私の両手を握ってきた。トイレの個室から出てきた奴の手をなんで握れるのか。


「それで、誰と喋ってたの?」


理解した。彼女は、敵だ


でも動揺は顔には出さない。私だってそれなりにキャリアを積んできたプロなのだから


「私、大の時独り言出ちゃうんですよ」


フロイスは私の事をジッと見てる、瞬き一つ無い。

流石に言い訳がキツかったか、そう思い始めた時だ。握られてた両手がパッと離された、知らぬ間に随分汗ばんでいる。


「そう、なら早く部屋に戻りなさいね。若い子があんまり夜更かししちゃダメよ」


「はい、失礼します」


私はフロイスと目を合わさないようそそくさと脇を通り抜け、手早く手を洗ってトイレから出ていこうと扉に手を掛けた。


「私はフロイスよ。それと―――」


「この国のチョコはね、すっごい美味しいわよ」


私は振り返らず、「そうですか」とだけ言って部屋から出た。

それから私は長い長い階段を登り、メサイアの部屋へと戻った。その間気味が悪いほど警備兵と会わなかったが、フロイスの仕業なのか。確かめようもないが、拭えない不安に思わず冷や汗をかいてしまった。

けど、私だってただビビってたわけじゃない。


ガー、ピピ

砂嵐のような機械音が耳に響く。


盗聴器、作動確認。脇通る時に付けといて正解だったな……。


私は用意された自分用のベッドで横になりながら、耳を澄ました。ラヴの調整したコレは稀にどうにも調子の上がらない時がある。そういう時はこうやって集中しないと何にも聞き取れない


けど、幸いにも今日は調子が良いらしい。機械音は段々と弱まっていき、人の声らしきものが聞こえてきた。

声は2つ、片方はフロイス。もう片方は


『―――報告ご苦労、フロイス』


この声……!間違いない、この城の主シャロル・アリエノール


コレは非常に不味い事になった。

やっぱりフロイスは奴の手先で、私の動向を奴に伝えてるんだ。勿論、今日の私のトイレでの「独り言」も……。

出来る事なら今すぐにでもアイツに連絡を入れなくちゃいけないが、寝てるとはいえメサイアが居る。万一聞かれたらより事態は悪化するだろう


さて、どうしたもんか……私がそんな事を考えていると、若干の機械音と共に再びアリエノールの声が聞こえてきた。


「フククッ……何にせよ、もうすぐメサイアは私の物さ。そして、彼女に指輪をはめた時、その時こそ私がこの世界の王になる時だ!なぁ、フロイス!」


えぇ、と彼女が同調する声も聞こえてきた。


もし、もしもだ。アリエノールが本気でメサイアの事が好きで、本気で結婚したいって、お嫁さんにしたいって思ってるなら。

その方が良いのかもって、頑張ってメサイアを説得してみようとも考えていた。


でも違った。ライデンも、アリエノールもあの子の事を「兵器」としてしか見ていない。


私はいつの間にか、立ってメサイアのベッドのすぐ横にまで来ていた。

眠ってるメサイアの顔はとても綺麗で、幸せそうだった。でも、このままじゃこの子の願う幸せは絶対に叶わない。だったら


「だったら、私がやらなきゃな」


窓から零れる月明かりを頼りに、眠るメサイアの髪を撫でて、私はそのまま酷く浅い眠りについたのだった


来たる朝に向けて。

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